他の全てが2番目でも…

七荻マコト

他の全てが2番目でも…。

「はぁ、やっぱりここに居た」

「おや、どうされました?姫様」


 レッドが授業をサボることは何時ものことで、何をか言わんやだ。

 それでも常に優秀な成績で学園の上位にいるのが憎らしい。


「どうされました?じゃないわ…。またレヴィ先生が御冠よ」


 息を整えながらレッドが背中を預けて座っている大樹に、並んで自分も座る。

 駆けて来た為、少し汗ばんだ頬に張り付く長い銀髪を耳にかける。


「あの先生の授業は眠くなるんだよ。どうせ寝るなら木漏れ日の温かな木陰の方が最高に気持ちいい…だろ?」


 悪びれもしない悪戯っ子は、ウインクを投げて同意を求める。

 確かにここは、そよ風も気持ちよく夏に差し掛かろうとする今の季節、とても心地の良い場所だった。


「それは分からなくもないけど…ちゃんと授業にも出ないと単位落とすわよ」

「その辺は抜かりなく、計算してるさ」


 レッドの赤髪がそよ風に靡く。気持ちよさそうに目を細めてその風に身を任せるレッドは私の幼馴染だ。


 王国の第三皇女である私は、幼い頃から立場の都合もあって独りぼっちになる事が多かった。王城内は警備も厳重で、暗殺の心配もないと放任されていたのだ。

 ところが、そんな厳重な警備の王城の庭園にひょっこり現れたのがレッドだった。どうやってそんな芸当が出来たのかは分からないけど、当時はとてもびっくりしたと同時に羨望を抱いた。

 本人曰く、ただの暇つぶしだったそうだけど、時折現れては外での話を聞かせてくれる彼に私は夢中になった。

 知り合いの商人に子供が生まれて盛大に花火で祝おうとして暴発させてしまった事件や、少年自警団を作って畑を荒らすモンスターを退治した話や、悪徳商人の悪事を暴いた話など、まるで母親の語る絵本をまだかまだかと待ちわびる子供のようにいつも楽しみにしていた。


 しかしそんな楽しい日々も永遠ではなく、突然パタリと彼が来なくなった。


 待てど暮らせど一向に姿を見せなくなった彼。

 それでも私は暇があればいつも会ってた庭園に居た。

 歳を重ねてもあの日々は忘れられず、なにかあれば彼を追懐した。

 会えない日々、彼への思いは薄れることも消えることもなく、むしろ日増しに大きくなっていった。


 そんなある日、王立学園の校庭で彼とパッタリと再会したのだ。


 その時、嬉しさのあまり持っていた教科書も投げ捨てて、彼の胸に飛び込んだのは唯一の汚点である。忘れたい黒歴史だ…とっても恥ずかしかった。

 再会した彼から聞いた(半ば強引に聞き出した)身の上には色々あったようで、当時来なくなったのは母親が急逝して家庭環境ががらりと変わったかららしい。とある中級貴族の妾の子であった彼は、色々と苦労をしたようだった。

 それでも将来のためにか、世間体のためにかわからないが、王立学園に通わせて貰えているとのことだ。


「いつものことだけれど、余裕ね。いつか必死に全力を尽くす貴方が見てみたいわ」

「ま、そこそこの成績さえ取ってればのらりくらりと食いっぱぐれることなく生きていけるし…」

 そっと私に手を伸ばす。

 え?え?なになに?

 動揺する私なぞお構いなしに髪に触れてくる。思わず緊張して目を閉じる。

「お転婆な姫様を見てるだけで十分楽しいから…な」

 銀髪にくっついていた木の葉を取り、クルクルと回して私の鼻孔を擽る。

 くしゅん!

 くしゃみをした私を見て悪戯が成功した子供のようにニカッっと笑った。


「もう!そんなことだから万年2番のレッドって呼ばれるのよ!」


 レッドは優秀だったが、剣にしても魔法にしても、学問にしても特別なにか得意な科目がなく、どれもそつなくこなすが1番にはなれない器用貧乏と周囲から囁かれており、優秀ながらも万年2番と揶揄されていた。

 レッドが本気になったら絶対1番になれるものがあるはずよ。贔屓目かもしれないけど。


「そう言えば、明日の剣武大会は王様もこられるそうだな」

「ええ、私も会うのは何年振りかしら。まぁ娘のことに興味なんてない父親だから、別にいいのだけれど」

「そんなことない、娘を思わない父親なんていないさ」

「そう、かな?」

「そうとも」

 レッドの励ましはいつも芯を捉えて私の欲しい言葉をくれる。

「レッドも出るんでしょ?」

「授業の一環だからな、単位取るのに仕方なくさ」

「恰好いいとこ見せてよね。その方が一番の親友として鼻が高いわ」

「ま、ほどほどに…な」


 どこか遠くを見つめながらレッドは適当な返事を返した。身分の違い、姫と中流貴族の妾の子、親友以上の仲には成れていなかった。


    ◇   ◇   ◇


「この剣武大会で優勝した者には、我が娘、第三皇女と結婚する権利を授けよう」


 剣武大会の開会式で王様が信じられない宣言をした。

 来賓席の王様の横で、綺麗なドレスに身を包んだ姫は青ざめた顔をしていた。

 俺は許せなかった。

 数年ぶりに会った娘を一瞥するや否や、まるで余興の商品のように扱ったのだ。

 俺は許せなかった。

 父親に優しい言葉をかけて貰えると期待していた姫を裏切った王の行為に…。

 大会が始まり、記憶が途切れるかの如く怒りに任せて、夢中で剣を振るった。


 俺は姫の笑顔が好きだった。

 昔、助けられたお礼にと旅の商人から貰った風の笛。

 ひと笛吹くと、風に乗って空を自由に飛べる道具だった。調子に乗って飛んでいたら、一人で城内の庭園に佇んでいる少女を見つけた。

 何気なく見える位置に近づいて様子を窺うと、全身に痺れるほどの衝撃が走った。

 端的に言って一目惚れだった。

 けれど今にも泣きそうな横顔が堪らなく、どうにか少女の笑顔が見たいと、気が付いたら身分も弁えずに話しかけていた。

 姫は最初こそ戸惑っていたけれど、必死に話す俺の様子を見ている内に、満開の笑顔を咲かせるようになった。

 どんなに気分が落ち込んでても、

 死にたいくらいの自己嫌悪に陥っていても、

 殺したいほど憎い相手がいても、


 姫の笑顔を見るだけで救われた。


 ある時、今日も姫の所に行こう、と笛を吹いても風が起こらず飛べなくなった。何度も何度も唇が切れるくらい何度吹いても、飛べなくなったのだ。

 どうやら風の笛の魔力が切れたせいらしい。

 絶望に打ちのめされ、生きる糧も母親も亡くして悲観に暮れていた時、奇跡的に旅の商人に再会した。

 聞けば、魔道具の魔力は補充出来るとのこと。大人になって魔法を学べば、風の笛に魔力を込めることができ、もう一度飛べるようになるとのことだった。

 ただ、希少な価値の笛らしく、おいそれと大人に見せると取り上げられる可能性が高い為、自力で魔法を使えるようになった方がいいとのことだった。

 それを知るや否や、俺は死に物狂いで勉強した。

 親らしい貴族様の都合で王立学園に入学できたのも渡りに船だった。

 これで魔法を覚えられる。風の笛に魔力を込められる。姫に会いに行ける。


 ただ、不安もあった。

 何年も経っているのだ。婚約者や恋人が既にいるのではないか?

 いや、そもそも姫は俺のことを覚えているだろうか。気付いて貰えるだろうか。嫌な思考がグルグル脳裏をよぎり負の螺旋階段を駆け巡る。

 恋人がいれば大人しく身を引こう。姫が幸せなら、あの子が笑顔なら何もいらない。

 そう、あの笑顔に誓いを立てる。


 再会は学園の桜咲く校庭。薄いピンクの花びらに映える様な銀髪の美しい女性。

 一目で彼女だ、姫だと気づいた。そして嬉しいことに向こうも目を見開いてこちらに気付いた。

 覚えていてくれた!

 踊りだしそうな心に追い打ちを掛けるように彼女が俺の腕の中に飛び込んでくる。

「会いたかった」

 俺の胸で涙ぐみながら見上げる彼女の笑顔は、この世のどんな花よりも宝石よりも美しく、彼女の声は蕩ける様な甘美な音色で俺の耳を打った。


 彼女の、この笑顔の為に殉じよう。そう誓った瞬間だった。


 その彼女が今泣いている。実際に涙は溢していないが、青い顔に絶望の色が窺える。

 許さない、彼女を苦しめる全てのものを。

 気が付けばもう剣武大会決勝だった。無我夢中で駆け上がったのだ。この決勝を勝って彼女を守ってみせる。

 決勝戦は隣国の王太子。武勇は無いものの資産だけは莫大にある国だ。恐らくは出来レースなのだろう。姫は政略結婚の余興で剣武大会の商品にされたのだ。


 開始の合図と共にどこからか矢が放たれる。王太子の剣を捌くので精いっぱいの俺は肩に背に矢を受ける。幸い致命傷になる急所は外れたが、こんな状態でまともにやって勝てるわけがなかった。

 そう、まともにやれば…な。

 なぁ、姫様。俺は必死に頑張ってここまできたんだぜ?余裕に見えても必死に足掻いてきてたんだぜ?白鳥に紛れたアヒルのようにそれは必死に生きてきたんだぜ?そしてようやくここまで来たんだ、魔法が使える大人になったんだ!


 振りかぶった王太子の剣が俺の首を捉えた、と誰もが思ったその瞬間。

 俺は空に舞い上がっていた。

 口には風の笛。

 上空から鷹のように滑空し王太子の顔面に蹴りを入れる。

 悶絶しながら王太子は昏倒した。

 満身創痍の若者が一人立ち尽くす闘技場は、一瞬の静寂ののち嵐のような歓声に包まれる。


 余韻に浸る間もなく俺は風の笛を吹いて、姫の前に着地した。

 姫の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。心配をかけたようだ、でも俺の全力を見てくれたかい?

 俺は恭しく膝をつき思いの丈をぶつけた。


「愛しのアイリス様。私は他の全てが2番目でも、貴女にとってだけは1番でありたい。出会った時より、お慕い申しています」

 姫も感極まり、随喜の涙をながして、

「ええ、私もです!」

 そう言って俺を包み込むように胸の中に飛び込んできた。

 とびきりの笑顔で…。


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