第三話 忠義
「お前はーーーー嗚呼、七欲の」
私の姿を見た直後、身体を硬直させそのまま跪き
「はい、私は七欲が一人。傲慢として生を受けたスラヴィアと申します」
三千年前、私は封印される直前に自身の魔力を根源とした七人の存在を生み出した。その内の一人であることは間違いない。スラヴィアの一時も乱れることの無い態度と様相。言葉の端々から敬意が感じられる。生みの親であるが故か、それとも一個人としての感情か、またはその両方か。どちらにせよやってることに違いはない。
「一先ず、そうだな。長きに渡る努め、ご苦労だった。これからもよろしく頼む」
感じられる魔力から、魔大国が滅んでいる様子は見られない。僅かながらその体系が変化しているのは仕方がない、時代の変遷に対応してきた結果だろう。以前より発展している事は間違いない。
封印される直前、人間達から魔族と呼ばれている者達を任せられる存在を生み出したことは正解だったようだ。意図を汲み、これまで上手くやってくれたらしい。
「…………お褒めに預かり、光栄の極みにございます。より一層、精進させていただきます」
声を震わせながら一言。今にも泣きだしてしまうほどに感極まった様子で述べる姿に、どこか懐かしさを感じた。
手を振りスラヴィアに立つように示せば大きく伸びを一つ。
三千年。よくよく考えれば恐ろしく長い時間だ。
私から生み出された彼らならまだしも、一般の魔族と呼ばれる……しつこいな、魔族と呼ぼう。一般の魔族や、他種族では到底考えも及ばないほど遥か昔の出来事だろう。
幾多の生物が生まれ、死に絶え、新たに|生命(いのち)が芽吹く。幾星霜の果てに三千年の時間が流れる。それは当然、現代の生命には何ら関係のない話だと笑えるほど、遠い。
この間眠っていたーーーー否、封印されていた私にとっては一瞬の出来事ではあった。
それもそのはず、封印されている間は意識が全く無いのだ。意識がない時に幾ら時が流れようとも、違いはない。一瞬も数年も数億年も同じことだ。
しかし実際に三千年を過ごした者にとっては途方もない時間であっただろう。目の前のスラヴィアがその内の一人だ。
「三千年か、長かっただろう」
「いえ、そんなことは。魔王様が眠りについてからは、魔大国の管理を全うすることを我が使命とし粉骨砕身の覚悟で徹しておりました故」
「はは、真面目な奴だ。よい、崩せ」
「畏まりました。最も、最低限の形だけは維持させて頂きます」
「構わん。忠義とは身に伴った意思が全てだ。好きなようにすると良い」
生み出した直後に封印されてしまったため、個人個人と話す機会はなかった。そうか、これが傲慢か。受けた力とは程遠い性格の持ち主であると。最も、性格と権能に関係性は全く無いのだが。
同様に私もだ。別に魔王と呼ばれているからと言ってそれらしい言葉遣いを、態度を取る必要はない。そもそも魔王なんてものは存在しないし、私は一魔族に過ぎないのだ。
ただ、そう。ほんの少し、皆より幾分か大きな力を持っていただけだ。
それが転じて魔王と呼ばれるようになった。人間たちで言う「勇者」とは全くの別物である。
あれは神から啓示を受けた場合、聖剣を扱うことができた場合、または異世界から呼び寄せた場合など多岐にわたるが、明確に「勇者」と称される理由が存在する。言うなれば一種の職業だ。ただそう呼ばれているだけの私とは大違いだ。
過去に戦った者達は確かに、「勇者」と呼ばれるだけの力はあったのだ。
「目覚めてからこうして話をしているが、ぶっちゃけ私とお前は初対面と言っても過言ではないな」
「私としては恋焦がれすぎてそのような気は致しませんが、確かにその通りです」
「私はお前の、お前たちの力を知らん。いや、お前たちであった者の力は知っているのだが、こうして私が生み出した後は実力を知る由もなく意識が消滅してしまったからな。それどころか今の世界の事についても、知ってることなど何もない」
そう、知らない。この今の世界について知ってることなど何もないのだ。
存在する種族は。大陸は。国は。
戦闘体系は。クラスは。術は。
まずはこれらを確かめなければならない。必要なのは情報だ。見聞を広めねば、一応でも魔王などと称される者としての示しがつかない。
「であれば、知りたいと思うのが当然ではないか?」
「おっしゃる通りで」
「手始めに今知れることは……世界の情勢……は、後々自分で調べるとしよう。ふむ。お前たちの力、というところか? 他の者達はどうしている」
「もう間もなく来る頃かと」
機を窺っていた様に玉座の間の扉が開く。一切の物音を立てずに開けた扉の先には4つの存在が確認できる。
示し合わせたと思う程に揃った足取りで階段の下まで歩み寄れば、先ほどのスラヴィア同様跪き頭を垂らした。
口を開かないが、これは私の言葉を待っているのだろうか。
「楽にして構わん」
「はっ!」
寸分のずれもなく返事をする彼らは徐に立ち上がりこちらを見据えた。その眼差しはさっきも、見た。全く同じ忠臣の輝きだ。
ふわり、宙を舞うように軽く飛び跳ねては音もなく着地。背丈の高い彼らを見上げる形にはなるが、同じ目線まで下りその輝きを見つめ返す。一人一人、時間をかけて。
「長きに渡る努め、ご苦労だった。これからもよろしく頼む」
一字一句違わず、スラヴィアへと向けたものと全く同じ言葉。怠慢、ではなく皆が平等だという証だ。
深々と頭を下げる姿に、正しい忠義を感じては思わず口元が緩んでしまう。生まれてから現在まで、ろくに私の存在を身近に感じたことはないはずだが、これ程までとは。やはり生みの親、というのは特別な存在なのだろうか。
「さて、魔王とその配下の格式ばった挨拶はそこまでにして。お前たちのことを教えて貰いたい。それと残りの二人についてもだ」
「畏まりました」
目覚めたばかりの私に対して、ちょっとした自己紹介と現状についての説明が行われた。
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