魔王と呼ばれる者
コツコツと、5人分の足音が荘厳な廊下へと響き渡る。
向かうは城の兵士達や一般の衛兵、冒険者たちが集い、日々研鑽を積んでいる修練場だ。城下に位置しているが、専用の修練場というわけではなく一般に開放されており誰でも利用することができるらしい。
七欲の魔力を用いて作られた厳重な結界が張られているため、壁や地面はそう簡単に壊れることはなく、万が一破壊してしまった場合でも数秒で元通りになる修復機能も付いているという。魔術、武術、総合演習と、三棟に分かれておりそれぞれ適した場所での訓練を行うことが可能になっている。
「つまりは身分や強さ関係なく、全員が平等に施設の利用ができるというわけか」
「その通りです。当初は階級や魔力の大きさ、力の強さで傲慢に振舞う輩が多くのさばっていましたが、少しずつ手を加え現在の形へと変わっていきました。1000年ほど前からでしょうか、時間がかかったものです」
「んなもん最初から力でねじ伏せればもっと早く解決できてたんじゃねえの? ちまちまとまどろっこしい事する必要あったのかよ」
「何度も説明したでしょう。わだかまりを無くすために暴力による統治をしては根本的な解決にならないと。それにグラトリア、魔王様の前ですよ。粗雑な口調をもう少し直したらどうですか? 目に余ります」
「魔王様が良いって言ってんだからてめえが気にすることじゃあねえだろスラヴィア」
この粗雑な口調だと窘められた男は、七欲が一人。暴食のグラトリア。
はち切れんばかりの筋肉に見上げる程の巨漢。天を衝く
「あら? あらあらあら? うふふ、魔王ちゃんが見てるわよ」
彼らを嘲笑うように響く、脳内が蕩けるほど魅惑的な甘い声は私の背後から聞こえてくる。
魔王ちゃん、など
色欲のラスティア。陽の光に反射する薄い金髪は、わずかに弧を描きながら腰元まで伸びている。普段の態度で構わない、と言った途端目にも止まらぬ速さで身を寄せてきた。それ以降ずっとこの調子で肩へと手をのせて笑みを浮かべて歩いている。歩きにくくないのか、それ。
「私は気にしない、好きにして良い」
勝ち誇った表情を浮かべるグラトリアと、今回は引き下がる、と言わんばかりに肩を竦め首を振るスラヴィア。それをニコニコと聖母のような笑みで見守るラスティア。さまになってる三者の関係は多分、長い年月変わらないものなのだろう。妙に居心地がよく感じるのもそのせいか。
「それで、スラヴィア。続きを」
「失礼いたしました。既にお察しの通り、この魔大国は最低限の身分の上下は存在するも力の優劣に左右されない平等な国となっております」
魔大国は他国との抗争が殆どなく、食料やその他物品に関しても全て自分たちでまかなえている。そのため他国と関わらずいざこざが発生することもないため安心して生活することができるという。
当初は傲慢い振る舞い思い上がっていた者たちも、長い間生きているとそれも無駄なことだと悟り平等の名のもとに過ごしている。
活気もよく、人口も多い。
美味い飯を食べながら日々を過ごす。
催し物も多く毎日に彩りが加わる。
子供は自身の力の使い方を学ぶため学園で日々精進し、成長した者達は国に関わったり旅に出たり、はたまた他国で過ごしたり。
そんな当たり前のことを当たり前に行える国がここ魔大国。戦いが多く存在した三千年前とは天と地ほどの差がある。
「良い国を、作り上げた」
「それも魔王様が居てこそ、です」
魔王の名の元に。封印はいつか必ず解かれると誰もが信じていたという。
人間と比べ遥かに寿命が長い魔族。大きな力を持っている者はそれこそ、三千年前からずっと生きている。不老長寿とは正にこのことだ。
しかし全員が全員、ここまで長生きするという事でもない。
数百年で死に逝く者も当然多数存在する。
そんな中で私の封印が解かれる事を信じられるとは、中々に酔狂な連中だ。生き証人が確かに存在するのも原因の一つかもしれない。
「…………まおう様、ついた」
思考に耽っている、いつの間にか目的地に着いた様だ。
大変有意義な移動時間になったのではないか。まだまだ知らない事ばかりだが、そこはおいおい聞くとしよう。
ちらりと後ろを振り向けば、気怠そうに浮いている女性が。
怠惰のスローディア。
先ほどの声は彼女によるものだ。
声からも目からも覇気、というものが全く感じられない。
大きく柔らかそうな抱き枕を抱えながら、ふよふよと宙に浮いている。足跡が一人分少なかったのもそのためだ。
ラスティア曰く、歩くのがめんどくさい、とのこと。ものぐさここに極まれり。
さて、着いたのは第三修練場。いわゆる総合的な訓練のために作られた場所である。
広大な空間には多数の魔族が存在する。魔術の打ち合いや武術の競い合い。休んでる者を除いて一様に、個人の訓練ではなく複数人での戦闘訓練をしている。異様な熱気に包まれているのもそのためか。
入口に立つ私達に気が付いたのだろう、一人の男が会釈をしようとし、固まる。
周囲の者も釣られてこちらを見るも、口を開けて呆然とした様子で固まる。
驚愕の波は徐々に広がり、打ち合いの音も爆発音も一切聞こえない静謐な空間へと早変わりした。
事情を呑み込めていない者は急な変化に戸惑いを隠せず辺りを見回している。
その大半の視線は全て私の元へと注がれていた。
国の守護者とも言える七欲の者が一堂に会しているにも関わらず。
嗚呼、そうか。本当に待たせてしまっていたのだな。
彼らの感情は手に取る様にわかる。その表情が全てを物語っていた。
この国の頂点に立っている七欲の名を持つものが集まり、一人の人物を中心に動いている。
となれば、もう。それは何物にも代えがたい確固たる証拠で。
誰もが待ち望んだ、彼女の復活。
ちらり、スラヴィアへと軽く視線を向ければ満面の笑みで頷きが返される。
ラスティアの抱擁から解放され、一歩前へ歩み出ては訓練場を見回す。最初に七欲の彼らに行った時と、同じように。
凛とした声が、場内へと響き渡った。
「私はノア・エストラヴァーナ。お前達が魔王と称し敬い続けた者だ」
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