フクロウと母 前日譚

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

ドベから二番目の男

「僕な、西川にしかわって言うねん。西川 福朗よしろう。こんな字やねん。変わってるやろ?」


 カバンからメモを出し、福朗はスラスラと自分の名前を書く。

 目が大きく、「よしろう」というより「フクロウ」といった感じの男だった。

 

 グイグイくるのだが、愛嬌がある。一定の距離を保ち、プレッシャーを与えない。

 

武田たけだ 美鳥みどりです」 

「へえ、美鳥みどりちゃんって言うんか。可愛らしいな」


 いきなり下の名前で呼ばれた。

 

 正直、福朗は美鳥のタイプではない。もっとアウトドアの似合うような男がよかったのに。


 コンパでは、彼だけが話しかけてくれた。その気持ちだけはありがたい。

 所詮、気遣い程度だとしても。

 

 美鳥には、本命は別にいた。

 営業部の伊東いとう

 でも、彼はライバルが多い。一人で女子を三人も囲っていた。


 自分はルックスに自信がない。

 一人で落ち込み、一人で拗ねた。

 氷の入ったお茶が、やけにぬるく感じる。


「何食べる?」

 福朗がテーブルからメニューを取って、美鳥に見えやすいように開く。

 唐突に聞かれても困る。美鳥は酒が飲めない。なので、居酒屋の料理なんてどれが美味しいのか。それも、ちょっとお高めの店だ。

「西川さんが選んでください」

 選択放棄。西川に決定権を譲る。

  

「ほな、どうないしようかな。よっしゃ、困ったときは二番目」

 西川は、手羽先を頼んだ。

「なんです、それ?」

  

「僕な、困ったときは二番目に好きなのん選ぶねん」


 テーブルに並んだ手羽先を、西川はうまそうに頬張る。

 ハイボールと一緒に手羽先を楽しむ西川を見て、彼は本当に楽しそうに飲むなぁと、美鳥は感心した。


「おいしいで、食べ食べ」

 西川に催促され、美鳥も手羽先を味わう。


 実に香ばしい。スパイスも程よく効いて辛味も抑えられている。でも、手が汚れてしまうのが難点だ。


 二番目を選ぶ、という言葉がずっと気にかかっていた。

 西川はひょっとすると、超モテモテなのではないだろうか。

 容姿はお世辞にもいいとはいえない。

 でも、それが擬態だとしたら。

 

「どうせ、ウチなんてキープでしょ? 気を使わなくてええですよ」

 酒が回って、思わず本音が出た。何をムキになっているんだ。頭では冷静なのに、口は勝手に動く。


 伊東に囲まれている娘たち以外にも、フリーの女の子は沢山いる。

 自分など、適当に騙して酔わせて好きにすればいいのだ。

 彼に言われたら、苦手な酒だって飲んでやろうかと思った。


「何を言うねんな。僕は美鳥ちゃんと話したかってんから」

「またまた。そない言うて」

「ホンマやって! そのフクロウさんに誓うわ僕!」

「ああ、これですか?」


 美鳥は、フクロウのペンダントを握りしめる。


 自分と同じ、あまり可愛くないデザインだ。

 それが愛らしくて。自分が買ってあげないと、この子はずっとひとりぼっちなんだろう。

 気がつけば、財布のヒモを緩めていた。

 

「きっと、そのフクロウ、幸せなんとちゃうかな?」

「え?」

「だって、買ってくれたんやろ? 嬉しいって」

「買うた動機、ただの憐れみですよ?」

「ええやん憐れみでも。出会えたんやから。どないするかは、そっからやん?」


 美鳥は、自分の考えを恥じた。


 彼は、西川は本当にいい人だ。

 本心から、美鳥と出会えてよかったと思っている。


 美鳥の思い過ごしかも知れない。それでも、西川となら。

 


「おっ、ドベの西川がオンナ口説いてるぞ!」


 

 信じられない言葉が、テーブルの向こうから飛んできた。


 声のした方を睨む。

 


「こいつな、大学でもドベで、女に声かけたことないねん」

 

 

 不愉快な台詞を吐いたのは、伊東だった。


 他の女たちも笑っている。

 美鳥も生涯非モテの陰キャだと。


「ええやんけ、ドベ同士仲良くなれてなぁ」


 美鳥は、スポーツ漫然とした伊東のイメージが瓦解した。


 腹立つ。


 伊東が。

 伊東の意見を否定しない周りの奴らも。

 

 何より、言われっぱなしでも言い返さない西川に、美鳥は腹が立った。


「生」

 と、美鳥は店員につぶやく。

 生ビールはすぐに出てきた。

 

 美鳥は、失礼なことを言った伊東に、生ビールをぶっかけた。


 ビール攻撃を受けた伊東が倒れ込む。


「なんやねんお前!」

 床の上で仰向けになった伊東がわめく。



「ドベはお前じゃ!」


 

 床の上で寝そべる生ゴミを相手に、美鳥は吐き捨てた。


「ドベはドベらしく、地べた這いつくばっとけや!」

 

 美鳥は、福朗と腕を組んで席を立つ。

 

「ウチは、ドベから二番目でいい。せやないか。二番目の人がいい」


 

            ◇ * ◇ * ◇ * ◇


「へえ、ロマンチックやねぇ」

「せやろ?」


 あれから、美鳥にも紆余曲折があった。

 ケンカをしたこともある。

 フクロウどころか苦労も多い。


 だが、つばさを授かってよかったと思う。


 立派に成長し、つばさは巣立ったのだ。


「あ、お父ちゃん帰ってきたわ。代わるわな」


 美鳥は、福朗に受話器を渡す。 

 

(完)

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