寺町マーケットストリートわかればなし

モルマル

第1話 劇場

「辞めさせてもらうわ!!」

僕は階段を駆け下りて店を出た。

黒いエプロンのいかにも出来そうな女性と、僕はすれ違った。



第1章 解散



 沢山の女性が劇場の裏口を取り囲むように集まっている。

彼女らは、自分の推し芸人がこの裏口から出てくるのを今か今かと待っている、出待ち女子。

 その光景は俺や人員整理の警備員にとっては日常的だが、京都にくる観光客には非日常。


 出待ち女子を遠くから眺める観光客。それを眺める警備員。それを眺める犬。を、なだめる俺。


 彼女らを尻目に俺は正面入り口の自動ドアから入っていく。誰よりも堂々と。

 

 今日のエレベーターの待ち時間は長め。

 いつものように俺はエレベーターをあがる。


 行き着くフロアは沢山の若手が集まり、身支度を整える所。楽屋。

俺はそこに入るところ。が、その前にトイレに立ち寄るのが俺のルーティン。

『それが大事』なところ。


 ここ最近、思うこと。

 楽屋とソデ以外で誰かに会ってしまうこと。

 それが、とてつもなくうざいこと。


 そこで俺が実施している暇つぶし。

 用もないのに大の個室に直行。そこでヘッドフォンから流れる音楽を舌鼓したつづみ。誰も知らない R&Rバンドから、曰く付きのラッパーまで。トイレの個室で傷だらけの iphoneを握りつぶす。


 個室に引きこもる理由はそれだけではない。

運が良ければ、ふらっと小便をしに来た芸人同士の愚痴がもれなく耳に入ってくる。

イヤホンの停止ボタンをサッと押し、奴らの垂れ流す情報にそっと聞き耳を立てる。


 「ふーん」と思う表話から「マジで!?」と、思わず 大→小便器への不自然な流れを承知で、結末を突き止めたくなる裏話まで。

「今回のお題は80点」などと、まるで審査員の気になった後、奴らの跡をつけるように個室を出るのが僕のクズルーティンである。



 用を足したあと、楽屋に入ると若手の後輩芸人らは順番に挨拶を始める。先輩面に挨拶を返すが、ダレも俺と目を合わすやつなんかいないらしい。


 俺がダレにも知られてない中堅芸人だということを、ここにいるやつ皆んなが知っている。


 人気も給料もほぼ無いに等しい、芸歴だけ長くなった、尊敬もされなくなったオトコの存在なんてこの場所ではこんなものだ。


 ————————————————————



 「辞めさせてもらうわ!ありがとうございましたー」

相方の言葉を合図に、自分達では選曲など出来ないBGMが流れる。


(ほんまは、あの曲ならもっとバシッ!と決まるんやけどなー。)


 月一回の定期公演の漫才を終え、俺と相方は舞台袖に引っ込んだ。


相方 「どやったやろ?今日のは」

俺 「客が重いなー。あそこは普通みんな笑うで。あとは、俺らの前の奴からの流れもようなかったなー」

相方 「もうちょい最初の入りはいりでお客さんがグッとくるやつ、なんか挟んだほうが良かったんやろか?」

俺 「関係ない、関係ないて。あの客やったらどれやったかて一緒。今日の客やったらM-1チャンピオンでも、くすぶらせるくらいがええとこやで」



《どこ見てんのよ!》

《いやええかなー思て》

《おい、ええかなちゃうがな!ええかなーてなんやねん!》


 さっきまで俺らの漫才を見ていた、重たい観客からの笑い声が舞台袖まで届いた。

先ほど、目も合わさず挨拶されたM-1チャンピオンでもない後輩の漫才が劇場を大いにくすぶらせていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る