第一章 ジオラマの国
第1話 始まりは図書館の下から
【Prologue】
― 今のままじゃ、きゅんきゅんする恋なんて、絶対に無理 ― (百合香 談)
― その時、俺の顔を覗き込んできたお姫さまは、澄んだ瞳を輝かせた少女だった ― (シーディ談)
― 図書館にあるジオラマを使って、ミニチュアゲームをやってみたいな ―(京志郎 談)
* *
【スペルドキャッスルの
「間に合わないっ」
高校2年の
後ろにおおざっぱに束ねた髪をかきむしる。
勉強は大事なのは分かってる。けど、私は学校生活に学習塾の続きみたいな毎日を望んでいたわけじゃない。クラスメートは、みんな同じような真面目な顔をして、胸のトキメキなんて期待するだけ無駄。
窓の外には、冷たい雪が降り続いている。
今年の冬は特に雪が多くて、いつまでたっても降り止まない。
”灯油がなくなりました。灯油がなくなりました”
石油ストーブから聞こえてくる機械的な女声にムカつく。
「うるさい。オバさん、黙ってろ」
”機械にまで八つ当たりすることないでしょ”と、そう言いたげに、石油ストーブがぷすぷすと音を立てて消えた。
はぁと1つ、ため息をつく。それから、勉強机の上に置かれた趣味で参加した”コスプレ舞踏会”の写真に目をやる。
こんなに輝いていた……私。
明るい亜麻色のストレートの長い髪に、銀のティアラが輝いている。
純白のドレスに金の縁取り。
胸には深紅の薔薇飾り。ロミオとジュリエットの主人公のようなロマン溢れる出で立ち。
ああ、私の乙女心はどこへ行っちゃったの……。
手にしたシャーペンを机におくと、大きくため息をつく。ノートに書いた文字が気にくわず、お気に入りのレモンライム香り付き消しゴムを探すが、どこにも見当たらない。
百合香は17歳。青春真っ只中の女子高生。それなのに、心の向く先は、ちっとも”春”じゃなかったのだった。
* *
時計を見ると、夜の8時を回ってしまっている。
「
父母は今日も不在で、1つ年下の弟の
「あいつって不登校のくせに、勉強は私よりできるんだから」
ぶつぶつと呟きながら、百合香は2階の自室を出て、1階にある台所への階段を降りていった。
台所に入ると、百合香はダイニングテーブルの横をすり抜け、突き当たった壁にあるドアを無造作に開ける。
すると、すぐ手前に、返却済みの本を積んだカウンターが見えた。
そこは小さな規模の図書館。
そう、百合香が開いた台所のドアの向こうが、彼女の弟、
* *
なぜ、百合香の自宅と図書館がくっついているか。その構造の謎は家族の誰も知らなかったが、別に困ることもないので、そのままで暮らしている状態だ。
「京ちゃん、いる? 」
その声に、カウンターに座って作業していた弟が後ろを振り向いた。
「姉ちゃんか。驚かすなよ、どうしたの」
さらさらの茶色がかったボブヘア―。色白で艶やかな肌。少し憂いを含んだ黒い瞳。図書館員の制服のソムリエっぽい黒のロングエプロンがしっくりと似合っている。無造作に履いたバスケットシューズの不釣り合いさが、逆にいい。
自分の弟と思いつつも、百合香はつい京志郎に見とれてしまうのだった。
「どうしたのって、時計を見なさいよ。もう、夜の8時よ 」
「あー、もうそんな時間、これに夢中になってて、気づかなかった」
緑や小麦色の草
地面用に使うパウダー
台座ベースに背景板
お城の三角屋根。2cmほどの大きさの兵隊たちが何個も。
どれもこれもが、とても小さい。当たり前だ、1/150スケールなのだから。
それは、弟の趣味であり、また収入源でもあるジオラマ造りの製作用キットなのだった。
京志郎は、図書館のカウンターの上に所狭しと並べた模型のパーツを眺めて、幸せそうな笑みを浮かべている。
「京ちゃん、仕事、そっちのけで、また、そんなの作ってたの。しまいには、クビになるわよ」
「館長からは何も言われてないよ。それに、僕が作った城下町のジオラマは、けっこうな高値で売れるんだぜ」
そう言われてしまうと、百合香は反論ができなくなってしまった。弟のジオラマを作るセンスの良さは認めざるを得なかったし、第一、百合香はその町並みが好きでたまらなかったのだ。
どれもこれもが、眺めているだけで、異次元の世界に引きこまれてしまいそうな……
そこは、まるで
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