いちであること

真白 悟

第1話

 いつだって僕たちは一番を目指して来た。

 誰にだって、そんな経験はあるだろう。学校でも、社会に出ても一番であることが必要だ。


『二番目じゃだめなんですか?』


 どこかの誰かが、そんなことを言ったらしい。

 特に社会において、一番であると言うことが、どれだけの利点を産むのかをわかっていない。だからこそ、そんな言葉が口から出るのだ。

 必ずしもナンバーワンである必要はないが、とにかくオンリーワンを目指す必要がある。


 ――特にこの社会では。


「一人で何を呟いているの?」


 僕の中二病的独り言に、一人の男が入り込んでくる。勇者だ。

 自他共に、町一番の人気者だろう。

 そんな、彼と僕は幼馴染だった。


「うるさい。話しかけるな……」


「邪険に扱わなくてもいいじゃないか、幼馴染なんだし……それに同じパーティの仲間だろう?」


 僕は彼の幼馴染で仲間でしかない。戦闘の総合点だって、彼に次いで二番目だ。オンリーワンな能力だって一つもない。

 そのため、ついたあだ名が『二番目の勇者』『勇者の模造品』だ。

 それは非常にショッキングな出来事だった。


「僕は、君の劣化版で、中途半端な人間だ」


「そんなことは……ないだろう? 君がいなければ僕のパーティは成り立たない。君が背中を守ってくれるから、大切なものを守れるんだ」


 彼はいつも優しい。

 だから僕は彼のことが許せない。顔も良ければ、強くて、それに性格がよい。これじゃあ、僕なんかはとなりに並ぶどころか、同じパーティにいることだって惨めだ。


 くだらない考えだなんてことはわかっている。


 だからこそ、一番になる努力はしたし、いまだって続けている。

 努力は身を結ぶ。そんなことは現実世界ではそうそう起こりえない。一番になることは、努力だけではどうにもならないからだ。


――だったら、二番の気持ちはどうなる?


 報われない。

 どれだけ運に恵まれようと、それ以上の運を持って努力するものにはまず勝てない。

 彼もまた努力家だ。

 僕が努力したところで、勝てっこない。そんなことは初めから分かっていた。

 彼を真似ることなんて、する意味がなかった。


「二人とも仲がよろしいですね?」


 パーティメンバーのもう一人、僧侶が僕達を見つけ茶々をいれる。


「幼馴染だからね」


 勇者は、動揺することもなく言い切った。

 当たり前だ。一番目は二番目をライバル視などしない。

 今の言葉だって、余裕があるからこそ言える言葉だ。

 僕のことなんて幼馴染としか思っていない。

 結局、二番目はどれだけ努力しても、一番にならなければ誰からも賞賛などされない。


――気持ちで負けているからだ。


 余裕があれば、出来ることはもっとあったに違いない。


「そうだよ。僕達はただの幼馴染さ」


 僕は負け惜しみを口にした。


「そんな言い方はないだろう? 君と僕はこの国で一二を争う……」


 彼はそこまで言って言葉を詰まらせた。自分が言葉にしようとしたことが、どのような意味かということに気づいたのだろう。

 自分が一番であるということ、それを自分の口から言うことになる。


「勇者は一番だからね」


「魔法使いさんも十分強いですよ」


 僕の皮肉に対して、僧侶が言った。

 だが、筋力ではもちろん、魔法使いとしても勇者に劣る僕が比較になるはずもない。

 それは、僧侶に対しても思うことだ。

 勇者は魔法は使えても、回復魔法は使えない。つまり、このパーティにおいて僧侶はオンリーワンだ。


 なにのり僧侶は、勇者と釣り合いが取れるぐらいの美女だ。それでいて頭脳明晰、攻撃面では僕より劣るものの、事実上、回復魔法では一番だろう。

 つまり、このパーティにおいて、僕は勇者の代替品で僧侶の盾にもなれない役立たずというわけだ。

 勇者と僧侶はお似合いで、僕はお邪魔虫。


 何もオンリーワンを持たず、ナンバーワンになることもできない。


 それと同時に、僕は勇者にとってのナンバーワンにもなれない。

 幼馴染という役柄を与えられながら、勇者と切磋琢磨しながら、勇者の真似事をして、二番目となった。

 勇者にとっても二番目というわけだ。


「そういえば……僧侶、ちょっと話がある。悪いけど魔法使い、またあとでな」


 勇者と僧侶、二人が遠ざかっていく姿を見て、二番目の僕に何が出来るだろう。いや、何もできない。


「結局一人か……」


 このまま消え去ってしまいたい。本気ではないが、心はそれを望んでいるようだ。

 魔王を倒した今、僕は何をして生きていけばいいのか……勇者と僧侶、その二人が幸せに暮らすのを祝えばいいのだろうか?


 所詮は二人の腰巾着だ。


 誰も僕のことなんて気にしないだろう。


 童話に出てくる魔女のように、人里離れたところで、薬を作る人生なんて悪くないな。

 思えば、どうしてこんなにネガティブなことばかりが頭に浮かぶのだろう。

 それをどうにか思い出してみた。


 魔王を倒して、この街まで戻る間、僧侶と勇者が二人でこそこそしていた。

 それが幾たびか繰り返されれば、鈍感な奴でも気がつくだろう。


――二人は付き合っていると。


「僕は勇者に選ばれなかった。力も魔力も勇者に少し劣るからだ……」


 時代が違えば勇者は自分だったかもしれない。だけど、それじゃあ意味はない。

 幼馴染である勇者にとっての、一番になりたかった。ただそれだけのこと、とても簡単だ。


「だけど、勇者が選んだのは……僧侶。僕は彼にとっての一番親しい女友達」


 つまるところ勇者にとっての二番目だ。

 二番じゃ意味なんてない。

 たとえ、勇者との付き合いが一番長いとしても、選ばれなければなんの意味さえなかった。


 それに気づいた時はすでに遅い。


 一番以外は誰も選ばない。

 世界は、そういう風にできているのだから。




「――魔法使いさん、まだここにいたんですか? 勇者さん心配してましたよ。勇者さんの家でパーティをする約束だったんでしょ?」


 突然の僧侶の声に目を覚ます。

 時間はかなり経ってしまった。みんなには悪いことしたな……でもこんな顔は誰にも見せられない。

 僧侶にも見せられない。

 全てはハッピーエンドじゃなければならないからだ。

 私が泣いていたら、ハッピーエンドの条件は満たされない。


 私は顔を下に向けたまま、「ごめん」と一言だけ告げた。


「どうされたんですか? 体調が悪いんですか?」


 僧侶は優しく声をかけてくれる。

 思えばいつだってそうだった。彼女は私のことを常に気にかけてくれた。いい友達だと、いつも思っている。

 だからこそ、今の顔は見せられない。

 早くこの場を去ってもらいたい。


「はあはあ……こん、な、ところに、いたのか? また心配させて……早くいこうよ」


 息も絶え絶えの勇者がやってきたらしい。この声は間違いない。


「それが体調が悪いみたいで……」


 僧侶が私の代わりに勇者に話す。


「大丈夫なのか? だから、様子が少し変だったんだね……どうして言わなかったの? いやまあいいか、それより、こんなところじゃダメだ。きちんとしたところで横にならなきゃ」


 勇者が優しく僕の手を掴む。

 だけど今は顔をあげられない、あげたら涙が溢れ出しそうだ。


「ごめん。一人にして」


 声は震えていたかもしれない。

 感情を抑えてようやく吐き出せた言葉だ。


「……わかりました。行きましょう勇者さん」


 僧侶は私を気遣って、言葉だけはそう言った。

 優しい僧侶のことだ。近くで見守ってくれるつもりなのだろう。


「……どうして泣いてるの?」


 勇者は予想外の一言を口にした。

 僧侶は意外そうな顔をしている


「泣いてないっ!」


 私は事実がばれて、それを隠そうとするあまり、かすれた声で強めに言った。

 もう隠すことはできないだろう。


「私は外で待っています。勇者さん……魔法使いさんをよろしくお願いします……」


 そう言って僧侶はこの場を離れた。

 僧侶の声も震えていた。

 友として、僕にかける言葉はないと察したのだろう。その優しさが、反対に僕を傷つける。


「すまない」


 勇者は、僧侶に一言だけ言うと僕の横に座る。


「顔を上げて……」


 勇者が諭すように優しく呟いた。

 僕も覚悟を決めて、涙で濡れた顔を上げた。


「これで満足?」


「いや、そうでもないかな……僕の一番好きな人には笑っていてほしい。世界で二番目に幸せにしたいから、もちろん一番は僕だけどね」


 初めて、二番目が好きになれた気がした。



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