一年目七月 からかい上手の白雪さん
「白雪って身長いくつだっけ?」
「168だけど、それがどうかしたの?」
唐突な僕の質問に答えてくれた白雪は、ソファの上でカフェオレを飲んでいる。一方その隣に座る風呂上がりの僕は小泉からブラックコーヒーを禁止されているので、何故か見せつけるように好物を飲んでいる白雪に恨みがましい視線を送りながらも質問した。
今日は小泉の都合で昼から練習になり、それが終わった夕方。夕飯にはまだ少し早い時間。
特に深い意味はない、暇をつぶすためのただの雑談だ。
「いや、君も小梅ちゃんも女子の中だと結構身長高いだろ? だからちょっと気になってね」
「小梅はたしか165くらいだったかしら。まだまだ成長期だから、そのうち私も追い抜くかもしれないわね」
それって相当高くなるじゃないか。男子でも大体170cm前半とかが多いから、同級生のほとんどを追い抜いてしまうことになる。
身長が高ければそれだけでメリットもデメリットも両方存在するが、やはりメリットの方が大きい。
「小梅ちゃんくらい可愛いと、そこらのモデルなんか霞んじゃいそうだね」
「当然よ。今でさえかなり可愛いんだから、その上高身長まで手に入れたら小梅に敵うやつなんてこの宇宙の中ではいなくなるわよ」
「やたら話が大きくなったな」
個人的には小梅ちゃんよりも白雪の方が可愛いと思うんだけど、それを口に出して言うつもりもない。
可愛いだの可愛くないだの、そう言った美的感覚は所詮個人の主観でしかない。この前白雪に借りたラノベのヒロインがそんなこと言ってた。
「夏目もそれなりに大きい方じゃないの?」
「背の順だと後ろから数えた方が早いくらいには。でも、僕の親友を思い出せよ。あいつ180以上あるんだぜ?」
「身長だけが取り柄の木偶の坊じゃない」
「言い方。君はオブラートに包むってのを知らないのか」
「けれど、そしたら紅葉さんとは20センチも違うのね」
「身長差カップルってやつだ」
「カップルの理想の身長差ってのがあるらしいわよ。たしか20センチ差だと……」
言いながらスマホを操作する白雪。この子もそう言うことを知ってるというか興味があるなんて、結構意外だ。
目的のページを見つけたのか、白雪はスマホをこちらに見せるためにソファを移動する。
いきなり急接近されて焦る僕。真夏日故の薄着に心臓をドギマギさせるも、そんな心境を知らぬ白雪はスマホに視線を落としている。
「ほら、これ。バックハグがしやすいらしいわ」
「後ろから抱き締めるやつか。三枝ならこういうの調べて実行しそうだな」
俗に言うあすなろ抱き的なあれ。三枝の腕の中に収まる神楽坂先輩を想像してみたが、なるほどたしかにあの身長差のカップルには似合っている。
「あのヘタレが実行まで漕ぎ着けられるとは思わないけど」
「そう言ってやるなよ。やる時はやる男なんだから」
その「やる時」とやらがいつ来るのかは知らないけれど。まあ、我が親友があまりにもヘタレで醜態を晒していたのなら、また助けてやらないこともないが。
画面をスライドして記事を眺めていた白雪だが、とある一点で指が止まる。あら、と小さく声を上げてスマホを見つめる目つきは至って真剣だ。
どんな記事を見ているのかと気になって覗き込もうとすれば、それを躱すようにスマホはスリープモードになってしまった。
「何見てたんだ?」
「今から教えてあげるから、ちょっと立ってみなさい」
「なんで」
「いいから」
いつも通りの無表情でちょっと語気強めに言われたら、怖いから従うしかなくなる。
なにをするつもりかは全く分からないが取り敢えず言う通りにソファから立ち上がれば、同じく腰を上げた白雪が僕の前に立ち、ズイッと一歩距離を詰めてきた。
近い近いいい匂い可愛い近い!
「な、なに、どうしたんだよさっきから」
「あなた、身長いくつ?」
「178だけど……」
「ちょうど10センチ差ね」
好きな子の顔がこんな近くにあるという事実に耐えられず、頬は勝手に熱を持ってしまう。それを悟られたくなくて顔を逸らせば、クスリと微笑が。
顔を逸らしてしまった時点で白状してしまっているようなものなのに、どうやら僕はそんな判断すら出来ていないらしい。
「あら、どうかしたの?」
「別に……」
「嘘。こんなに心臓の音うるさいもの。なにか考えてたでしょ」
白雪の指が、僕の服の上から胸をなぞる。くすぐったい以上に羞恥心のようななにかが全身を駆け巡って、せめてもの抵抗とばかりに睨み返す。
空を写したような澄んだ瞳は嗜虐的に細められていて、さっきまでの無表情が嘘のようだ。文化祭以降の白雪はそれまでと比べて感情が顔に出るようになったけれど、出来ればそう言う類の表情は隠したままにして欲しかった。
「身長10センチ差のカップルはね」
踵を上げ、白雪の顔が僕の顔へとさらに近づく。空色の瞳から目を逸らさず釘付けになってしまう。両手は僕の胸に置いて体を支え、彼女が触れているそこだけやたらと熱を持っているように錯覚してしまう。
最近はいつも練習終わりに抱き締められたり頭を撫でられたりしているけれど、それとはまた違った雰囲気がリビングに充満していた。
「背伸びしてキスするのに丁度いいらしいわよ?」
「……っ」
僕をからかうためだけに浮かべられたイタズラな微笑が、酷く魅力的に見えてしまうのは何故だろう。
少しだけ顎を上げた白雪は、まるでなにかを待っているようで。
今ここで、僕がちょっとでも顔を動かしてしまえば。簡単に触れられる距離だ。ただその体に触れるだけでなく、唇と唇を触れ合わせることの出来る距離。
文化祭の時のように。
「…………勘弁してくれ」
だが当然そんなことを出来るわけもなく。
白雪の小さな両肩を控えめに掴み、無理矢理体を離す。しかしお姫様はそれで気分を害したわけもなく、クスクスと楽しそうに可愛らしく笑うばかり。
「ごめんなさい、揶揄いすぎたわね」
「全くだ……そもそも、君が言ってるのはカップルの話だろう。僕たちはそんなんじゃないんだから、煽るような真似はするもんじゃない。僕の理性に感謝するんだな」
「あなたこそ、私みたいな美少女に迫られたんだからもう少しありがたそうにしてもいいじゃない」
「あーはいはいありがたいありがたい」
「誠意が込もってないわよ」
「込めるつもりがないから当然だ」
いや実際とてもありがたくはあるんだけどちょっと心臓に悪すぎるんですよ。そりゃ僕だって出来ることならあそこで一歩踏み出したかったけれども。
悲しいかな、僕だって三枝のことを言えないくらいにはヘタレなのだ。
いくら文化祭のステージ上で一度してしまっているとは言っても、本来付き合ってもいない男女がするもんじゃないだろう。
なら僕たちの関係はなんなんだとなってしまうが、そこは流してもらえるとありがたい。
「ないとは思うけど、こんなこと他のやつにするなよ」
「安心しなさい、あなたにしかしないから。私の交友関係を忘れたの?」
「悲しい理由を持ってくるな」
白雪が話す男子なんて僕か三枝くらいのものだし、三枝にこんな真似をしてしまえば神楽坂先輩が卒倒して僕は三枝を血祭りに上げなくてはなくなる。
「さて、夕飯の準備しましょうか。手伝いなさい」
「はぁ……分かったよ」
しかしまあ、改めて。
どうやら僕は、とんでもない女の子を好きになってしまったらしい。分かってはいたことだけれど、これから先のことを思うと気が重い。
いつかちゃんと、この身長差を活かせる日が来ればいいと願うばかりだ。
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