一番は君に

おぎおぎそ

一番は君に

 僕は、ずっと独りぼっちだった。

 生まれてきた時からずっと。

 ドジでのろまで引っ込み思案。そんな僕に友達なんかできるはずもなくて。草原でご飯を食べてお昼寝をすることだけが、僕の毎日で、僕の全てだった。

 だから神様からの知らせが届いたとき、僕は少し期待してしまったんだ。もしかしたら変われるかもしれない、って。



「一月一日、最も早く城に着いた十二種類の動物を順番にその年の神様にしてやろう」

 十二月三十日の朝、神様は僕たちに言った。

 神様の力というのはすごいもので、この世にいる全ての動物に一度に話しかけることが出来るらしい。神様が僕たちに話しかけるときはいつも、脳内に直接語りかけるように言葉が響いてくるのだ。周りの皆の様子を窺って僕だけの幻聴じゃないと気づいたときには、大層驚いたものだった。

 もしも僕にそんな力があったら今の僕は変わってたのかな、なんてふと思う。相手と顔を合わせることなく話しかけることが出来たなら、もしかしたら僕も……。

「……まあ、無理だよな。僕に神様なんて」

 溜息とともに余計な考えを吐き出した。僕なんかに、神様なんてできっこない。

「おいおい聞いたか、今の」

「ああ、聞こえた聞こえた。でも俺たちにゃ無理だよ、どう考えたって」

「だよなー。こんな身体じゃ、今から出発したって間に合いっこないよ。神様も理不尽だよな」

 足元の草の間で、バッタさんとコオロギさんが話しているのが聞こえてきた。

「まあ、どっちにしろ? こういうのはトラとかイノシシとか、そういうデカい奴らに軍配が上がるのは目に見えてるけどな」

「違いねぇや。まあ身体が大きくてもそれだけじゃダメだがな。……ほら、見てみろよ。あそこのウシ。図体ばっかりでかくても、あんなのろまじゃトラには敵わないだろうよ」

「はははっ、だろうな。とにかくチビとのろまは大人しくしておくに越したことはないな」

「まったくだ」

 そう言って、二人はケラケラと笑いあう。

「……そっか」

 自然と僕の口から言葉が漏れ出た。

 そうだ。僕は身体だけは皆よりも大きい。歩幅だって広い。確かにみんなの言う通りのろまかもしれないけど、誰よりも早く出発すれば、もしかしたらぎりぎり十二番目に滑り込めるかもしれないじゃないか。

 さっきの神様の言葉が思いだされる。

 もしも間に合えば、僕は一年間神様になれる。そしたらあの謎の神様パワーで皆の脳内に直接話しかけられるかもしれないし、そんなことしなくたって皆の方から話しかけてきてくれるかもしれない。

 これは神様が、友達のいない僕にくれたチャンスなんだ。何もせずに諦めている暇なんてない。

 僕はがばっと立ち上がり、ぶるんと一度身体を震わせた。目の前の草の隙間から、バッタさんとコオロギさんがどこかへピョンピョンと跳んで行ってしまうのが見えた。

 神様のお城は向こうの山のてっぺんだ。朝日が照らす山肌が眩しい。

 尻尾を鞭のように身体に打ち付け、僕は気合を入れて山の方を目指した。



 月は高く昇っていた。

 振り返って見てみると、どうやらだいぶ高い所まで上ってきていたようだ。月明りに照らされる眼下の世界を見るに、今朝まで僕が寝ころんでいた草原はもう遥か遠くにあるようだった。

 よし、いいぞ。このままのペースで進めば明日の夜にでも神様のお城に着きそうだ。もしかしたら一番乗りになれるかもしれない。

 山道を歩き続けていく中で気がついたが、どうやら僕には僕が今まで思っていた以上の力があるらしい。

 歩く速度は、どれだけ頑張ってものろいままだけど、その代わりいくら歩いていてもまるで疲れを感じない。今までずっと寝続けて蓄えていた力を解放するかのように、とめどなく元気が湧いてくるのだ。

 溢れ出る力に身を任せ、ずんずんずんずん進んでいくと、ふいに茂みから声が響いてきた。

「ねえ、そこの君!」

 こんな時間だが、僕以外にも起きている子がいるらしい。もしかしたら夜行性の子なのかもしれない。

「そこの君だよ、君! 声をかけたんだから返事くらいしてくれよ! それとも君の耳は飾りか何かなのかい?」

「ふぇ⁉ え、えーっと……もしかして僕に話しかけてる……?」

「あたりまえじゃないか! 他に誰がいるのさ!」

 まさか僕に話しかけていたなんて思いもしなかった。誰かに話しかけてもらえるなんて、本当にいつ以来のことだろうか。

「で、でも……君の姿が見えないし……てっきり他の誰かと喋っているのかと……」

 相変わらずその声は、暗い茂みから響いていた。

「まったく! 君は目も節穴なのかい! ここだよ、ここ! 君の足元をちゃんと見ておくれよ!」

 言われて足元に目をやる。見るとそこには僕の蹄ほどの大きさの、小さな灰色のネズミが月明りに照らされて立っていた。

「あ! ご、ごめんネズミさん! 僕まったく気づかなくて……!」

「ひどいじゃないか。こんなにも大声を出して君を呼んでいるのに。おかげで喉がつぶれてしまったよ!」

 そう言うとネズミさんは、うあー、うあーと奇妙な発声練習をし始めた。

「ご、ごめんよ。僕、周りのことにとっても鈍くて」

「まあいいさ。それはそうと、ウシ君」

 ぴん、と髭を誇らしげに伸ばしながら、ネズミさんが呼びかけてきた。だいぶ大きな声だけど、もう喉は大丈夫なのかな。

「な、なんだい?」

「こんな時間にこんな所を歩いているんだ。君も神様の所へ行くんだろう?」

「うん。そうだよ。ネズミさんも?」

「ああ、僕も今向かっているところさ。……だが、見てくれよ。この身体を」

 言われてネズミさんの姿をじっと見る。

「別に普段と変わらないように見えるけど……?」

「そうじゃない。まったく、君はもの分かりも悪いのか」

「うう、ごめん……」

「いいかい。君みたいに身体の大きい奴には分からないかもしれないけれど、僕らみたいにちびっこい奴らはいくら急いだって元旦には間に合いっこないのさ。だからこの小さな身体を嘆いてくれ、という意味で見てくれよと言ったんだ」

 なるほど。そういうことだったのか。

「でもネズミさんはすばしっこいじゃないか。今からでも充分間に合いそうだけど」

「いくらすばしっこくったって、体力に限界はあるんだ。お城に着く前にばててしまうよ」

「そっか……」

「そこでどうだい、ウシ君」

 ネズミさんはぴん、と張った髭を今度はくるくると指に巻き付けながら問うてきた。

「君の背中に僕を乗せてってくれないだろうか」

「ネズミさんを? 僕の背中に?」

「ああ、そうさ。ほら旅は道連れというじゃないか。一人で行くよりも二人で行った方がよっぽど楽しいに決まっている。僕も神様の所に間に合うし、君も旅の退屈がしのげる。一石二鳥じゃないか」

「で、でも……背中に誰かを乗せたことなんてないし……」

「大丈夫大丈夫! 見ての通り僕は軽いから君の負担にはならない。一度背中に乗せてもらえばあとは僕が勝手にバランスを取るから、君は気にせず歩き続けてくれさえすればいいんだ」

 どうだい、とばかりに腰に手を当て胸をそらすネズミさん。

「じゃあ……そこまで言うなら……」

「よし! 決まりだ! ウシ君、君ってば最高だよ! 心の友だ!」

「心の……友……」

 それは初めて聞く響きだった。こんなにも温かい言葉が、世の中にあるなんて。

「おいおい! ぼーっとしてないで、早く屈んでおくれよ! そのままじゃ僕が乗れないじゃないか」

「あ! ご、ごめん! 今屈むね」

 彼の言った通り、ネズミさんはとても軽かった。まるで重みを感じない、いやそれどころか、身体が余計身軽になったようにさえ感じた。

「よーし! 出発進行!」

 ネズミさんの合図で、僕たちは再び夜道を歩きだした。



「ふー到着、到着! いやーウシ君、ご苦労だったね」

「ううん全然。僕の方こそ、一緒に来られて楽しかったよ」

 神様のお城に到着したのは大晦日の夜だった。

 昨日の夜、ネズミさんと会ってからの旅路は、それはそれは楽しいものだった。誰かと話すということがこんなにも心の踊ることだなんて。一人だと挫けてしまいそうな険しい山道も、二人なら難なく乗り越えることが出来た。今まで感じたことの無い優しい気持ちが、僕の背中をぐいぐい押してくれていた。

 お城の前にそびえる厳かな門を見上げながら、僕たちは年が明けるのを待っていた。周りにはまだ誰も来ていない。

「ねえ、ネズミさん」

「なんだい。ウシ君」

「僕たちって、友達……だよね?」

「当たり前じゃないか! 君は僕の心の友さ!」

「……そっか。なら、いいんだ。とっても、嬉しい」

 雲間から月の光が差し込む。どうやら、今夜は満月らしい。ネズミさんが背中の上で楽しそうに跳ねているのを感じる。

 ……僕はこの後、ネズミさんが何をしようとしているか知っている。僕を出し抜いて、一番に神様のもとへ駆けつけようとしていることを。

 伊達にずっと独りぼっちをやってない。相手が何を考えているか、何を企んでいるのか、多少相手を観察すればすぐに見抜けてしまう。


 ぎしぎしと門が軋み始めた。ネズミさんが飛び降りたのを背中で感じる。

 でも、僕は。それでも僕はネズミさんと過ごしているのが楽しかった。

 だから、君がそれを望むなら。

 僕がそれを与えてやれるのなら。

 僕は、二番目だってかまわない。

 一番目なんかよりも大切な、一番大切なものを教えてもらったから。


 門が、開いた。

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