2番目の人生も悪くない

@sakuranohana

第1話 2番目の人生も悪くない

私は、何故かいつも2番目に欲しいものしか手に入らない。


物心がつく前からそうだった。

幼稚園の劇では、王子様をやりたかったが、じゃんけんで負けて、たった一言しかセリフのない、村人Aをやるはめになった。


高校受験、大学受験も、第一志望には合格できず、第二希望の学校へ通った。


就職先も、第一志望の会社からは、内定を貰えず、第二希望の会社へ就職した。



妻には口が裂けても言えないが、付き合うことが叶わなかったマドンナこそが、人生で一番好きになった女性だ。


この秘密は、墓場まで持っていくつもりだ。


そんな私は、現在、ようやく入居できた第二希望の老人ホームで余生を送っている。


日常の細々とした事柄にも、第二希望の法則が適用されるようだ。

そう言えば、昨日のおやつも、第一希望のおはぎは品切れで貰えず、第二希望の豆大福だった。


しかし、思い返すと、第二希望ばかりの人生も、悪くなかったと思う。


高校も大学も、通ってみると、第一希望よりも学生へのフォローが手厚く、良い学舎だった。

気の合う友人もたくさんでき、楽しかった。


第一希望だった会社は、私が社会人になってから二十年後、法違反で自主廃業、解散となった。


他方、私が第二希望で入った会社は、順調に業績を伸ばし、安定していた。

結局私は、新卒入社から定年まで、実に40年以上勤め上げた。

社内の人間関係もすこぶる良好で、親子ほど年の離れた部下に誘われ、ゴルフや飲みにもよく行ったし、最終的には部長職にまでなった。


平々凡々な自分にしては、よくここまで上り詰めたと思う。



妻は、控えめで、良妻賢母を絵にかいたような、優しい女だった。


毎日、誰よりも朝早く起き、誰よりも遅くまで起きて家事をこなし、献身的に私達家族をサポートしてくれた。


妻は、最期に、

「あなたと結婚して幸せだったわ。ありがとう」

という言葉を残して、旅立った。

私も妻と同じ思いだ。


我が人生、順風満帆じゃないか。


そこまで思い耽ったところで、誰かが、私の名前を一生懸命呼ぶ声が聞こえてきた。


「唐沢さん、唐沢さん」


思わず瞑っていた目を開けると、そこには、やけに高級そうなスーツに身を包んだ、線の細い河童が立っていた。


「あー、やっと起きた。天国へいらっしゃい。よく来たね」

飄々とした様子で、河童が私にさらりと言った。


「は?天国?」

私は、状況がよく飲み込めず、思わず河童に聞き返した。


「そう。あんたさっき老衰で亡くなったの。だから、今、あんたは天国にいるわけ」

河童は、尻をボリボリとかきむしりながら面倒臭そうに言った。


「え?私が死んだ?」

予想もしなかった回答に、頭がフリーズする。


「そう。だからさ、亡くなる直前、走馬灯を見たでしょう?

第二希望ばっかりの人生だったけれど、幸せだったなーって」

河童は淡々と続ける。


「あー。あれは走馬灯だったんだ。どうりでクライマックスは感極まったわけだ」

河童の言葉が府に落ち、私は膝をポンと打った。


「そうそう。みんなそう言うね。それでね、亡くなったばかりのところで申し訳ないんだけど。あんた、もう生まれ変わる順番回ってきたんだわ」

河童は、最新機種と思われる軽量のタブレットを軽やかにタッチしながら、さらりと私に宣告した。


「生まれ変わるって?私が?」

事態が良く飲み込めない。


「そう、今、下界も人手不足でね。好景気だから。

それでね、あんた、生まれ変わりたい生き物、今から言う3つの生き物の中から選んで」

河童は、こちらの顔を見ることなく、タブレットとにらめっこをしながら言った。


「え、自分でなりたい生き物を選べるんですか?」


拍子抜けして、思わず聞き返した。


「うん。早い者順だけれどね。黒蟻、スズメバチ、大富豪の家で飼われている金魚、どれがいい?」



「正直どれも微妙だなぁ。他にもっと良いの無いんですか」


私は、即座に河童に不平を漏らした。



「無いよ。さ、早く決めて。早い者順だから」

河童はあくまでもビジネスライクだ。


「えー、それじゃ、大富豪の家の金魚にします」

私は、大富豪で飼われている金魚を選ぶことにした。


理由は、一生食べる物に困らなそうだから。


「金魚ね。分かった」

そう言うと、河童は、タブレットに素早く、

キンギョ、と打ち込んだ。


その瞬間、河童のタブレットが、ビービー!と警告音を発した。


予想外に大きな音に驚かされたため、私は少し苛立った声で、河童に詰め寄った。


「心臓が止まるかと思いましたよ。

何ですか、その音は」


「あんた、もう心臓は止まっているから。

心配しなくても大丈夫。

あのね、残念なお知らせ。

金魚は、他の死者にとられちゃった。

だから、早く決めなってアドバイスしたのに」


河童は表情一つ変えることなく、また一つ、私に淡々と冷酷な宣告をした。


「えーそんな!それじゃ、もう、黒蟻で良いです!」

やけくそになって、私は黒蟻を選んだ。

理由は特に無い。


「黒蟻ね。

あ、こっちはまだ空いていたみたい。無事、登録できたよ。

それじゃ、これからあんたは黒蟻として生まれ変わるんだ。頑張って」


河童は、タブレットへの入力を終えると、片手を振って、私に笑顔を見せた。


次の瞬間、私の体は光の渦に包まれた。

身体が熱くなり、意識がどんどん遠退いてゆく。


――何だ、あの河童、良い笑顔で笑えるんじゃないか。しかし、これから蟻として生きるのか。金持ちの家で飼われている金魚が良かったな――


ぼんやりとそんなことを考えたところで、私の思考はプツリときれた。




――――


真夏の太陽がジリジリと地面を照りつける中。

うだるような暑さだ。

私は、とある、広いお屋敷の庭を歩いている。


「あそこに落ちたぞ!」

大声に答えるように、地面を這いつくばっていた仲間達が一斉に頭を持ち上げる。


そして頭上から降り注ぐ、人間の子供の口から零れ落ちたクッキーの食べかすに、必死でしがみついていく。




この、自分達の身体よりも大きな食料を、皆で力を合わせて、これから巣へと運ぶのだ。



突然、人間味の子供が泣き出した。

奴が地団太を踏んで暴れているせいで、身体が踏み潰されそうになる。

本当に迷惑な人間だ。


子供の声を聞きつけ、母親らしき人間が地響きを鳴らしながら、こちらに向かって走ってきた。


「どうしたの、はじめちゃん。

突然そんなに大きな声で泣き出して」

母親が心配そうに、子供に声をかける。


「あのね、ママ。おうちの中に野良猫が入って行ったの。そしたらその猫が、水槽の金魚を咥えて出ていってしまったの。

金魚が可哀想」



そう言うと、子供が、また、うわーと大きな声で泣き出した。


なぜだかわからないが、私の頭には、こんな言葉が浮かんだ。


「2番目の人生も悪くない」

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