第2話

 いつも山の上から見下ろしていた街は、ソラの想像よりは遠く、しかし長旅にはならない程度の場所にあった。王都、首都、などと民衆からは好きに呼ばれている場所だが、正式な名前は剣王都キャメロットである。戦争が終わった際、人々を率いた原初の4人の剣士達の内1人が建てた国であり、今でもその剣士が治めている。

 見慣れない人混みと、様々な建物に視線を右往左往させながら、ソラは父の知り合いを探した。ソラの父、アスールは原初の四剣士の内の一人である。そんな彼の知り合いと言うのなら、それもまた四剣士の一人であるだろうと推理を巡らせたソラは、四剣士の一人、剣王アーサーがいるであろう王城へとやってきていた。

 無論、出自の不明な少年が王に会いたいと言って城門を通れるはずもなく、アスールの名前を出しても、ほら吹きだと一笑に付されて追い返された。


「どうしようかな……」


 あてもなく彷徨った末たどり着いた公園の中心にある噴水を眺めながら、ソラは一人呟いた。何かしら行動を起こさねばならないのだろうが、何をすれば良いのかは皆目見当もつかない。父と2人、山奥の小屋で暮らしてきたソラにコネなどあるはずもなく、王様などという雲の上の人物に会うのには何もかもが足りなかった。

 近くの露天で売っていた毒々しい色の飲み物を飲みながら、ソラは溜め息を吐くことしか出来なかった。

 そんな時、1人の男がソラに声を掛けてきた。背が高く、金髪碧眼で、人混みの中であれ目立ってしまうような、そんな男だ。顔に刻まれた皺などからして、年の頃は40近いのだろうが、印象としては20代前半にも見えた。


「どうしたんだ少年、若いのがそんな暗い顔をするような街だったかな、ここは」


 見た目の爽やかさに反して、随分と砕けた口調の男だった。ソラは一瞬面食らったが、すぐに気を取り直して返答する。


「あ、その、父の知り合いに会いに来たんですけど、どうにも会えそうになくて……とっても偉い人みたいなんです」


「偉い人ねえ、王様とかかい?」


 男は冗談半分に言ったようだったが、ソラは目を見開いて驚いた。


「なんで知ってるんですか?あ、もしかしてお城の前で追い返されるところみてました?」


「ん?当てずっぽうだったんだが図星かい。はぁ~、そりゃ難儀だね、なんでもここの王様は四十路になったのに随分やんちゃで、最低限の仕事さえこなしたら街に繰り出すようなヤツらしいぜ?」


「そ、そうなんですか……」


 ソラは王というものをよく知らなかったが、少なくとも色んな場所に出歩くような人ではないのだろうと考えていたため、目の前の男の発言にまたも驚かされた。


「そうそう、で、街で見かけた将来有望そうな若者に片っ端から声をかけて、何やら怪しい施設に連れ込むなんかしてるらしい」


 王様がそんなことをしていて、この国は大丈夫なのだろうかとソラは心配になったが、そんな彼を気にせずに目の前の男は話しを続ける。


「で、少年。ものは相談なんだが、この国に新しく建つ学校の生徒になってみないか。剣士なんだろ?そこでは王様や色んな剣の達人に剣を教えて貰えるってぇ話だ」


 ソラは目の前の男の提案への回答よりも、それまでの話からの繋がりの無さに違和感を覚えた。冷静になって頭を回してみる。その結果出た結論は、


「えっと、もしかしてアーサーさん?」


 というものであった。ソラの言葉に目前の男は破顔し、大きく頷いた。


「察しが悪いから不安になったぞ、んで、少年の父親は俺の知り合いだっていうが、一体誰のことだい」


「僕はソラ・ハッシキといいます。父の名前は、アスール・ハッシキ。父は先日魔人に殺されました。その父が、この街にいる知り合いを頼れ、と」


 今度は男……剣王アーサーが驚く番だった。そして神妙な面持ちになり、ソラに次のように聞いた。


「ソラ、その魔人はこう名乗るか、あるいは呼ばれていなかったか、スカーレット、と」


「そう父に呼ばれていました。知っているなら教えてくれませんか、ヤツと父の関係を」


「スカーレットは大戦の時、俺達の最大の敵として立ちはだかった魔人だ。ヤツに囚われていたマリンを助け出し、魔族を再び地の底に封じた時に一緒にいなくなったと思っていたが、生きていたか。それも20年力を蓄えて。ソラ、やはりお前は鍛えた方が良い。平和な時代だと、あるいはアスールも言ったかもしれない。確かにほとんどの魔族は封じることが出来た。だがその残党が野生化し、時に徒党を組んで人に牙を剥くことも未だにある。スカーレットもまだ生きていると言うんなら、きっとまだ戦争は終わっちゃいないんだ」


「戦争は、終わっていない……」


 その言葉は、アーサーにとってどれほど重いものであっただろうか。原初の四剣士の一人として、最前線で戦い続け、戦争を終わらせたはずだった彼が、終わっていないと口にするなどと。ここが民衆の前であったのなら、混乱が訪れたに違いなかった。


「ソラ、お前に戦う意志はあるか」


 父は平和な時代の中静かに暮らしても良いと言ってくれた。だが、アーサーの言葉を聞いて、そうするつもりにはなれなかった。元々剣士として育てられたのだ。平和になったと良いながら、ソラをそう育てたアスールにも、どこかにこうなるかもしれないという確信めいたものがあったのだろう。そうでなければ、自分が剣士だということを忘れ、息子と2人で普通の親子のように生きていたはずだ。


「あります、僕はソラ・ハッシキ。原初の四剣士が一人、アスール・ハッシキに育てられた……剣士です!」


 蒼穹の剣士の腰には、父から受け継いだ長剣が下がっていた。

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