二番目の選択
@ns_ky_20151225
二番目の選択
私は待機所で身を整えていた。もうすぐ始まる。今度こそ一番に選択してみせる。
「どうした、黙って。お前らしくもない」
「今度こそ一番を取ってみせる。選ぶのも一番目だ」
「奴がいるのに?」
そいつは離れた所で一人身繕いをしていた。誰も話しかけない。次の創造主に一番近い存在に皆が遠慮している。
私は奴の白い翼を見た。悔しいが、美しい事は認めなければならない。そして、その翼こそ、この『生命のレース』で奴にトップを与え続けているのだ。
だが、私だってやってみせる。奴が関わらないレースならトップを取った事もある。
私はレースのルールを反芻した。単純極まりない。生命の見込みのある星まで飛ぶ。到達順に生物を選択する。しばらく待って、選んだ生物が母星の重力を振り切るところまで進歩したら勝ち。
そうして勝ち点をある程度以上貯め、『審判』に認められれば賞が与えられる。創造主の資格。次の宇宙を好きに作れるのだ。
ただし、干渉してはならない。これは絶対のルールだ。
「ちょっとくらいいいだろ。わかりゃしないさ」
私の考えを読んだのか、さっきの者がそう言った。
「『審判』を舐めちゃいけない。この待機所だって、いつの間にか見なくなった顔は少なくないだろ」
ルールを破る話は不愉快だ。心の盾を掲げた。そいつは気まずそうに離れていった。
また奴を見た。翼を広げて唇で微調整している。私はここでは二番目だ。奴がいるから。速さが違いすぎる。常に一番に到達し、最も有望な生物を選ぶのが奴だ。あの白い翼がもたらす圧倒的な速さが勝ち続ける理由なのだ。
「そう思うかね」
心の盾をかいくぐって話しかけてきた。私は驚いたが、弱みを見せまいと平気なふうをよそおって答えた。
「思う。お前の取り柄はその翼だ。速さだけに全てを注ぎ込んでるんだ。一番に選ぶために」
「そんなふうに思われてたとはな。なら、次のレース、君が先に行くか?」
「何を言う。『審判』に見つかったらただじゃ済まない」
「はは、そりゃそうだ。僕だって『審判』は怖い。やはりレースはフェアに行こう。つまり、僕が勝つ」
「ふん、スピード狂め」
「狂、とは穏やかじゃないな。なんとか証明したいな。僕の勝ちの理由は速さだけじゃないって」
「何がある?」
「注意深さ、観察眼、判断力。つまりは総合的な頭の良ささ」
私は笑った。
「その小鳥のような小さい頭に何が詰まってるって?」
言い過ぎたかなと思ったが、奴は微笑しただけだった。
私と奴に呼び出しがかかった。待機所から宇宙空間に出て翼を広げる。『審判』の合図を待つ間、空間を流れる力を読んだ。今度こそ勝ってみせる。流れを利用するのは私のほうがうまいはずだ。
合図の重力波が伝わってきた。二人とも翼を全開にして飛び出した。
流れに乗った私が前に出る。目標惑星にロックし、翼端を僅かにひねった。だが、調子が良かったのは序盤だけだった。
馬鹿にはしたが、奴の白い翼が目の端をかすめた時、半分諦めていた。やはり速い。流れを利用する小手先の技など通用しなかった。奴はずっと前に出て、私の観測範囲から出ようとしている。
その時だった。信じられないことが起きた。
奴が間違いを犯すとは。翼端を巨大重力場に捕らわれ、ひねってしまったようだった。宇宙の闇に白い翼の破片が飛び散った。
その間違いを一瞬喜んだ自分を嫌悪し、すぐに話しかけた。
「救助が必要か」
「申し出には感謝するが不要。当方は正常。レースを続行する」
私はまた前に出た。奴を後ろに置くなど想像もしなかった。そして、観測範囲外に置き去りにするなんて事があるとは考えもしなかった。
ふと、待機所での言葉が思い出され、まさか、と思ったが、その考えは振り払った。
目の前に目標惑星が表れた。主星から数えて三番目。水気が多い。天然の塩水。生命をたっぷり含んだ濃いスープだ。
そこに一番に到達した。遅れて奴がやってきた。
「大丈夫か」
欠けた翼端を見て声をかけた。
「何でもない」
そう言いながら翼をかばって不安そうにあたりを見回している。
「じゃ、私が先に選ぶぞ」
私は星を観察した。最も発達し、多数を占め、器用で頭のいい生物。幸い、すぐに目星はついた。
「あいつだ。あの鱗のある連中を選ぶ。昼の世界を支配してるし、多数派だし、何より器用で頭のいい種が含まれてる」
奴は微笑していた。
「では僕はあれだ」
私はそれを見て、勝負を投げたのかと思った。二番になってやけになったのだろう。
その生物は毛だらけで、みじめなほど小さく、どの種も夜の世界でおびえながら暮らしていた。見ているうちに私の選んだ鱗生物がそいつを捕まえて食ってしまった。
「どういうつもりだ? 真面目に勝負しろ。後で、やる気がなかったんだ、なんて言い訳はなしだぞ」
「僕は真面目だ。君が言ったように速さだけじゃないって証明してやる。君はここについてから惑星しか見ていなかっただろう? 僕はこの系の周囲もよく観察した。で、あいつを選んだ。すぐに分かる。このレースも僕の勝ちだ。二番目に選択したって勝てるんだよ」
私は奴の顔を見た。また微笑していた。
了
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