第十話 爪を隠せ
ざくざくと草を踏みしめ森の中を進んで行く。ここは先程目下に映っていた大森林である。
ノルドが先頭で前方の警戒と案内、加えて二人で周囲を警戒して進んでいる。人数が少ない分、それぞれがやるべき事をこなさなければ命に繋がるのだと言う。
日差しを遮るほど葉が生い茂る木々の間を進んでいく。ただ、あまり重たい空気ではなくなんとなく慣れ親しんでいるような雰囲気を感じる。
「そういえば、どんな任務?を受けているのかしら」
情報を聞くついでに付き添っているだけではあるが、一応何かあった時のために知っておいた方が良いとは思う。良い者達だろう、とは思うがそれだけだ。任務が成功しようが失敗しようが私は正直どうでもいいのだ。
「この大森林に現れた魔物の調査及び討伐ってところかな。なんでも、先日から巨大な影や大きな音が聞こえるとかいう噂が広がっていてね。不安に思う住人もいるみたいだから依頼が出たんだ」
「調査及び討伐、ということは倒せなさそうな場合は逃げ帰るのね」
「まあ有体に言えば」
魔族はさーちあんどですとろい、なんて人間によく言われてたものだが。時代が変われば考え方も相応に変化していくと。
第一目標は調査、であれば見つかるまでは情報を聞き放題だ。基本的にはある程度大きな魔力を持っている存在は適当に探知すればわかると思うのだが、そこはやはり人間。スペックがあまりにも低い。
だがしかし、この者達が劣っているだけの可能性もないとは言い切れない。いくら冒険者などという危険第一の存在とはいえ、全員が全員力を持っているはずもない。末端の末端だという事もあるのだ、中には私と同等に戦える者がいたとしてもおかしくはない。頭の片隅にでも置いておこうか。
「まあいいわ。それで、迷宮の事なんだけど」
「ああ、そうだね。どこから話そうか……」
私が知っているのはスラヴィアに教えられた部分だけ。核となる魔力体について、それから六つの大迷宮について。
「迷宮っていうのは、数千年前に自然発生したもの。理由はわからないけどお宝が眠ってたり無尽蔵に魔物が湧いてきたり。危険だけどそれに見合った成果が得られる、熟練冒険者の稼ぎ場所ともいえるものなの」
核となる魔力媒体の影響で魔物が湧き続ける、なんて現象が本当に起こり得るのか。にわかには信じられないが、ここまで目を輝かせているんだ。嘘をつている様子はない。
「小さなものから大きなものまで、攻略難易度は迷宮によって異なるの。数十個もの迷宮は、場所によって特徴もあったりするわね」
「んで、現在に至るまで攻略されてねえ迷宮は六つ。六大迷宮、なんて言われてる。その難易度も段違いでよ、数多の猛者が挑むも誰も攻略できない所か、その深さすら把握できていないらしいぜ。全く、恐ろしいたらありゃしない」
スラヴィアとの情報の差異はない、と。
それにしても、三千年もの間攻略できないのは流石に度が過ぎてやしないか。人間ならばその程度、なのか?龍の名を冠する者や引き籠り共が本腰を入れれば攻略は容易だろうし、そいつらは結局興味がないってことになる。
そういえば昔の知人に会っていなかった。同胞に挨拶でもして来ればよかったか。色々片付いたら顔を出してやろう。
「その迷宮はどこにあるのかしら」
「基本的には各国の首都付近ね。王国、帝国、教国、連邦、魔大国。例外として、一つだけそのどれにも当て嵌まらない場所にあるわ」
「どれにも当てはまらない場所?」
「ええ。それは何者にも支配されず、この世界を遥か高みで見守る存在」
世界を遥か高みで見守る存在。
遥か高み、か。まるで天界の様な言い草だな。
「空中宮殿レティシア。その最下層に存在すると言われているわ」
「言われている、とはどういう事?」
「足を踏み入れた者が歴史上ほとんど存在しない上に、そのどれもが数百年前の文献によるものだからだな」
空中宮殿レティシア。ふむ、まあ当然ながら聞いたこともない。
宮殿というと、本当にそのものが浮遊しているのか?全くはっきりしない話である。
「ふーん。その空中宮殿っていうのも曖昧なのね」
「いや、そっちは明確に確認されているはずだ。遥か上空に謎の浮遊物体があるという目撃情報は世界各地にある。加えて、最上級の任務には空中宮殿の調査があるとか無いとか」
「結局曖昧じゃないの」
「雲の上の様な話なもんで。噂程度にしか聞いてないのさ」
じゃあ本当に空の上にその空中宮殿とやらがあるんだろう。大規模な魔術行使によるものなのか、道具を頼っているのかは定かではないが存在しているというのであれば行かなければならない。
最も、世界各地を転々としているのであればそう簡単に赴ける場所ではないだろう。無理をするより、まずは楽なところを回収してしまいたい。
「となると、ここから最も近いのは王国にある迷宮というわけね。それはどこにあるのかしら?」
「本当に何も知らないのね、ノアちゃん。もしかして魔大国の箱入り娘だったり?」
「エルザ、個人の詮索はご法度だろ。深入りしてやんなよ」
「はーい、そのくらいわかってますって。答えたくないなら無視していいわよ」
「まあそういう解釈でいて貰って構わないわ」
実質その言葉通りではある。箱というよりは枷であったが。枷付き娘?語感が不穏過ぎる。
「えっと、それで迷宮の場所だったわね? 王都の北門から出て東に行った所に大きな川が流れているんだけど、
「川の、中?」
迷宮の入り口が川の中に。そもそも迷宮がどんなものかあまりわかっていないのだが、入り口というのだから最低限入れるところだと考えるのが普通じゃあないのか。
では王都の迷宮は川の中から入って一度浮上することで初めて辿り着ける、と。
確かに生身の人間には少々骨が折れる案件ではあるかもしれない。
「迷宮はなぜか、中の難易度に応じて入口までも辿り着くのが難しくなっているのよね。ここは六大迷宮の中でも簡単な方らしいけど」
「なるほど。……川の中程度ならなんの問題もない、か。有難う、助かったわ。」
「……今何か聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするけど、まあいいわ。魔族だもの、人間と一緒にしちゃいけないわよね」
「王都の北門から出て東の川の中、ね。よし、貴方たちも頑張って」
場所さえ分かればあとは行くだけ。待ってて私の欠片。一日もあれば多分大丈夫。
王都に向かって駆けだそうとした途端、サージェス・オーグルドに肩を掴まれる。
「ちょ、ちょっと待てって嬢ちゃん! 今から行くって正気か! 六大迷宮だぞ!?」
「正気も正気よ。それが目的だもの」
「~~っ! ……じゃあ百歩譲って行くのは良い。だが嬢ちゃん、資格は持ってんのか?」
「資格?」
初耳だ。資格とはなんだ。迷宮に入る制限が存在するのか?
「六大迷宮なんだ、最低でも冒険者ランクA。それか学園卒業時に第十席。後は滅多にはないが、ギルド長や学園長の推薦。これらに該当しない限りは迷宮の入り口で止められるだろうよ。他のとこも制限は違えど似たようなものだ」
ふむ、困った。場所さえ分かればすぐに、と思ったがそう簡単にはいかないようだ。
無理に突破しても良いんだが、それを繰り返して人間達に追われでもしたらたまったものじゃない。
大層厳重に守られている事だろう、魔力探知すら行われているかもしれない。機器を壊して忍び込む?騒ぎになる事間違いなしだ。
「うーむ……。まあいい、参考になったわ。礼を言う」
「危険と承知で大森林の中までついてきたんだ、礼なんていらねえよ」
「貸しを作るのは好きではなくて。一つだけ、任務の助けになるかもしれない情報を教えてあげるわ」
噂によれば、それは大きな音や影ということ。であれば、遠くで蠢くアレに間違いはないだろう。
ここまでただただ付いてきただけ、などと格好悪いことはしたくないのだ。
「この方向に進めば、目的の正体が掴めると思うわ」
進行方向より若干右を指さしては魔術の行使。うっすらと光の道筋を表す、というもの。
どこか呆然とした様子の三人に微笑みかけ、一言呟く。
「私は勘が良いの。じゃあ頑張って生きてね、人間」
風のように言葉だけを置き去りにしては、瞬く間にその場から消える。忠告も、具体的な内容も一切無いままに。
さて、王都だったか。頬を凪ぐ風を感じながら考える。
推薦を取り付けなければ迷宮に入ることも面倒なのだ。一々冒険者やら学園だかに入るのも時間の無駄ではある。
よし、まずはギルド長の元へと向かおう。ダメ元でも申し出てみれば意外と何とかなるかもしれない。
森を駆ける。駆ける。駆ける。
気が付けば、目前には王都の正門がそびえ立っていた。
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