二番目のジンクス

山村 草

二番目の男


 始まりは一通のEメールだった。


「大金持ちになりたいと思いませんか?」


 よくあるやつだ。詐欺かマルチまがいの情報商材というやつだろう。他と少し違うように見えたのはその文面だ。それが妙に気になった私はそのメールに返信した。はてさて、これはどういった手で人を騙そうとしているのか試してやろう、などと私は思っていた。



「それでは、始めさせていただきます」


 小さな丸テーブルを囲むように私を含めた五人の男が座っている。

 テーブルの中央には黒く僅かな光沢を持つ拳銃が置かれていた。警察官が持つ拳銃よりも一回りは大きい。よく映画に登場する威力の高いそれだった。


 ロシアンルーレット。

 この拳銃のシリンダーには弾を装填する穴が五つ空いている。そのうち一箇所だけ本物の銃弾が込められている。シリンダーは回転させられたのでどの穴に弾が入っているのかは分からなくなっている。

 その銃をこめかみに押し付けて引き金を引く。この五人で順番に。その一発に当たらなければ勝ち、運悪くその一発の所で引き金を引いてしまえば負け、この銃なら即死だろう。

 そしてこのゲームの特別ルールとして残った四人の勝者はそれぞれ二億円を手にすることが出来る。


 話には聞くがそんなものに縁があろうとは思わなかった。まさか詐欺まがいのEメールからこんな事態に巻き込まれようとは想像だにしなかった。


 私の目の前に座る四人の面持ちは一人一人違っていた。

 私の左隣の男は顔面を蒼白にして手を震わせている。五人の内で初めに引き金を引くのだから緊張しているのだろう。

 その男と対照的なのは私から見て正面右に座る男だ。目を閉じて微動だにしない。緊張しているようにも見えない。まるで禅の修行でもしていた僧のように。彼は四番目に引き金を引く。

 その男から見て右隣の男は苛立っているようだった。先程からうるさく聞こえるほど貧乏揺すりをしてテーブルに置かれた手の指はトントントンと仕切りにテーブルをノックしている。この男は最後に引き金を引く。

 私の右隣の男は平静を装ってはいるが内心の動揺が隠し切れていない。席に着いた時から辺りをキョロキョロと見渡している。彼は三番目に引き金を引く。

 私はそんな状況にただ苦笑していた。私は二番目に引き金を引く事になっていた。



 席に着く際、私達は何処に座りたいかを選ぶことが出来た。どの席が何番目に引き金を引くかはその時点で分かっている。まず最後に引き金を引く男が席を決めた。私はその男の次に何処に座るかを問われ二番目に引き金を引く席を選んだ。


 今日の私は二番目に縁がある。

 最後の晩餐と洒落込んで私はお気に入りのラーメン屋に入った。普段は混んでいて順番待ちをさせられるのだが今日は前に一人待っている客がいるだけだった。つまり二番目だ。

 普段電車とは縁がなかったが集合場所には公共交通機関を使えという事だったので電車を待つ。何気なく立っていたその場所に止まったのは列車の二両目だった。

 その車両の座席は端から二番目が空いていて私はそこに座る。

 私が電車に乗った駅の次の駅でその車両に乗った優しそうな老婆と目が合った。見るからにとても立って乗車するのは難しい事は明らかだった。私が席を譲ると老婆は「ありがとう」と心のこもったお礼を口にした。

 目的の駅に到着し駅から出ようとした時も端から二番目の改札を前の男のすぐ後に通った。二番目だった。

 突然便意を催して立ち寄った公衆トイレも端から二番目だけが空いていた。

 喉の乾きを覚えてコンビニに立ち寄りペットボトルのお茶を手に取ると棚に残った同じ種類のお茶は残り一つとなった。

 レジには先客が居てその後ろに並んだ。

 指定された場所に行くと参加者のうち私は二番目に到着した。

 係員に移動を促され私達は立ち上がる。私が立ったのは二番目だった。

 二番目、二番目、二番目。

 何をするにも二番目がついて回る。

 恐らく今日は二番目にツキがあるのだ。


 だから私は二番目に引き金を引く席を選んだ。



 左隣の男は震えた手で拳銃を握る。見た目よりも重いのか男は手を滑らせて銃をテーブルの上に落とす。

「落ち着いて下さい。確率は五分の一です。五回に一回しか弾は出ないのですから、出ない可能性の方が高いのです」

 係員は丁寧に、そして優しげにそう言った。続けて、

「しかも貴方は二億円を手にする確率の方が高いのですよ。さあ、勇気を出して輝かしい未来を手に入れましょう!」

などと言う。係員の言いようは詐欺師のそれだ。死ぬ可能性を誤魔化し男の抱いている恐怖心をぼかそうとする。

 男はきっと金に困っているのだろう。死ぬリスクを犯してでも詐欺師の言う輝かしい未来とやらを手に入れたいに違いない。

 男は決断するまでたっぷり二十分掛けて遂に意を決したようだった。

 こめかみに銃口を当て、奇妙な唸り声を上げて引き金を引いた。



 カチリ。


 

 引き金が引かれ撃鉄が落ちる音だけが、さほど広くない室内に響き渡る。

 男は勝利した。だと言うのに椅子から転げ落ち、失禁し、涙を流しながら心の底から安堵しているような笑顔を浮かべている。

 私はその様子を見て苦笑した。


 なんとみっともない男だ、と。


 男の手からもぎ取られた拳銃が係員の手によって私の目の前に置かれた。

「さあ、次は貴方の番ですよ」

 係員は人の良さそうな笑顔を浮かべてそういった。

 ふと、詐欺師は魅力的に聞こえる嘘を吐く、なんて話を思い出した。

 極端な言い方をすれば私は大金になんて興味はない。ただあの奇妙なEメールから始まった物語がどういう結末を迎えるのか知りたかっただけだ。だから詐欺師に二億円が手に入るチャンスですよ! などと煽られたところでどうという事はない。


 何はともあれ、参加してしまったゲームだ。ここで私が舞台を降りてはゲームが台無しだ。ゲームが成立しなければ二億円を手に入れた左隣の男が失望の底に落ちることもあるだろう。別に男に義理立てする事もないが折角用意された舞台だ。

 それに今日の私は二番目の男だ。何をするにも二番目に縁がある。だから二番目こそ安全であるとの確信がある。


 私は逡巡する事なく目の前に置かれたばかりの拳銃を手に取る。先程の男が取り零したのを納得できる程拳銃はズッシリと重かった。

 撃鉄を起こすと硬いのが分かる。なるほど、これが拳銃という物の「重み」かと思い知る。銃というのは結局のところ人殺しの道具だ。ゲームのコントローラーのボタンを押すだけのような軽い動作で人殺しが行えるのなら憤りも感じるがこれ程の重さがあるのなら妙にしっくりと来る。容易くは殺せぬ、殺したければこの重みに耐えてみせろ、銃からそう訴えかけられているように感じた。


 こめかみに銃口を当てる。固くひんやりとした感触が伝わる。


 私は一つ息を吸う。


 ふと不安になる。


 大丈夫だ。私は二番目に縁があるのだ。だから二番目に引き金を引くのなら大丈夫だ。



 そして私は、引き金を引いた。



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二番目のジンクス 山村 草 @SouYamamura

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