第十二話 推薦状

 このメリウスという男、どうやら底なしの女好きらしい。

 いや、女好きというより「女が好きそうな行動を取る男」といえばいいか。


 確かにそれなりに端正な顔立ちをしているとは思うし、言葉遣いも柔らかい。しかし、その口から吐かれる言葉の数々が何とも甘いのだ。

 別に自分の事を格好いいと思っているとかそういうわけではなく、無意識無自覚に垂れ流してしまっている。天然垂らし、という存在である。この男に惚れてしまう女にとっては至高のご褒美になりえるのかもしれないが、生憎私は該当していない。十分間に合っている。嫌いというわけではないが、好んで関わり合いたくはない。そもそも興味がない。



「ギルマス、いらっしゃいますか? メリウスです」



 私へと引っ切り無しに向けていた言葉を切れば、目的に部屋にたどり着いたらしくノックと共に声を掛け始める。

 中からはすぐに返事が返ってきた。随分としゃがれた声である。



「おう、メリウスか。入れ入れ」


「失礼します」



 扉の先は、随分と簡素な一室であった。机上の書類の山を除けば、だが。

 骨董品の類は全くなく、実用性に特化しているようでソファと机が並べられているだけだ。


 そんな中、白髪を短く切り揃えた男と視線があった。間違いなくギルマスと呼ばれていた人物だ。この男以外室内に人影はない。




 パタン。大きな音を立てて扉が閉まる。



 

 直後、メリウスの剣が私の首元を捉えた。

 その剣先は細かく震え、柄を握る手は真っ白になるほど力が込められていた。

 

 荒い呼吸で、顔面蒼白。今にも倒れそうなほど疲労しているように見える。




「……んで、この化け物みたいな別嬪さんは何者だ? さっきから汗も震えも止まらねえ。半端ねえ圧力だ、俺はここで死ぬのか?」


「……ギルマスもですか。ハハ、私もです。反射的に剣を出してしまいましたが、どうするんですかこれ……っ」



 扉が閉じられたタイミングで、私は魔力の一部を二人へと当てつけた。



 たった二人に向けた、本物の魔力。古くから存在している我々と人間の魔力は、その質が全く異なる。普通の人間にとっては、心が震える程恐ろしいものに感じるだろう。

 

 莫大な魔力は殺気となって狙われた人物へと降り注いだ。

 その余波で棚も机も窓も、今にも崩れ壊れてしまいそうなほど大きく震えだしている。



 推薦状を貰うのだ、こうやって圧倒的な力を見せつけるのが手っ取り早いに決まっている。



 自分の数倍、いや数十倍の魔力を理解できたのだろうか二人の視線は私に釘付けだ。


 メリウスの剣を指先で摘み、軽く引っ張る。それだけで、強く握っていたはずのメリウスの手から剣が抜け落ちた。


 剣を床へと落とし、コツコツ、足音を響かせながらギルマスの目の前まで歩み寄る。

 一応はこのギルドのトップを張っている者の矜持か、無様に仰け反るような真似はしないようだ。



「これは私、馬鹿にされているのかしら」


「……嬢ちゃんの強烈さに、思わず出ちまったんだろう。許してくれや」


「仕方ないわね、人間だもの。それに、突然やったのは謝るわ。害意はないの」



 媚びているのではなく、単なる謝罪。なるほど、中々どうして肝が据わっているじゃないか。


 目的は達成した。彼らに放っていた魔力を抑える。

 露骨に肩を下ろし、ほっと息を吐く二人の姿が視界に映る。メリウスに至っては剣を拾う事すら忘れてしまっている。



「私がここに来たのは、ギルドマスターの貴方に会うため。メリウスは依頼の受注者。私は迷宮への推薦状が欲しいの」



 状況がつかめないのか、困惑した表情のギルマス。

 伝わらなかったのか。理解力が不足しているぞ、まったく。


 ギルマスの目を睨んでいると、ため息交じりに前へと出てきたメリウスが口を開く。




「……ええっと、この方はギルマスに会わせてくれる者をギルドで募集していました。それも依頼という形で。それを、私が受けて、今に至る……という事です」


「……なる、ほど、分かった。つまり、このとんでもない嬢ちゃんは俺に会いたくてーーーーってちょっと待て。今迷宮の推薦状って言ったのか?」


「ええ、そうよ。推薦状。私迷宮に行きたいの」


「そりゃなんでまた」


「探し物よ」


「その強さがあれば、迷宮の見張りなんて無視して突っ込めるんじゃないのか?」


「その後が面倒でしょ。こっちのほうが手っ取り早いわ」




 項垂れるギルマス。呆れるメリウス。なんだ、何がいけない。

 迷宮に行きたいのは探し物があるから。でも迷宮に入るには資格がいるから、それを取りに来た。無視すると追っ手をつけられたり、騒ぎになって面倒くさい。おかしなことはないと思うけど。



「……理由は分かった。だが、俺の推薦状が必要なほどの迷宮となると、六大迷宮か? 嬢ちゃんが恐ろしく強いのも今の一瞬で理解した。納得はいかねえが、そういう事が往々にしてあるのが冒険者の世界だ…………が……」



 続けて口を開こうとしたギルマスが、何かに気が付いたように眉をしかめる。同じタイミングで、メリウスも「あっ」と小さく声を漏らしていた。



「嬢ちゃんは、人間じゃねえよな?」


「ええ。貴方たちが魔族と呼ぶ存在よ」


「…………数日前に起こった出来事について、何か心当たりはあるか?」



 はて。数日前? そもそも目覚めたのが最近だ、知る由もない。

 私の身の回りの出来事といえばグラトリア、ライラと戦って、見回りをしただけ。魔大国では私に関すること以外は、特に大きなことは起こっていない。というかこれ、私自身の出来事じゃない。




「世情には疎くて」


「……そうか、それなら良い」



 さきほどより更に剣呑な表情、何か心配事でもあるらしい。人間は随分と頭を悩ます生き物だ、昔から何一つ変わっていない。



「良いぜ、推薦状。いくらでも書いてやる」


「良いんですか!?」



 随分あっさりと了承を貰えた。というか既に書き始めている。これは何だ、金属板か? 書くというより魔術を用いているようだが、これが推薦状なのだろうか。



「迷宮への資格ってのは、そもそも無駄に死ぬ奴を減らすための制度だ。十席やらAランクやらを設けているのも、そいつらなら適切な判断が出来るだろうっつー最低ラインになっている。そんくらい、Aランクのお前なら知ってるだろ、メリウス」


「それは、そうですが……」


「んで、さっきの魔力を受けた感想は? もう忘れたか? そのAランクのお前や、基準を設けた側の俺があそこまでやられたんだぜ? それもほんの一瞬でな。なら挑戦する権利は大いにあるってもんだろ」



 黙りこくるメリウス。渋々ながら納得したようにみえる。

 まあ納得しようがしまいが、推薦状がもらえる事に変わりはない。



「その推薦状があれば、もう迷宮には入っていいのかしら」


「ああ。入り口前にいる衛兵に見せてくれれば良い。偽造は出来ないから安心してくれ」



 書き終えたかと思えば、ギルマスは最後に金属板へと手を翳す。魔力を流している様だ。


 これは魔力で個人の特定をする道具だろう。

 複数の人物が完全に同じ魔力波長をもつことはあり得ない。双子だろうが三つ子だろうが、どこがで些細な違いができるものだ。


 それを個人認証に利用するとは、弱者の知恵というものは素晴らしい。もしかしたら魔大国にもあったのかもしれないが。



「ほら、出来たぜ」



 出来上がった推薦状という名の金属板を受け取る。手の平より小さい程度、どこにでもしまっておける大きさだ。どうせ【収納】するから大きさなど特に意味はないが。



「ええ、ありがとう。あと、メリウスにも報奨金」



 数枚の金貨を投げ渡してはくるり、と踵を返す。推薦状さえもらえればここに様はない。

 

 床を軋ませながら扉へ歩み寄り取っ手へと手をかけた時、聞いておきたい事を思い出した。

 私がここで過ごすために、必要な情報。


 身体を反転させギルマスの方へと向き直れば、小さく口を開く。



「二つ、あなた達に聞きたい」



 無言でうなずく両名、肯定とみなす。



「一つ。神について、どう思ってる?」


「確か言い伝えとしては、勇者を生んだとか、クラスを与えたとか、随分と人間に肩入れしてくれているんだっけか? 俺は興味ねえからよくわかんねえんだわ。そもそも存在するかすら怪しい存在じゃねえか」


「私も、ですね。神に祈るほど困窮してはいません。王国はそれほどまでに、豊かであり、私達人間を主体に他種族と協力し合っています。縋る理由がありません」



 スラヴィアの言った通り、か。ここで「私は神の使徒です」などと口走っていたら、問答無用で消し炭にしていた。



「ならいいわ。二つ。魔王について、どう思ってる? 個人的な考えと、世界の見方の両方を教えてくれると嬉しいわ」


「魔王、か。子供のころ散々話を聞いたぜ。絵本だったか? 読み聞かせられたことを覚えてるわ」


「本当にいたらどの程度強いのか、なんて話は冒険者内で幾度となく話題にあがりますね。後は、そうですね。教国で魔王と口にすると捕まる、とはよく聞きますね。あそこは魔族に対しての当たりが尋常じゃないくらい強いですし……ええっと、そういえばまだ名前を聞いていませんでした」


「ノアよ。ノア・エストラヴァーナ」


「ノアさん、ですね。ノアさんも教国だけは気を付けた方が良いですよ。そもそも領土に入っただけで警備隊が送られてくるらしいですし」


「ええ、分かったわ。忠告ありがとう」



 話を聞くに、この国では魔王の存在が信じられていない。つまり空想であると考えられている。

 名前の一つや二つ、告げても大きな騒ぎにはならない。


 嗚呼、そうか。


 人間はやはり、信じたくない事は信じないのだな。

 許容量を超えれば嘘だと断じる、悲しきさがを持っている。



 王国は、神も信じず魔王も信じず。

 ただ漫然と日々を生き続けている人間の国。



 魔族を受け入れ、他種族を受け入れ、発展を遂げてしまった路傍の城。



 素晴らしい。素晴らしく都合が良い・・・・・



 第一、私は人間に期待などしていない。


 怠惰な一生を送り無駄に死に絶えていくことが唯一の救いであると本気で思っている。


 憎い? いやいや。心底どうでもいいだけ・・・・・・・・・・だ。


 彼らがどうなろうが、微塵も興味が湧かない。

 目の前で死のうが、私が殺そうが、心は僅かも動かない。


 ただ、物事を円滑に進めるためには利用するし友好的な姿を見せる事にはしている。

 世渡り上手、というやつだ。懐いてくるペットには多少なりとも愛着が湧くものだろう?



 だから、決して、アレにだけは祈るな。願うな。傅くな。

 それならばいっそ、誰にも利用されることなく自らの意思で死に逝け。


 お前たちが自らの力で生き続ける限り、私から手を出すことはしない。

 いくら三千年の間に知恵や技術を身に着けようとも、小手先に過ぎない。大きな価値を感じる程の存在では、ない。

 




「それじゃあ、ありがとう。助かったわ」


「ああ、ノアさんも、達者で。……それだけの力があれば、大丈夫だとは思いますが」




 達者で、か。久しく言われていない言葉だ。




「そっちも、私に殺される存在にならない事を祈ってる」




 今度こそ、扉を開け部屋を後にする。




 扉の閉まる音が、こころなしか小さいような気がした。

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