第2話 予選

「M-1 二回戦参加者の方はこちらですよー!」

 日曜の朝。

 十月の熱い朝。

 警備員の声がこだまする、非日常の劇場前。


 通い慣れた劇場の日常も、この日の予選参加者の心情は平等に非日常へと変わる。

 いや、本当は毎回ここへ来る時はこれくらいの感情でなければならないのか。


 M-1参加と言えば格好は良いかもしれないが、やっていることは大学受験の面接と大して変わらない。

 指定された時間に集まり、与えられた番号で定められた時間内で漫才を披露する。

その結果は審査員の独断と偏見に委ねられ、合格の判を押されれば、次の審査へと駒を進める。

 このやり取りを五回繰り返せば、晴れて皆さんご存じのゴールデンタイムのそれとなる。


 年に一度の大イベントも回を重ねるごとに参加者が増え続け、ついに6000組を超えたらしい。

 6000組のほとんどが二人ないし三人のコンビやトリオ。約12000もの人が、みな同じ工程をこなしていく。


 あの名物司会者なら "人間コインランドリー" とでも命名しそうなイベントだ。



「M-1 二回戦参加者の方はこちらですよー!」

 いつもより心なしか、しっかりした顔の警備員を横目に正面玄関から入っていく。

 威風堂々とは、ほど遠い萎縮。


 エレベーターが上がり扉が開いた途端、熱気と必死の渦が逃げ場を求めて俺の全身を取り巻いた。

 透明の渦の先には本日集まった参加者がところ狭しと列をなし、白い壁に顔を向けてネタ合わせを行なっている。


 通路の両端に沿って綺麗に並んだ参加者たち。鴨川のカップルもびっくりの等間隔。ツッコミの、言葉の語尾、出だしのテンションなどを出番ギリギリまで確認する作業。


 容量オーバーのやる気が溢れ出た背中。その熱量とは逆相関する小声でやり取りする姿。ここでしか見れない景色のアーチをくぐり、相方がいるであろう楽屋に向かう。



 漫才への情熱はある。もちろん。

 ただ、誰かが名付けた人間コインランドリーというイベントも回を重ねるごとに綺麗になるどころか、焦りと不安の泡は大きくなり、13年も続ければ綺麗に "着こなす" ことが目標だった気持ちも忘れて、ただの "こなす" だけのルーティン化してしまっているのは事実です。



 相方と俺も、カップルの等間隔を不規則に乱すのを承知で奇妙な景色に参加した。

相槌の、語尾を疑問形にするか言い切るか、終わりのテンション。出番ギリギリまで確認する作業。



 一時間半ほど経過し、500mlの水ペットボトルを飲み切った頃、係員の野太い声で俺たちの確認作業は強制終了となった。


「800から850番の人はこちらに来て下さーい!」

 823番。それが俺らのだ。


 

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