二番目のこども

マフユフミ

第1話

たぶん、愛されたかったのだろう。

陳腐な言い方。

それでもそうとしか言いようがなくて。

このどうしようもない自分自身に、あきれてため息を一つ。


ずっと一人で生きてきた。

物理的ではなく、精神的に。

愛にあふれた母、知的で穏やかな父、聡明で優しい姉。そして私。

絵に描いたような理想的な家族。

ただ、その「家族」という枠組みから、私だけがはじかれていたようだ。


「姉への」愛にあふれた母、知的で「姉に対しては」穏やかな父、聡明で「私以外には」優しい姉。

そんな家族の中で、私はどうあれば良かったのだろう?


薄暗い部屋、冷えた空気、冷めたごはん。

楽しい思い出がいっぱい増えるであろう家族旅行からあぶれた子どもに与えられたのは、そんなものだけで。

それを拒むことすらできない私は弱い生き物だ。


寂しい。哀しい。


そんな感情を抱いてしまう自分自身が腹立たしい。


無になりたいのだ。

愛とか優しさとか、恨みとか憎しみとか、そんな何にも心を揺さぶられたくはない。

私はただの私。

愛情というドレスも憎しみという武器も何も持たない、裸のままの私。

誰にも、何にも邪魔されたくない。私自身でいたいのに。


それなのに、心には影が差す。

もういいじゃないか、とあきらめたはずなのに、まだ私を一番に見てくれることをどこかで望んでいるだなんて、あまりにも滑稽すぎるだろう。


私は二番目の子どもだ。

生まれた順番だけでなく、存在そのものが二番目だった。

「私を見て」って叫ぶけれど、誰にもこの声は届かない。

「私だけを見て」って声を枯らして叫ぶけれど、誰もこの声を聞いてはいない。


せめて誰かの一番になりたかった。

転んだときに真っ先に声を掛けられたり,泣いているときにすぐさま抱きしめてもらったり。

そういうこと、全部横で見ている子どもだった。


願い続けて、叫び続けて、正直もう疲れた。

だから諦めて一人で生きてきたのに、ふとした瞬間になぜか不意に蘇るのだ。

「私を見てほしい」なんて浅ましい願いが。


さめたご飯をつつきながら思う。

こんな醜い思いは消してしまえばいい。

こんな浅ましい願いは燃やしてしまえばいい。


それなら簡単だ。

私は一人、誰もいないキッチンに足を向ける。

流しの下の引き出しから取り出したのは、サラダ油。

開けたばかりだからまだたっぷり残っている。

それを迷うことなくキッチンの床にぶちまけた。


ぬるぬるする床は不快だけれど、そんなのこれから起こる快感に比べればなんてことはなかった。

コンロの火をつけ、丸めた新聞紙を突っ込む。

黒々と燃える新聞から、赤い火の粉が飛び散り始める。

敷き詰めた油に飛んで火の海が出来上がるまで、5分とかからないだろう。


ああ、いい景色だ。

燃え盛る家。

燃えていく私の感情。

赤い炎に包まれて、ぶすぶすと黒い煙をあげる。


旅行から帰ってきたら、あの人たちはさぞ驚くだろう。

燃え落ちたこの家と、私と。

ねえ、この惨状をしっかり目に焼き付けて。

なんでこんなことに、なんて悲劇的に見つめて。


嘆くでしょう?この事故に。

失ったものの大きさに。

あなたたちの嘆きを聴くことができれば、ほんの少し、癒される気がするの。


これでもう、私は二番目の子どもじゃない、って。





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