ダンジョン・オブ・ぼっち

初柴シュリ

1.日常の中の非日常

 



『このダンジョンはお一人様用です。二名以上でのご利用はご遠慮下さい』


「……なんだこれ」


  ある日、俺の部屋にダンジョンが出来た。





 ◆◇◆





  四月。それは桜が舞い散り、人々は出会いと別れ、そして花粉症に涙を流す季節。花の男子高校生である俺、佐藤太郎さとうたろうは、わざわざ外に出る事もなく自室の素晴らしさというものを満喫していた。


  高校一年生から二年生への切り替わりという、誰もが憂いを抱かない幸せな時期。幸いにして花粉症という地獄の辛さを味わう事の無い俺は、春の陽気を存分に味わう為、窓を全開にして胸一杯になるまで深呼吸する。だが、部屋に異変が起こったのはそんな時だった。


  春風に煽られ、パタパタとはためくカーテン。その端に引っかかったのか、部屋に平積みされている本の山が崩れる。過去の自分の無精さを若干呪いつつ、折角だから本棚へとしまっておこうと渋々スマホを置き、整理に取り掛かる。


「うわ、この本まだ読んでなかったわ……ま、今度でいいか」


  本屋のブックカバーが掛かったままの本に文句を言いつつ、目に付いた本をある程度巻数ごとに揃えていく。無精といいつつ、掃除とはやってみれば案外止まらないもの。そのうち興が乗り始めて本棚の本を掻き出し、本のサイズまで揃え始める。


  まあここまでなら良くある休日の光景だ。だが、本格的に異常が起こるのはここからである。


「……ん?」


  自分の本棚は背が空いているタイプなのだが、一段目の本を全て取り除くとどこか違和感を感じた。何がおかしいのか暫し考え、そして気付く。


「……あれ、なんで真っ黒なんだ?」


  部屋の壁紙は白。対して本棚の奥は黒。上手く配置してあればモノトーン調のお洒落な部屋になるのだろうが、生憎そこまでの美的センスと意識は俺に存在しない。というか配置した覚えもない。


  壁紙でないのならば何かの汚れだろうか? そう思って手を伸ばしてみるも、なぜかそこにあるべき壁の硬質な感触はなく、ただ空を切るのみ。流石に何かおかしいと思い、思い切って本棚ごと横にズラす。


  やっとの思いで退かすと、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「……何、これ」


  人一人が通れる程度にぽっかりと口を開いた大穴。そして壁の向こうは外に出る筈だというのに、どこまでも続いていそうな空間。男子高校生の部屋に鎮座するには、あまりに異様過ぎる光景だった。


「いやいやいや、マジで何なんだこれ。え、異世界への入口? 入った瞬間旅立ちが始まるの? 使い魔としてピンク髪のツンデレ少女に召喚されたりしちゃうの?」


  とりあえず、こうも暗くては調査もままならない。見るだけ見るだけ、と冒険を試みそうになる自分に言い訳しながら、スマホを手にして懐中電灯のアプリを立ち上げる。


  照らしてみると通路自体は意外と広い事が分かった。そして、すぐ目に入ったのがど真ん中に道を遮るようにして刺さっている一本の看板。


  何か書いてあるようだが良く見えない。目を皿のようにして凝視しながら、なんとか見えるギリギリの距離まで身体を乗り出す。


『このダンジョンはお一人様用です。二名以上でのご利用はご遠慮下さい』


「……なんだこれ、ってのわっ!?」


  読み終わった瞬間、俺の体は何かに押され思い切りその場に倒れこんでしまう。咄嗟に庇ったため頭を打ち付けずには済んだが、床は石畳で出来ている為そこそこ痛い。


  一体何が、と振り返ってみるとあるべき安らぎの我が部屋は無く、入口だった場所には石壁が立ちはだかるのみ。閉じ込められた、と判断するまでそう時間は掛からなかった。


「嘘だろおい……しかもこれ、ダンジョンって……」





 ◆◇◆





  ダンジョン。それは五年ほど前から世界各地に出現し始めた謎の建造物である。


  小さいものはそこらの民家ほどから、大きいものはスカイツリーまで。実に多種多様で摩訶不思議なそれらは、在来の建造物を押しのけてまで出現した。


  一夜にして現れたそれらに世界中は大パニック。各地のインフラも要所要所が破壊され、暫くは世界中の国々で混乱が収まらなかったという。中には暴動が起こる国もあり、それを鎮圧する為に軍隊が派遣されたというニュースも流れていた。


  しかし、混乱が一段落ついてインフラも整備し直された時、人々はようやくその建造物に目を向け始めた。一体これは何の目的で、何の為に現れたのか。そして入口こそあるが、中には何が入っているのか。


  当然様々な流言飛語が飛び交う。やれアメリカの陰謀だ、時の政権の仕業だ、神の賜った奇跡だ……。中には建造物を御神体とした新興宗教まで現れたというのだから驚きだ。


  国がこれを見逃すはずも無く、各地で軍隊が建造物の中に足を踏み入れる。だがその中に広がっていたのは、現代としてはあり得ない様々なファンタジー生物。そして侵入者を拒むような、まさに迷宮としか言えないような構造。極め付けには──地球には存在し得ない、魔法とでもいうべき不可思議な道具の数々。


  様々な資源が確保できると分かると、各国はこぞってこの迷宮──ダンジョンを攻略し始めた。幸いにして巣食う怪物達にも銃器はある程度の力を発揮するようで、その内迷宮を踏破する部隊もいくつか現れる様になる。そうしてたどり着いた先に存在したのは、より強力なアイテム。


  そうして得られた魔法の道具類の中には失われた部位の再生や、当時の医学では治療困難と言われる病を癒す薬なども有り、また怪物たちの落とす魔石と呼ばれる鉱石は燃料や肥料など万能ともいえる無数の使い道が研究により発見されたことで、よりダンジョンの有用性が目に見えるようになった。


  そして最も人々を沸かせたのが、ダンジョンへと入って怪物達を倒した際に得られる──経験値。有り体に言ってしまえば、システムだ。


  まるでRPGの如く、敵を倒せば倒すほど上がっていくレベル。これを得た者は人知を超えた力、そして魔法と言う他ない不可思議な力を扱える様になる。まさに人々が夢見たお伽話の世界であった。


  この事実が国家から発表された時、当然人々は喜びを露わにした。そして、各地に存在する管理しきれていないダンジョンへと立ち入り、力を得ようとする先走った者達も絶えなかった。


  だが、相手は人ならざる生物。鋭い牙や毒液、そして剛力を備えた相手に、バットや自作のガス銃程度で武装したお調子者程度が敵う筈もない。牙や爪を代償に知恵という武器を人は手に入れたというのに、それすらも捨ててしまってはどうするというのか。


  こうした事件が多発した結果、政府は少しでも死傷者を減らそうと各ダンジョンを管理し、立ち入れる人間を制限すると決定。この『異界建造物特別法案』は異例の速さで可決され、すぐさま施行される事になった。


  結果、ダンジョンを捜索する職業『冒険者』は国家のライセンスが必要とされるようになり、名前以上に堅実、そして命の危険を除けば安定した職業として、人々の憧れの的となった。ここまでがダンジョン出現から一年後の出来事である。


  ダンジョンは一度踏破されると基本的に消失するが、一際大きいものは消えずに残る。不思議なことに、例え踏破されても再び資源がどこからか出現するのだ。安定を求める冒険者は、こういったダンジョンに繰り返し入り、少額ながらも命の危険を冒すことなく日銭を得ている。


  だが、中には文字通りの冒険者も存在し、そういった人々は未だ踏破されずに残っている巨大なダンジョンへと挑む。日本で有名なのは『武蔵ダンジョン』。東京スカイツリーと肩を並べ、天へとそびえ立つ超巨大なダンジョンだ。


  こうしたダンジョンの性質として、先へ進めば進むほど手強い怪物が出現する傾向にある。当然レベルが上がっていなければ進むことはできない上、最後のフロアにはそれ以上の敵が出現すると分かっているのだ。こうなれば諦めて撤退する他ない。故に、九年経った今でも武蔵ダンジョンは未踏破である。





 ◆◇◆





  電波は繋がるのか、スマホの画面に映るウィキでダンジョンについて調べる。だが、肝心の欲しい情報はどこにも書いていない。ため息をついてスマホをしまう。


「やっぱ天下のGooogle様でも、『ダンジョン 一人 逃げ方』なんてのは無いか……」


  背後の入口が閉まった際、通路に松明が灯された為そこまで暗くは無い。真っ暗闇では無いことだけは救いだったが、今の俺にとってその事実は本当に気休めにしかならなかった。


「……いやマジでこれどうすんだよ。マジで俺スマホしか持ってないぞ? 助けは呼びたいけど、なぜかこっちから電話とかメッセージは送れないみたいだし……」


  インターネットは繋がるというのに、電話やメールは出来ないというこの矛盾。どうやらこちらからコンタクトを取る行為一切が行えないらしく、掲示板に現状を書き込み憂さ晴らしすることも出来なかった。


  退路は無し。救出も無し。いや、厳密に言えば放っておけば家族が異変に気づくかもしれないが、それが果たしていつになる事か。部屋の壁が塞がれた今、この場所が気づかれない事もありうる。


  ならば、残された道は一つ。


「──前、か。」


  果てなく続きそうな暗闇を見据え、俺は勇気の一歩を踏み出した。


  ……一歩あたりが普段の半歩程度なのはご愛嬌という事で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る