my place
夕タの優
第1話 私の居場所
ある冬の日の事。
朝の学校への登校の途中に、白い雪がちらちらと降り始めた。
どこか、切なさを感じさせる雪の降る様子は美しく、儚い…。
ドドドドー…。
「やあ、おはよう城山 冬花(しろやま とうか)!今日もその黒髪が美しく輝き僕を君の元へと呼び寄せているようだよ!特に、今日の雪に黒髪が映えてより一層美しい!」
…。文学的にこの状況をつづっている途中にとんでもなく元気なやつが入ってきた…。
うるさいやつだな。
「朝っぱらから元気ですね。春野 桃希(はるの とうき)さん。」
私はここぞとばかりに嫌な顔をした。そして、続けて
「幼馴染みの私に女子への口説き文句を練習しないでもらえますか?ったく、どんなに付き合い長くても、そんなに毎日、毎日されたら幼馴染みの特別待遇もなくなりますけど…。大丈夫ですか?」
特別待遇なんてことは特にはしてないけど、ちょっとからかってみた。桃希は母親を早くに無くしているから人に認められたいという承認欲求が人一倍あり、それゆえに…。
「ま、どんな女の子がいたとしても、俺の美しさには叶わないけどね!はぁ、やっぱり俺が1番だよな!」
というように、残念なことになっている。ただ、元々色素が薄いため髪と目は栗色で、目鼻立ちのハッキリとしていた母親と似ていて世間一般で言うイケメン、という希少価値の高い存在のため、学校では王子様的な存在に君臨している。
その上、人に認められるための努力を惜しまないため、勉強もスポーツも努力のかいあって、難なくこなす天才王子だ。性格もいいし、私以外には臭すぎるセリフも云わないため、女子は学園の王子にメロメロである。
「確かにかっこいいけど、あんたいつか苦しくならないの?」
「なんの事?俺は今が楽しいよ。だって、いろんな人に認められてるもん。居ていいって言われてるんだから。俺は、幸せだよ。」
純粋無垢なその言葉にはきっと嘘はない。もし嘘だったら、桃希は詐欺師にでもなるつもりかと思う。
私は、彼を守りたい。その笑顔は、私だけには向けられないものだとしても、私は彼の努力を幼いことから知っている者として、彼を支えたい。
嫌みなこともよく言うし、こんな風に愛おしく思ったりと、桃希の事を好きか嫌いかわからないような感じがするが、私は彼が好きだ。
ただし、恋愛感情は無い!
「ねぇ、なんで眼鏡かけてるの?俺は、眼鏡かけてない方が絶対にかわいいと思うけど。」
不意に言われた言葉に私は胸をドクリっと鳴らした。
「イメチェンよ、イメチェン。中学ではコンタクトだったけど、眼鏡の方が勉強に集中できる気がするのよ。」
嘘だ。
中学のときに、桃希の事を好きだった子に私と桃希が仲良くしているのをよく思っていなかった子に、目が嫌いだと言われた。
「冬花の目が人を変えるの!見ないで、その目を誰にも向けないでよ!」
と、言われて目を殴られた。
それから私は、眼鏡をかけて人の目を直接見ないようにしていた。
でも、これを言えば桃希が一番気づつくから言えない。
「でも、またいつか俺のかっこよさをその目に直接やきつけてもらうから!」
「ハイハイ、一番一番。」
適当な返事をしながら、私はいつもの普通の私を作り貫いた。
授業チャイムが何度も鳴り響いた。
そのあとの朝もずっと桃希のよくわからない口説き文句を聞き流しながら、毎日登校した。
「あっ、桃希君!ねぇ、今日カラオケ行かない?みんなで!」
5人の女子が桃希を取り囲んで、胸を押し当てるように腕にしがみついていた。
「えっ、みんなみたいな可愛いお姫様と遊びに行けるなんて、僕は光栄だよ。」
私はその言葉をいつものように聞き流せなかった。桃希はいつも、私のそばにいた。そばに居て、優しくしてくれた。
いつも、私の帰りを待っていた。
あぁ、なんでこんな嫉妬みたいなこと思ってんだろ。桃希が特定の彼女を作らないことをどこかでずっとそうなんだと、思いと込んでいたのかな。
私は、その場を去った。
見ていられなかった。
「バカみたい…。」
泣きそうだ。好きだっていう気持ちは変わらないのに、喉元を強く絞められているようないつもとは違う感覚を覚え知らされた。
「城山、どうした?こんなところに突っ立って。」
風紀委員の中原先輩が後ろから声をかけてきた。
「いえ、」
嫉妬の涙は止まってくれはしなかった。
汚い。
支えたいだけだったのに、こんなにも独占欲にまみれていた自分が醜い。
「なんでもないです。」
声を絞り出すので精一杯だった。
「いや、ダイジョウブナヤツハそんな顔しないよ、とりあえず、空き教室に入ろう。で、落ち着こう。」
「はい。」
私はこの時に、私たちの方へ走ってくる足音に気づかなかった。
「なぁ、城山。何があったかは聞かないけど、春野が原因か?」
鋭いというか、きっとバレバレだったんだと思う。私は、桃希に自分が知らないうちに近づき過ぎていたんだよな。
「はい。そうです。」
「あいつは見た目も中身もいいからな。幼馴染みなんだろ?ずっと片想いなのか?」
「違いますよ。私は友達です。」
嘘だ。この冬で何度も自分に嘘をついた。でも、それ以上の感情を持たないように眼鏡をした。
「そっか、こんな風に弱ってる時に言うのはセコイ気もするけど、俺は、城山のことが好きだった。春に会ってからずっと好きだった。春野みたいなやつと一緒にいるより、絶対に俺の方が城山を楽しませれるから。」
「えっ⁉」
返事をする前に私は床へ押し倒され、中原先輩の顔が私の顔に近づいてくる。
驚いたということもあった。
しかし、桃希の周りにいた子達はみんな私よりも女の子らしく可愛かった。
私のせいで桃希は恋愛できなかったのかな。あと少しで、あの子達の誰かと付き合うなら、私は別に…。
誰が相手でもいいよね。
中原先輩の手が私の顔に触れた。
反射的に手を離そうとした。
諦めたはずなのに、諦めようとすればするほど桃希の努力の姿が頭に接着剤で張られていく。
「す、すみません。」
私は夕日の射す教室を陸上選手のごとく抜け出した。
家に帰ってすぐに布団に潜った。
暗いところだと落ち着いて考えられる。静けさは私を救う。
「私は桃のことが好きなんだ。」
懐かしい呼び方をした。
桃という漢字しか書けなかった桃希を(もも)と呼んでいた。
「気づかなかったよ。気づきたくなかったよ。桃が誰といようと誰と付き合おうと、友達ならずっと一緒に要られるのに、なんで」
止まることを知らない水道の音。
「好きになったんだよ、私は!」
私はふて寝をした。
先輩とは気まずいかもしれないが朝はやってくる。
いつもよりも早く家を出て桃との遭遇を逃れようとした…。
その私の浅はかな考えも桃という秀才の前には花を散らせた。
「おはよ、僕のお姫様。」
いつもの口説き文句と始まりは変わらないのに少し低い声で言ってきた。
「何?人の家まで来て。」
「冬花、お前は中原先輩と付き合ってんのか。」
真剣な声で聞いてきて鳥肌がたった。
「別に、桃…、桃希には関係ないよ。てか、あんたこそ、彼女とかは?」
売り言葉に買い言葉とはこの事だ。残念すぎる私の回答は風に飛ばされる。
「あのさ、俺はお前をどんなソンザイダト思ってるか知ってるか?」
知りたくない。それが素直な気持ちだった。傷つきたいわけがない。
「別に、知らなくてもいいでしょ。」
冷たい。全身が凍りそうだ。
「好きって言ったら信じるか。」
突然の氷柱のような言葉に私は目を開かずにはいられなかった。
「俺は、お前がそばにいてくれるだけでいいって思ってた。けど、昨日、先輩に連れられていく冬花を見て、遊びに行くつもりだった子との約束どころじゃなかった。いつも居てくれてるから、ずっと一緒にいるって勝手に思ってた。」
一緒だ。音は共鳴する。輪唱してやがて1つに重なる。
「他の奴には努力してるとこなんて見せないけど、お前には心を許しているから…。だから、カッコ悪くたって一緒に笑ってくれるから。」
「でも、桃にとって、私は他の子達と同じでしょ。認めてくれればそれでいいんでしょ。」
自惚れる。ほんとに、この言葉が私だけのものだなんて思ってしまう。
「違う、俺はお前だけは違う。冬花だけは、無条件にそばに居てほしいと思う。眼鏡をはずした顔も、怒った顔も全部、」
桃は私に近づいてぎゅっと抱き締めた。
強くない力なのにずっと重い感覚。
「好きだ。」
耳ともに聞こえる声は桃がもう、高校生だってことを私の脳の神経にこびりつかせる。
あぁ、ほんとにひどいな。
こんなにも、心をかき回されてしまうなんて。
私は昨日のことが嘘のように素直な言葉を紡ぎたくなった。
「私も、小さい頃から桃が好きだよ。」
「もう一回、桃って言って。」
青春は時として突然に表れる。
「桃。」
何度だって表れる。だから、私は私の気持ちに嘘はつかないようにしよう。例え、彼にとって自分が一番美しい存在であっても、彼の中で二番目で今は我慢しようと思う。
「ねぇ、冬花、僕らの名前は冬と春。ずっと一緒にいられるね。」
桃の声は他の誰にでもない。
私だけに投げられた。
「普通な声でロマンチックなことも言えるのね。」
かわいくない返事だけど、これが私たちなんだ。
「まあ、俺の美しさの次にお前は俺の愛おしいものだな!」
「今は、二番で我慢してあげる。」
絶対にあなたの一番になって見せるから、
「覚悟しておいてね!」
何が?という桃のことが表情は面白かった。笑顔だけじゃなく、私は桃のたくさんの表情を見て、守り抜いていく。
彼の中の二番、それが私の今の居場所。
桜の花は並んで二つ咲いた。
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