ジニアと桜
あなざ
第1話
いつも通り六時半に起床し、身支度を済ませてお米を炊く。今日は始業式。クラス替えに期待と少しの不安を感じながら汁物を混ぜてると、リビングの扉が開いた。
「おはよう」
「…はよう」
あくびしながら椅子に腰掛けたのは義兄のアスネ。高身長で、片目を長い前髪で隠してる。特徴的な三白眼は眠気で少しタレ気味だ。
「ほら、しっかりしなよ。食器運んで」
「んー…」
眠そうな返事をしながらキッチンの小型テーブルに置いてた朝ご飯を運んでくれた。私も弁当を包み終え、席に着く。
「「いただきます」」
挨拶をして、箸を握る。今朝は魚が上手く焼けてて美味しい。感想を少し期待しながらチラッと兄を見るが無言、無表情のまま箸を進めてた。いつもの事だ。
「兄貴、醤油取って」
「はい。その呼び方やめろ」
「何を今更…じゃあ、なんて呼んで欲しいの?」
小六までは普通にお兄ちゃんと呼んでたが中学になって何故か恥ずかしくなり、兄貴と呼ぶようになった。その方が変だとよく言われる。私も変だと思う。
「普通に…お兄ちゃんとか…」
「キモ……」
何百回もしたやり取りを交わしながら朝ご飯を食べて、洗い物等を終わらし、いよいよ家を出る。複雑な気持ちのいつもとは違う少し特別な登校時間。学校を案内するかのように並ぶ桜並木の入口に、見慣れた二人の姿を見つけた。
「おはよう!彩景、ヤエ!」
「おはよー、アヤネ」
「おはよう」
深緑の髪と瞳を持つ彩景と、黒いリボンでポニーテールにしてるヤエ。私達は幼稚園の頃からの親友で幼馴染だ。
「クラス替え緊張するね」
「うん…二年も同じクラスだったら良いね」
私達の通う薄紅女学院は中二からクラス替えは無い。つまり中二のクラス替えがこれからの学校生活で重要になってくるのだ。
「でも、クラス変わっても友達だよ?」
一歩、先を歩いてたヤエが振り返り、笑顔でそう言う。
「勿論だよ。私達、親友でしょ?ね?アヤネ」
「うん!」
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薄紅色の正門を通り抜けると、早速クラスの振り分けが書かれてあるボードが目に入る。しかし生徒が寄って集って背伸びしながら確認してるので見えずらい。
「どうしよ…全然見えないね」
「人が居なくなるまで待つ?」
「二人は此処に居て。私、見てくるから」
彩景が一人、人混みの中に吸い込まれて行った。今日もかっこいいな…
「おはよう」
後ろから挨拶が聞こえ、ヤエと一緒に思わず振り返る。
「お話するのは久しぶりね」
声の主はゆるくウェーブのかかった髪を二つ結びにした少女…ミヤ。早くも振り返った事を後悔した。彼女は小四まで、私達とは親友と言ってもいい関係だったのだが、小五に上がって突然私達を拒絶し、ミヤと同じクラスだった彩景(彩景だけ別クラスだった)を虐めたのだ。私達は勿論そのことに関して許してないし、ミヤだって私達の事は嫌いだろうに何で今頃話しかけて来たのか。
「あら、彩景は居ないのかしら?」
「…何の用?」
彩景を探すように辺りを見渡す。また彩景に危害を加えるつもりなのか。
「そう怖い声出さないで。ただ私は"これから"よろしくと言いたいだけよ」
「はぁ?」
「アヤネ…彩景のとこ行こう?鉢合わせさせたくないし」
小声でそう提案するヤエの声は、少し震えてた。
「…分かった」
ミヤを置いて、二人で彩景が居るボードの元へ向かう。後ろを振り返るとミヤは私達に興味を無くした様で、別の友達と話してた。
「彩景、ちょっと来て」
「え、うん」
確認し終わった様子の彩景を、ミヤの視界に入らないような場所に連れて行く。
「どうしたの?」
「さっきミヤが急に話しかけて来て、彩景を探してる様子だったの…」
「ミヤが?」
ヤエの説明に、彩景が驚いたように目を見開く。
「うん。だからミヤに見つからないようにと思って」
「……そっか、ありがとう……あの、クラス確認したんだけどさ…」
少し口篭る彩景に耳を傾ける。
「……アヤネとミヤが同じクラスで、私達それぞれ別クラスだった」
「え…」
朝一番の絶望的情報である。
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「皆、さようならー」
新しく担任になったレナ先生の挨拶と同時に、教室が賑やかになる。そんな中、私は少ない荷物をまとめながら、ため息を零した。どうしてこうなった。今の状況を表すのにぴったりの言葉だ。何故、ミヤと一緒なのか。何故、綺麗に三人別々なのか。負の感情は湧くばかりで解消されない。
「アヤネ、帰ろー」
ドアの向こうからひょっこりとヤエが姿を現す。
「あれ、彩景は?」
「委員会があるから先に帰ってて、だってさ」
話しながら階段を降りる。一年は三階で二年は二階なので、階段を降りる労力が減って助かる。
「この後、家来ない?」
「良いの?行く!」
多分まだ兄は帰って来てないだろうし、彩景(の弟が作ったもの)からチョコを昨日貰った所だ。
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「美味しい!このお菓子なんて名前なの?」
「ブラウニーだよ」
胡桃をチョコに混ぜて焼いたお菓子、ブラウニー。以前私も作った事はあるが、あれよりも格別に美味しい。一緒に頂いた紅茶にもよく合う。今度作り方を聞いても良いだろうか。
「…クラス大丈夫?」
おずおずとした様子でヤエが聞いてくる。私はティーカップを口から離し、笑顔を作った。
「多分、大丈夫だよ」
「何かされたら言ってね」
「うん。ありがと」
今、考えてみると彩景じゃなくて私で良かった。そう思うと少し楽だ。
「…私、そろそろ帰らなきゃ」
「え?もう?」
壁掛け時計を見るがまだ家に来て40分ぐらいしか経ってない。夕飯にも誘うつもりで居たのに。
「ごめんね…私、最近塾に通い始めたんだ。二年になると勉強が難しくなるし」
「そっか…頑張って!」
玄関までヤエを見送った後、持て成したお皿やティーカップを片付ける。するとヤエに出したお客様用のティーカップが手から滑り落ちた。耳を塞ぎたくなるような鋭い音が響き、カップが二つに割れる。
「なんか…不吉…」
そう仄かに感じながら、破片の後始末をした。
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「憂鬱だな……」
重い足取りで桜並木の下を歩く。今朝は二人揃って一緒に登校できないとLINEが来て、一人で登校する事になった。一年の頃は別にどうって事無かったが、あのクラスで一日過ごす不安を親友達で紛らわせれないのだ。胃の辺りが重く沈む。
「アヤネさん」
私は前を向く。やはり名前を呼ばれたら反射的に反応してしまう。例えそれが、嫌いな人でも。
「おはよう。朝から体調が優れないの?凄い顔よ?」
「どいて」
ミヤをわざとらしく避けて、早足で学校に向かう。学校でもどうせ会うけど、出来るだけ接触は避けたかった。
「冷たいのね。今日は一人で登校?」
だがミヤは私と歩調を合わせてくる。走るのは何だか子供っぽくて恥ずかしかった。
「珍しい。いつも三人一緒に居るのに」
何で、こんなに絡んでくるんだろう。露骨に嫌がってるのに。目が悪いのか、頭が悪いのか。
「ねぇ。同じクラスでしょ?昔みたいに仲良くしましょうよ!」
「その"昔"を壊したのはあんたの方でしょ」
足を止め、正面からミヤを睨み付ける。本当は無視を決め込みたかったが、あまりの鬱陶しさに堪忍袋の緒が切れた。
「分かってないようだから教えてあげるけど、私達はあんたが嫌い。だから近寄らないで。虫唾が走る」
言い過ぎたと言う罪悪感は微塵も感じない。少し驚いた様にミヤが私の顔を見据えてくる。
「虫唾って……酷いわね」
だが直ぐに先程の笑顔を浮かべた。
「あ、もう20分!私、もう行っていいかしら?」
私を置いて正門まで走って行った。まるで私が足止めしたかの様な言い草に、更に憤怒が積もるが堪える。こんな事でキレてたら、この先続かないだろう。
ジニアと桜 あなざ @anaza
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