この大地の淵で

みし

この大地の淵で

 その時、荒涼とした野原に風が吹き付けていた。

 私は枯れ草の揺れる様をずっと眺め続けている。


 晩秋の光景は毎年こんなモノである。収穫の時期も終わると土地は静寂を取り戻し、生き生きとした様子は見る影も無くなっていた。ただ枯れ果てた草花が大地に再び戻っていく様が鏡のように映し出されているだけである。

 春夏秋冬、四季の移り変わりで晩秋ほどもの悲しいモノは無い。雪の吹きすさぶ冬は春の訪れを待ちわびる、春は冬が過ぎ暖かさを感じとれるが、晩秋には去る者のさみしさしか感じ取れないのだ。

 冬になって春を待ちわびる姿を想像し、季節の様に私の人生もそういうものだろうか……。


 枯れ草の中を私はじっと見つめていた……。


「御主人様、あまりそのような場所にいられるとお体に差し障ります」


 じっと枯れた野原を見ている私に寄ってきたのは館付けのメイドである。

 温かい毛布と温めたポットを持って寄ってきた。毛布をかけるとポットからハーブティを注ぐ。

 紺色のワンピースに白い淡いエプロン。エプロンの裾が風に泳がされひらひらと揺れている。

 それを私はボーっとみていた。


「御主人様、これを飲んでで温まってください。この間も夜の中を彷徨って一週間寝込んで居ましたよね」

「いや、ありがとう私はこうしていたいんだよ……そもそもご主人様ではないだろ」

 私は、御主人でも後継者ではない。後継者は一つ上の兄上、私は病弱の身。二番目である私はただ屋敷を病弱ゆえに館から離れる事が出来ないだけである。

「いえ、私に取っては御主人様も同然です」

「それでも雇い主は父上で私では無いだろ」

「……そう言うところが心配なのです……」

 メイドは目をうるうるさせながらささやいた。

「わかったよ気を付ける」

 私は、ハーブティを流し込みながらそういった。

 ハーブを口にすると薬効が身体の中を染み渡る気がする。身体の芯があたたまるようだ……。これならもう少し外を見ていられる気がした。


「いつまでもそこに居るつもりですか……。早く中に入りましょう」


 メイドが服の袖を引っ張る。


「……わかった」


 私は、名残惜しくその場を立ち去る。

 メイドに引きつられて館の方に戻っていった……。


 でもそこは本来居場所無い場所である。つまり本来居るべき場所では無い。病弱で動けないゆえここに居るしか無いのである。

 時々兄上や父上の視線が痛く感じられた。父上は辺境のこの地を裸一貫で開拓しここまで育て上げた優秀な領主であるし、兄上もそれに引けを取らず父上を手伝っている。私は、ずっとそれをベッドの上から眺めていただけなのである。生まれたときから病弱で、ベッドの上で過ごす日が続いていた。周りの献身もあって何とか今まで生き延びていきたが……心の方は生きているかと言われたら甚だ不安を感じている……果たして私は生きているのかそれとも枯れているのか……私にとっては風を見つめている時が唯一それを忘れ去れられるの時なのであった……。

なので、そのような場所に居るよりいつまでも風に吹かれて居る方が好きなのである。

 メイドにその辺りの事情は理解して欲しいと思った。


「でも私に取ってあの屋敷は……」

「……それは分かっています……。貴方の居場所は私が作りますから、御主人様はいつまでも御主人様で居てください」

「そう言われても困るのだけどな……」


 メイドが暖炉に薪をくべていくと……暖炉が火花を散らしていく。

 その様子をじっと見つめながら、このような時がいつまで過ごせるのかと思いを廻らせるのだった。


「御主人様、大丈夫です。風の変わりに私がなります」

 私は何かがはじける様にメイドに愛おしさを感じたのである。


 帰って来るなり疲れたのでベッドに横になり目を閉じると意識は徐々に闇に落ちていく……どうやら今日は無理しすぎた様である。

 手には心地良い感触が触れている……メイドが私の手を包み込んでいる。


「御主人様、ゆっくりお休みなさい。私が貴方の風になるから」


 メイドは繰り返し眠りに落ちていく私に向かっていった。

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