千宮寺兄弟の確執

奏 舞音

千宮寺兄弟の確執

 ――二人のうち、私立光来学園を主席で卒業した者に千宮寺せんぐうじ家を継がせる。


 古来より、魔術師を輩出し、様々な方面で財を成す歴史ある千宮寺家は、魔術が腐敗しつつある現代においても、その力をつないでいた。

 そうして現在、千宮寺家は跡目争いの渦中にあった。

 千宮寺家本家には、双子の兄弟がいる。

 兄の名は、宗次そうじ。冷静沈着で寡黙、何事もそつなくこなす優等生である。

 弟の名は、斗真とうま。明るく人懐こい性格だが、完璧すぎる兄が苦手で、劣等感を抱いている。


 普段は互いに関わり合わないようにしているこの兄弟の関係が、父であり当主である浩一郎の一言によって、大きく変わろうとしていた。





 由緒ある家柄のみが入学を許される私立光来学園の、歴史ある建造物の裏で、いじけた顔をしている男子生徒が一人。

「ったく、無理だろ。あの兄貴に勝つなんてよぉ」

 その手には、今期の定期試験の順位表がくしゃりと握られていた。

 一位、千宮寺宗次。

 二位、千宮寺斗真。

 先月行われた陸上競技大会の成績も、兄が一位だった。あらゆる成績のトップ2にはいつも千宮寺兄弟の名が刻まれるが、斗真は完璧すぎる兄に勝ったことがない。

「いつも、いつも二番手は俺だ……」

 どれだけ努力を重ねても、涼しい顔で兄は一位の座に座っている。

 卒業までの期限はあと一年。

 一度でいいから、兄を抜いて自分が一番になりたい。

 負け続けている斗真は、何かいい案はないかと思考を巡らせる。

「そうだ、魔術の上では俺が上だってことを、兄貴にもみせてやろうじゃないか」

 ほんの悪戯心だ。斗真はカバンから神とペンを取り出し、魔法陣を描いていく。


『千宮寺宗次に、“二番になる呪い”を』


 斗真が唱えると、紙に描かれた魔法陣が光り、一瞬で炎が上がって灰となる。

「兄貴がこの呪いに気づかずに二番になれば俺の勝ちだ」

 千宮寺家の者ならば、魔術の腕も重要なのだ。

 こんな子供だましのような呪いを感知できずに、千宮寺家当主にはなれないだろう。

 斗真は自分を正当化して、拳を握った。

 



「おい、斗真! お前すごいじゃないか! やっとお兄さんを抜いて一位だな!」

「あぁ、ありがとう。今回は、けっこう頑張ったからな」

 友人の康介からの激励に、斗真はぎこちない笑みを返す。まさか、本当に一位がとれるとは思っていなかった。

 掲示板に張り出された期末試験の順位を見て、斗真が一番驚いた。いつもと順位が入れ替わっていたのだ。

(兄貴は、俺の呪いに気づかなかったのか……?)

 不思議に思っていると、周囲がざわついた。

 人だかりの視線の先には、兄の宗次がいた。


「……兄貴」

「斗真、今回はよく頑張ったみたいだな。これからも、しっかり励めよ」

「あ、あぁ。兄貴に言われなくても」

「次も期待している」

 双子で、年齢だって同じだというのに、容姿も纏う空気も全然違う。容姿に関しては二卵性双生児だからだろうが、暮らしてきた日々は重なっているはずなのに、この違いはなんなのだろう。

 表情を変えずに、斗真を励ましたその本心はどこにあるのだろうか。

 そこに悔しい、という感情がまったく見えず、戸惑う。斗真が固執していた“一位”を、宗次は簡単に手放せるというのか。

 念願の一位を取ったというのに、斗真の心にあるのは喜びでも達成感でもなく、罪悪感だった。



 それから次々と、斗真は一位を取り、宗次は二位だった。

 千宮寺兄弟の逆転劇だ、と生徒の間ではひそかに話題になっていた。


「……どうしてだ。呪いは解いたはずなのに」


 罪悪感に耐えられず、斗真は“二番目になる呪い”を解いたはずだった。

 しかし、いまだに斗真が一位の座にいる。

 実力だ、と自信満々に言いきれないのは、一度卑怯にも呪いをかけてしまった過去があるからである。


 悶々としていたある日。

 斗真が職員室の前を通っていると、聞き覚えのある声がして、視線を向けた。

「千宮寺、どういうことだ? あと半年で卒業だぞ。なんで辞めるなんて馬鹿なことを言いだすんだ」

「申し訳ありません。でも、これは、ずっと決めていたことなので」

 宗次が淡々と、学年主任の先生に頭を下げている。その光景を見て、斗真は思わず駆け出していた。

「先生! ちょっと兄貴の様子が変なので今日はこれで家に帰ります!」

 ぐいっと宗次の腕を引き、斗真は職員室を出て、無人の教室をみつけて入った。



「おい! 辞めるってどういうことなんだよ!?」

「そのままの意味だ。僕は自主退学する」

「それって……跡目争いからも引くってことか? どうして急に」

「急なことではない。はじめから決めていたことだ。斗真が一位を取るようになったら、この学園からも、千宮寺家からも身を引くということは」

 宗次から無表情のままに語られる内容は、斗真には理解できない。それに、斗真は宗次に対して負い目がある。

「……俺が、実力では一位をとれない奴だとしてもか?」

 絞り出すような声で斗真が問うと、宗次は頷いた。

「斗真が僕に呪いをかけていたことは知っている。知っていて、あえて何もしなかった」

 宗次の言葉に、斗真ははっと目を見開く。

 やはり、この兄が幼稚な呪いに気づかないはずがなかったのだ。だったら、尚更、訳が分からない。

 眉間にしわを寄せる斗真を見て、宗次が自嘲気味に笑った。

「僕は、斗真の本当の兄ではないんだ。分家筋から能力を見込まれて養子にもらわれた子だ」

「なん、だよそれ……」

「跡取りである斗真のライバルとして、僕は必要とされた。斗真が僕に勝とうと努力し、能力を高めていくことを、ご当主様は望まれていたんだ。常に斗真よりも上に立ち、競争心を煽り、高みへと導くが僕の役目だった。だから、本当は跡目争いなんてものは存在しない。初めから、斗真が千宮寺家の次期当主だったんだよ。斗真は呪いをちゃんと解いていたし、実力で僕に勝てるようになった。もう、僕の役目は終わりだ」

 今まで、兄だと思ってきた宗次は兄ではなく、ただ斗真が競い合う相手として千宮寺家に養子として入った子ども。

 その役目だけが宗次が千宮寺家でいられる条件だったのだとすれば、どれだけ苦しい日々だっただろう。

 一位を取り続けなければ、それだけの能力がなければ、千宮寺家から追い出されるかもしれない。

 どれだけのプレッシャーが宗次にかかっていただろうか。

 そんなことも知らずに、斗真は宗次のことを何でも完璧にこなすいけすかない奴だと思っていた。

 その完璧を保つために、どんな思いをしているのかも知らずに……。


「勝手に終わらせるなよ! 親父も、最低だ。何で、こんなことができるんだ。兄貴も、兄貴だ。どうして黙って受け入れるんだよ……俺に、どうして何も話してくれなかったんだ!」

 分かっている。斗真自身、宗次を避けていたし、役目を担っている宗次は斗真と親しくなることは難しかったことぐらい。それでも、自分だけが何も知らずに、自分だけが劣等感を抱えて卑屈になっていたことが、馬鹿々々しくて嫌になる。

 もっと、兄である斗真に自分から近づいていれば、何か違ったのだろうか。

 いや、今からでも遅くはないはずだ。

「学園を辞めるのは俺が許さない。兄貴は、これからも俺の兄貴だし、これからも俺の目標でライバルだ」

「斗真は、優しいな。でも、もういいんだ」

「良くねぇよっ! 俺が次期当主っていうなら、俺の補佐は兄貴しかいない。俺は兄貴に勝てないと思って呪いなんて卑怯なことをする奴だ。当主としてふさわしくあれるように、兄貴が側で俺を導いてくれないか?」

 こうして、宗次とちゃんと向き合って真っすぐ気持ちを伝えたのは初めてだ。緊張するし、気恥ずかしい思いもある。

 しかしそれ以上に、これから宗次が側にいないことを想像すると、胸にぽっかりと穴があいたような心地になるのだ。

 今まで、ライバルとして、追いかけてばかりいた宗次。

 近づけば分かる。ちゃんと見れば分かる。

 完璧で、何事もそつなくこなしていた訳じゃない。プレッシャーに押しつぶされそうな不安と常に戦い、必死に積み上げてきた姿なのだと。


「なぁ、兄貴。俺たち、これから兄弟をちゃんと始めよう」


 斗真は、宗次に向かって手を差し出す。

 その手をじっと見つめ、ほんの少し呆れたような溜息を吐きながら。宗次がその手を取った。

「そんな口説き文句を言われたら、かっこよく立ち去ることもできないな」

「当たり前だ。兄貴にだけかっこつけさせるかよ」

 そうして二人は握手を交わし、笑い合った。




 半年後。

 光来学園の主席卒業者は、同率で二名いた。

 千宮寺宗次と千宮寺斗真の千宮寺兄弟である。


 卒業後、それぞれ別々の大学に進んだが、兄弟仲は良好で、十年後に千宮寺家を継いだ斗真を支えていたのは宗次だとか。

 

 


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千宮寺兄弟の確執 奏 舞音 @kanade_maine

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