レシピについて管を巻く

 料理を作る時、私はレシピ本やインターネットに掲載されているレシピを見ながら作ることが多いです。そしてこの人のレシピは美味しいな、採用! として家の味を作っています。


 でもそれって、我が家の味なのだろうか。という疑問が消えません。


 うちの旦那は、とある人のレシピで作った料理を必ずと言っていいほど褒めます。「お店の味だ」と。きっと彼の口に合っているのだと思います。その褒め言葉は素直に嬉しいし、作った甲斐もあるというものですが、心の中で「あの人のレシピに実直に作っただけだけどね」と言って舌を出している私がいます。


 レシピって、何なんでしょうか。


 これまでに、何種類の肉じゃがレシピが世の中に出たのでしょうか。基本のきの字さえ守っていれば、きっと美味しい肉じゃがが作れるはずです。それでも、手を変え品を変え肉じゃがのレシピは世の中に出続けます。何故なんでしょう。


 私、料理って本当は、発明だと思うんです。


 本物の料理人は、いろんな食材をそのまま食べて味わって、どう調理すればもっと美味しくなるか、合わせることでよりその食材の美味しさが際立つものは何か、これまで味わった彼の舌の経験を隅々まで思い出して、混ぜ合わせて、調理法も考えて……そして新しい料理を生み出すんだと思うんです。


 それは最早発明で、それを後世に残すために文字にしたものが「レシピ」だと思うんです。だけど、世の中には発明じゃないレシピが溢れている。


 とはいえ、そんな二番煎じのレシピもあって然るべきだと私は思います。電子レンジのある現代とない時代のレシピが違うのは当たり前だし、調味料も、製造工程の変化によって味が変わっているかもしれないし、第一人間の味覚や好みも時代によって変わるのでしょうし……。


 変わらない本物のレシピを求める気持ちと、時代に合わせたレシピを活用したい気持ちと、相反する2つの思いが私の中に存在しています。(実際には、時代に合わせたレシピを選んでいるんですけどね。)


 そしてそれは小説も然り。全く新しい小説を発明したい気持ちと、これまでに作られたセオリーにエッセンスを乗せて自分の作品としたい気持ちと。


 みなさんは、どちらの小説を作りたいですか?


 ……って、こんな文章で私の言いたいことはうまく伝えられているでしょうか。

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