第12話
王城での一件など、一般に知らされるはずもなく、ソラ達には再び休日がやってきた。そんな、休日の早朝である。
「兄さん、兄さん」
耳元に囁かれる甘い声で、ソラは飛び起きた。
「ま、マリス!?」
繰り返すがこの部屋はレッカとの相部屋である。女性を連れ込むのは褒められた行為ではない、というか、レッカはそういうことをする人物ではないが、教師に報告されて問題になっても文句は言えない。そんなところに魔人マリスは窓から忍び込んでいるのである。
「しーっ、私だって男の人の部屋にこっそり入り込むのが倫理的に良くないことくらいはわかってるよ。でも、集合場所を決めなかった兄さんが悪いんだからね?」
「あ……」
言われてみれば、休日に会うという約束は交わしたものの、どこで会うかというのは決めていなかった。街についてはソラの方がまだ多少は詳しいのだから、確かにこれは彼の落ち度だろう。
「とりあえず人のいないところに行こう?」
本来戦わなければならない相手に、人のいないところに行こう、と言われてソラは少し身構えたが、マリスの無邪気な笑顔を見て、毒を抜かれる。
「わかった。この時間なら公園にも人は少ないと思うから、そこで」
「うん、そこなら私もわかるから、先に行って待ってるね」
そう言うと、マリスは開かれている窓の縁に足をかけ、街に向かって跳躍した。一瞬で彼女の姿は遠のき、町並みに吸い込まれていく。「寮から街に向かって飛ぶ黒い影」という怪異が生徒達の間で語られるのは、また後日の話である。
***
その後、レッカに気付かれぬよう、着替え、部屋を出たソラは、約束通り公園へとやってきた。いつもなら人々の交流の場として賑わっているが、太陽が出ているかも怪しい時間だ。孤独な噴水には哀愁すら感じる。その噴水の縁に、黒と白と赤の少女が座っていた。
「待たせたね、マリス」
「ううん、今来たところ、なんてね」
恋人同士の待ち合わせを模して、マリスはそんな冗談を言った。ソラは返答に窮して、口ごもってしまう。
「あはは、兄さん可愛い。でもそんなんじゃ彼女さんに嫌われちゃうよ」
「君に心配されるような事柄じゃないよ。それに彼女なんていないから」
ソラは拗ねて、突き放すように言ったが、マリスはそれよりも気になったことがあるらしく、きょとんとした表情をしていた。
「私てっきりあの銀髪のおねーさんと兄さんがそういう関係なのかと思ってた。あのおねーさん、ずっと兄さんのこと見てたから」
ソラはマリスの指す人物が誰のことなのか推測しかねたが、銀髪といえばテラ以外にいないということに思い至った。
「レッカも妙なことを言ってたけど、テラとは何も無いよ。それはきっと勘違いだ」
「兄さん、剣も鈍いならそっちも鈍いんだね……」
「喧嘩売ってるの?」
大人げないかなと心の底では思いつつも、剣についてバカにされて黙っていられる剣士はいない。もちろん、マリスが話したいことの本題はそんなことではないのだが。
「違う違う。でも、あの人がそうじゃないなら、私が兄さんを籠絡して、人を裏切らせちゃおうか」
「籠絡って、僕と君は兄妹なんだからそんなこと出来るわけないじゃないか」
大戦の前、人間同士で利益を争っていた時代では近親婚が認められていたこともあったが、今では一般的ではない。ソラも無論、そういった文化とは無縁に生きてきている。
「そうかな……こういうこと、されても?」
するりと、懐に入られる。本気を出したマリスに、ソラが抗う術は、まだない。驚いて目を見開いている間に……マリスの唇が、ソラのそれと重なった。ソラは咄嗟に押しのけようとしたが、マリスの小さな体のどこにそんな力があるのか、びくともしない。なすがまま、彼女が離れるのを待った。
ようやく少しの息苦しさから解放されたと思ったら、マリスのとても少女のものとは思えない妖艶な笑みが眼前にあった。
「マリス、悪い冗談が過ぎる……!」
動揺をひた隠しにしながら出た言葉は、自分でも音になっていたかわからない程か細いものだった。
「ふふ、私は
何事もなかったかのように、マリスは双剣を抜き放ち、構える。真剣だ、間違いがあれば、相手の命を奪いかねない。いや、実際マリスはそのつもりもあるのだろう。ソラもまた、唇に残った感触を努めて忘れようとしながら、剣を構えた。
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