1-3
舞台は、食人鬼の死体が散らばるショッピングモールの屋上に戻る。
「ひとまず、記憶にある一番デケえ秘密基地に向かおう! と思って来てみれば、とっくに潰れてて、上にはデケえデパートが建ってやがる。ビックリだぜ、おい」
ショッピングモールのことをデパートとしか認識していないライオコブラ。昭和から眠っていた怪人の知識に、ショッピングモールという単語は無かったらしい。
「はあ……」
正座して、ライオコブラのひとり語りを聞いていた春菜。その上半身は、コブラでぐるぐる巻きにされていた。隣には、折れ曲がった鉄パイプが転がっている。
この謎のライオンが語る世界征服や裏切り者の改造人間の話を信じるほどピュアではないが、この状況では納得以外できまい。
「でもまさか、いきなりぶん殴られるとは思わなかったぞ。もっとも、その気合は嫌いじゃねえぜ」
ライオコブラの発言にあわせ、コクコクとコブラもうなずいている。一心同体なのか、それとも別にコブラの脳みそがあるのか。どちらかによって、受け手のリアクションが変わってくる仕草である。
「んで、一つ聞きたいんだがよ。いったいどうして世界はこうなった?」
「知らない」
知っていれば世話は無いと、春菜はそっぽを向いた。だが、自らに巻き付くコブラと目があい睨みつけられた。ため息を付き、再び話し始める。
「このショッピングモールでメシを食おうとしたら、突然、子供が母親の足に食いついて、駆けつけた警備員が爺さんに襲われて。いきなりしっちゃかめっちゃかになって、気がついたらこんな感じだった。ネットも繋がらないし、TVも砂嵐で、周りがどうなっているのかなんて、わからないよ」
「そうか……俺がここまで歩いてきたかぎりだと、外も似たような地獄絵図だ。おそらく、最低でも東京はこの惨状だな。関東、日本、世界、全部こんな状況なのかそうなのかは、わっかんねえなあ……」
地下で眠っていた怪人と、地上で籠もっていた少女。二人の結論は、まったくもってわからん! だった。
「アンタの仲間が世界征服のために人を狂わすウイルスでも撒いたんじゃないの?」
春菜に指摘され、ライオコブラは思わず考え込む。
「俺たちは世界を征服したいのであって、世界も社会もぶっ壊したいわけじゃないぞ。でも、ずいぶん俺様も寝ていたようだし……路線変更があってもおかしくは……それにしてもなあ……」
ライオコブラはため息を吐き出してから、自身にとっての本題に入った。
「こういう難しいことは、後で考えるとしてだ。突然だが、今、俺様は腹が減っている」
「食料なら、ほとんど残ってないよ。アイツらがみんな食べちゃったから」
「いやいや、俺もメシは多少食うが、それとは別に必要なもんがある。それは、うつ……女の生き血だ」
途中で言葉を言い直し、女の生き血を求めるライオコブラ。
「は……?」
春菜は、きょとんとするしかなかった。
「俺様はライオコブラ、最強の怪人にして秘蔵っ子なぶん、女の生き血を定期的に飲まなきゃ、全力で動けねえし、最悪機能停止でハイそれまでヨだ」
「血がほしいなら、さっきぶちまけたヤツらや、まだ外をうろついてる連中からもらえばいいじゃん!」
「ああ、アイツらの血は駄目だ。飲めないくらいに不味い。だからこんなとこまで、まともな女を探して来たわけだ。最初は、基地に保管されてる血液パック狙いだったんだけどな。蘇って、初の幸運ってやつだ」
ライオコブラは、反論する春菜をしげしげと眺める。
「俺様はもうちょっと、おとなしい女の方がいいんだが、わがまま言ってる場合じゃねえな」
「言うに事欠いて、それ! ちょっとは感謝の気持ちを持ちなよ!」
「ありがとう! それじゃあ、いただくとするか」
雑な感謝の後、春菜を捕らえているコブラの口が大きく開く。その湿り気のある牙は、てらてらと輝いている。
「この、離せ!」
春菜は身をよじるが、コブラによる拘束はまったく解けない。
そんなコブラがスルリと春菜の身体から離れた理由は、突如聞こえた足音だった。
食人鬼たちの本能のみの疾走とは違う、自然な足音。ライオコブラの視線は、足音の方へと向く。
屋上にゆっくりとあらわれたのは、長身の優しげな顔をした青年であった。たったそれだけで、ライオコブラは不機嫌そうに眉を歪めた。
「テメエは……」
肩まで伸びた髪や育ちの良さを感じさせる上品さは、まったく似ていない。だが、その雰囲気は、ライオコブラをかつて葬った裏切り者、その人間態に良く似ていた。
「何者だか知らねえが、勝手にそれ以上近づくんじゃグォ!?」
警戒するライオコブラの脳天に、再び鉄パイプが炸裂した。
「やっぱきかないかー……」
残念そうに、折れた鉄パイプを放り投げる春菜。一度駄目でも、二度目ならもしや。鉄パイプは曲がっても、彼女の闘争心はまったく折れていなかった。
「あのなあ、お前、この状況で鉄パイプ使うのか!」
痛くなくても驚きはしたと、春菜に食って掛かるライオコブラ。
「今ここに武器になりそうなもの、これしかなかったし……」
ちょっとすねた様子で、春菜は反論する。反論というか、開き直りだが。
「そうじゃなくてよ! だいたい、あっちの味方につくにしろ、後ろからぶん殴るにもっといいタイミングってのがあるだろ!」
「この狂った世界で、いきなり来た人間なんて信用できるわけないし。でもとりあえず、一人片付ければ次も楽になるかなって」
「え? 俺を倒せたらあっちを襲う気だったのかよ? 三つ巴上等? ……なんだその、わかってるじゃない、アンタ! みたいな顔は」
ちょっと感心した様子のライオコブラと、ふふーんと得意げな春菜。何が得意げなのかよくわからないが、とにかく度胸はあった。
そうこうしているうちに、謎の青年は声が届くぐらい近くにまで来ていた。
「へえ、怪人だ。まだいたんだ」
青年は、ライオコブラに驚かない。いや、ライオコブラが何者か知っているようだった。
「ほお……俺様のことを知っているのか」
「さあ? ただ、ずいぶんとレトロだ。きっと、センパイの世代だね」
青年はそれだけ言って、ズボンのポケットから取り出したカードを高く掲げた。
「変身」
青年は、掲げたカードをやけに大きなベルトのバックルにかざす。
その瞬間、青年の全身を光が包む。光が晴れた後にあらわれたのは、赤いスーツの上に銀の甲冑をまとった仮面の戦士であった。フルフェイスの仮面には、十字の意匠が刻まれている。
青年はライオコブラと同じく異形の風情があるが、ライオコブラに比べてずいぶんとスマートな装いであった。
再び、ぽかんと口を開ける春菜。ライオコブラが怪人ならば、今あらわれたこの青年の格好はヒーローである。怪人に襲われている自分を、ヒーローが助けに来た。いくらショッピングモールの屋上といえども、今はヒーローショーはやっていまい。
まさか、正義の味方と世界征服を企む悪の怪人の戦いが、人知れずおこなわれていたのか。特撮でも何でもなく、現実で。食人鬼だけで手一杯なのに、そんな本物の与太話を押し付けられても。
春菜は、己の頬を、ギュッとつねった。痛い。
だがそんな痛みは、目の前のライオコブラが放つ気迫にかき消された。
「そのムカつく格好……そうか、俺様の寝ている間にあの裏切り者のクロスは自分と似たタイプの改造人間を量産したのか!」
むき出しの獣性と殺気。獅子の目も毒蛇の目も、らんらんと輝いている。食人鬼を倒していた時や春菜と言葉を交わしていた時の余裕が一切消えている。これが、怪人と呼ばれるものの本性なのだろう。
「量産? 違うね、俺たちはセンパイの正義の心を受け継いだだけだ。俺は、クロス・ネクスト。自由の戦士クロスの意志を継ぐ者の一人だ」
クロス・ネクスト。単なる裏切り者でしかなかった改造人間が、いつの間にか後継者を作り、自由の戦士などというたいそうな称号を付けられている。
数十年間、地下に押し込められていたライオコブラにとって、腹立たしいことこの上なかった。
「その娘、こちらにもらうよ」
「ぬかせえッ!」
ネクストの発言に激昂したライオコブラが駆け出したことをきっかけに、仮面の戦士と怪人のぶつかり合いが始まる。
体格でまさるライオコブラは、左腕の爪と体格で真正面からネクストに圧力をかけていった。
「どうした、どうした! 貧弱じゃねえか!」
ライオコブラの圧力は、仮面の戦士にとっても未知なるものだったらしい。
「くっ……! 昔の機械は頑丈って言うけどさ」
「今の機械が、ごちゃごちゃしてて貧弱なんだよ!」
ライオコブラはネクストの腹に重いヒザを入れる。くの字に曲がった身体に落とされたのは、強烈なヒジによる一撃。体格を利した圧倒的なライオコブラの攻めを前に、ネクストの動きが止まる。
ライオコブラは、動かぬネクストの首を掴み、自身の目線より高く持ち上げた。
「おい。新型、お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。お前なら、俺のいた組織がどうなったのかを、俺が眠っている間のことを、お前ならよく知ってそうだしな」
『ケンゲキ! ザンゲキ!』
声は、ネクストではなく、ネクストの装備したベルトから聞こえた。
ライオコブラの胸が突如十字に裂け、血がいいように吹き出す。
このスキを突き、ライオコブラの拘束から逃れたネクストの両手には、銀と赤、銀と青、二種類のショートソードが装備されていた。
「武器だと……!」
「今の機械はごちゃごちゃして貧弱なんじゃなくて、多彩でスマートなのさ」
ネクストはショートソードを構え、スピンの効いたジャンプでライオコブラに襲いかかる。二つの刃が、ライオコブラの全身に切り傷を刻んでいった。
「クソッ! やりにくい!」
一旦飛び退き、距離を取ろうとするライオコブラ。距離を取ってしまえば、右手のコブラによる鞭が、ショートソードにリーチで勝り有利となる。この考えは間違っていなかったのだが……
『ジュウゲキ! ソゲキ!』
ネクストが重ねた二つのショートソードにカードをスキャンすると、なんとショートソードはそのまま長身のライフルに変形した。
即座に放たれた弾丸が、ライオコブラの左膝を撃つ。
「グォォォォッ!」
バランスを大きく崩したものの、ライオコブラは雄叫びを上げ、なんとか片膝をつくだけで耐え抜く。要は、気合と根性でなんとか耐え抜いた。
動けなくなったライオコブラを見たネクストはライフルを投げ捨て、再びベルトにカードをかざす。
『イチゲキ! シュウゲキ!』
赤く輝く、ネクストの右足。そのまま跳躍し、飛び蹴りを決めようとする姿は、ライオコブラにとって忘れ得ぬ姿であり、忌々しさの映し身であった。
「二度もくらって、たまるかよ……あん!? テメエらマジか!」
なんとか退避しようとするライオコブラの四肢を、あちこちからあらわれた手が拘束する。
「にく……ねこの……にく……」
「た、たべたい……たべたぃぃぃ……」
ライオコブラを掴んでいるのは、先程、ライオコブラが倒した食人鬼たちの生き残りであった。片腕がなかったり、下半身が砕けていたりとひどい状態だが、それでも彼らは食欲で生命をつなぎ、ライオコブラにしがみついている。
「いつの間に来やがった! クソ! 離せ!」
食人鬼を容易く振り払うライオコブラであったが、彼らの稼いだ数秒はネクストにとって勝利の数秒であった。
ネクストの飛び蹴りが、ライオコブラの胸に炸裂する。強烈なエネルギーを宿した一撃は爆発を生じさせ、周りの食人鬼ごとライオコブラを飲み込む。
爆発による爆風が晴れた後、そこにいたのはネクスト一人であった。
ネクストは、鉄パイプを構え呆然としている春菜の元に行き、手を差し伸べる。
「大丈夫だったかい?」
差し出された手を、逡巡した後、握る春菜。
ネクストの手の力強さと外見の正しさは、春菜をこの食人鬼であふれる地獄から救いに来たヒーローそのものに見えた。
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