いつも2番目のあたしに1番をくれた人
姫宮未調
いつも2番目のあたしに1番をくれた人
チャイムが鳴る。
あたしは、今日こそ一緒に帰るんだと田中のもとに向かう。
「田中! 」
振り向く田中の隣には、金子さんがいた。
「今日の約束……」
「ごめん。金子さんが弟くんの誕生日近いから選んでほしいらしくて。明日でいい? 」
「え、でも……」
それは嘘だ。
金子さんがあたしを睨みつけていた。
バサバサのまつ毛、大きな瞳、茶髪のツインテール。極めつけに揺れるおっぱい。
あたしもそれなりにある方だけど、あんなに揺れたりはしない。
問題はそこではなくて。
あたしは今朝、見てしまったんだ。
金子さんの秘密を。
朝早くに目覚めてしまって、早めに登校をした。
早起きは三文の徳と言うけれど、あたしは大損した。
鞄を教室に置き、トイレに向かった。
先約がいたのだ。化粧道具で洗面所を独占し、お店並みに並べている。
瞳は糸目、特徴のないのっぺらな顔。
髪もベリーショートの黒髪。
制服を着ていなければ、男子だと思ってしまうほどに平らな胸。
「出てって!……田中くんに言ったら許さないから、佐藤さん」
声で金子さんだとわかった。
しゃべらなければわからなかったし、知りたくもなかった。
いつも化粧濃いなあくらいには思っていたけれど。
目下、あたしは素顔を見てしまった逆恨みを買い、今日一緒に帰る予定を奪われたわけだ。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
仕方なしに、コンビニで牛乳を買う。
日課になりつつある野良猫たちに会いにゆく。
あたしが来たのがわかったのか、路地裏から三毛猫が飛び出してくる。続いて、黒猫と斑猫が。
「わあ! 慌てないでよ、仲良く順番にね」
嬉しそうに顔を舐められる。
鞄に潜ませていた、足跡マークが可愛いペットボウルを取り出す。そこに牛乳を入れていく。
待てをさせ、地面に置く。
「ゆっくり、ゆっくりだよ」
3匹は尻尾をユラユラしながらじっと白い液体を見つめる。
「じゃあ、ゆっくりね」
合図を待っていたかのように、ゆっくりお行儀よく飲み始めた。
「いい子だね~」
あたしの唯一の癒しの時間だった。
本当だったら、気になっていた田中と下校デートしていたはずだった。
嘘で固めてまでも一緒にいたい気持ちは分からないでもない。
だけど──ちょっと辛い。
まだ好きかは分からないけど、優しい田中に惹かれていて……。
涙が一筋流れた。
スイっと次郎が近寄り、あたしの頬を舐める。
「次郎……」
ギュッと抱きしめる。スリスリと頭を擦り付けてくれた。
気がついた二匹もスリスリと擦り寄ってくる。
「ありがとう」
いつも2番目のあたしは、ここでは1番になれた。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
今日もチャイムが鳴る。
「田中……! 」
駆け寄ろうとしたあたしの肩が掴まれた。
「え? 」
「今日は私の番、あんたのせいで順番狂うとかないから」
「だってそれは金子さんが……」
「勉強できるんだから、こっちくらい我慢してよ」
意味がわからなかった。
「田中く……」
あたしを無視して田中に話し掛けようとした。
スっと田中の肩を掴む男子生徒がいた。
「え? ……わかった。ごめん、ちょっと」
謝る仕草をして田中は彼と教室を出ていく。
「ちょ……アイツ、だれ? 」
「あ、誰だっけ? 」
そして、順番揉めが始まった。
あたしは冷めた目でそれを眺める。
向こう1ヶ月はチャンスなんて来ない。
そう思った瞬間、バカバカしくなってきた。
周りに踊らされて辱められて、空気になる。
もういろいろどうでもよくなり、鞄片手に教室を出たのは30分くらい経ってから。
扉に手を掛けた先に見えたのは、田中と金子さんだった。胸がチクリとした。
さっき出ていったときは、男子と一緒だったはず。
見ていられなくて、足早に立ち去った。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
またコンビニで牛乳を買い、足取り重く猫たちのもとに足を向ける。
さらに落ち込んだあたしに駆け寄るなり、察したのか、ねだるより擦り寄ってくれる。
「……ありがとう」
思わずうずくまる。
「うう……」
慰めるように手を舐めてくれる。
フッと影が差す。
「……コイツら、最近やけに行儀いいと思ったら、他にもいたのか」
よく通る低めの声にピタリと涙が止まる。
田中とは違った声色。……誰だろう?
泣き腫らした顔をあげるわけにいかなくて。
次郎がするりと腕を抜け、後ろに。
「あ、次郎……」
「ん? ミケ? 」
間が生まれた。
「……ミケ? 」
「ジロウ? 」
思わず振り返る。
──ンミャアーオ
どちらかに応えたか、若しくはどちらもに応えたか、鳴き声を出す。
次郎『ミケ』を抱えていたのは、おなじ制服を着た見たことも無いかっこいい男の子で。
次郎『ミケ』がサッと兄弟の元に降りる。
目の前の彼があたしに合わせてしゃがむ。
「……ったく、あんなヤツのために泣くんじゃねえよ。アイツは金子も佐藤も他の奴らも、友だちとしか見てねえんだから。それと、金子のどうでもいい秘密、あんたが教室いる間にチクッといた」
あたしは目を
目尻の涙を拭われる。固まるしかない。
どうでもいい秘密……全身フル装備のこと?
なんで知ってるの?
「中坊から知ってるけどな。田中は高校デビューなんだよ。女慣れしてねえの。だから断れねえお人好し。あんたが泣く必要ない、わかった? 」
田中の友だちだろうか?
なんであたしや金子さんを知ってるんだろう。
涙まで拭われて恥ずかしい。
「あんた、まだ田中のことが好きなのかよ?
」
少しイラついた声。
え? なんで怒ってるの?
「あの、その……どちらさま? 」
マヌケでも、わからないままは嫌だ。
「……ぶっ」
いきなり笑われ、ムッとしてしまう。
「悪い悪い、そうだよな。これで分かるか?
」
メガネを取り出し、軽く掛けてみせる。
「……菊池? 」
そう言えばよく見てなかったが、田中を連れ出したのは菊池のような気がする。
菊池。あたしが2番目で甘んじてしまっている原因の一つ。
いつも成績1番、学年首席はコイツが奪っていった。
認識も成績も2番目。兄弟もお兄ちゃんがいるから2番目。
「そ。わかった? 」
菊池がしゃべったのを初めて聞いた。
よく通って耳に心地いい。
菊池と理解した瞬間、恥ずかしくなった。
『な・き・が・お・み・ら・れ・た』
顔を覆う。
両腕を優しく掴まれ、ゆっくり開かされる。
「……せっかく顔間近で見られたのに隠さないでよ」
「あ、の……」
「田中なんかやめて、俺にしなよ」
あたしの思考回路は一時停止した。
理解し、リプレイ。トマトみたいに顔が火照る。
「……入学式の新入生代表したあんたを見てからずっと好きだった。俺のこと覚えて欲しくて必死こいて抜いた。1番返すから、あんたの1番、俺にちょうだい」
あたしの中に春一番が吹き抜けた。
「……バカ。成績くらい自力で奪い返して見せるんだから」
「それでこそ俺が惚れた秀才」
笑い合う。
足元では、三匹がのんびりとあたしたちに寄りかかって欠伸をしていた。
Fin
いつも2番目のあたしに1番をくれた人 姫宮未調 @idumi34
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