妃の関係

 窓際を眺める女は、ほうっと物憂げにため息をついた。さっきからずっとこの調子だ。


「大事ないといいがのぅ」


話し方は平民のそれではなくて、異常なほどに整った目鼻もどこか威厳を感じさせる。


「いかがなさりました、妃様」


冷たく突き放すように言う侍女は、お前なんか世話したくないという雰囲気が溢れ出ている。


「……大したことではない」


もう妃としか呼ばれなくなったな、とユスノアはもう一度ため息をついた。

ユスノアはエナルとカナルの実の母親だった。ただ、身分の高くない貴族だったのを、夫である王に見初められただけに、周りのあたりは強い。双子を産んだ時だって、落ちこぼれ貴族が図々しく宮に入った呪いだと散々だった。


「湯に浸かってくるかの」


もう日暮れだ。羽織っていても肌寒いようなガウンをかきこんで、ユスノアは湯殿へ向かった。




 湯殿には先客がいた。

真紅の長い髪を垂らす、年を取っているようで少女のような女。第一妃だった。


「私はこれで」


こんな時、ユスノアに付いている侍女はさっさと立ち去ってしまう。

自分だって第一妃に付きたいのにと悔しいのか、はたまた実家から身分の高い相手にいじめられろと願っているのか。


「お主も良いぞ。妃同士で話がしたい」


「なにかあったらお呼び下さいませ、カリナ様」


第一妃・カリナは自分の侍女のそのひと言さえ煩わしそうに手を振ると、侍女はパタパタと駆けて去ってしまった。


「全く自由がなくて敵わないよねー」


ユスノアは思わずため息をついた。

さっきまでのどこか憂いを帯びた瞳はどこへやら、ニッカニカと笑ってカリナは言う。


「……本当、役者ね」


「いいのいいの! それより双子ちゃんは大丈夫かなー?」


「声くらい潜めてよ」


全くカナルみたいだと、ユスノアは苦笑する。

昔からそうだった。カリナは大きな城に住んでいるくせに、決まって城は抜け出して、森を越えてユスノアの城までやってきて、私と遊びたいと騒ぐのだ。


「そうカリカリしないでさ! 私も自分の子くらい自分で育てればよかったかな、最近は乳母に懐いちゃって、私見ると泣き出すんだよね」


「そんなものでしょう。うちの双子、落ち着いたら文を出すように言ってあるし、あとはカナルが付いているから平気よ」


カリナは意外そうに目を開いた。


「ユスノアってさ、エナルちゃんに委ねないよねー。私から見れば、カナルちゃんの方が頼りにならないのに」


「あら、そうでもないのよ? カナルの方がなんでもできるから」


カリナは首をひねった。

いつもなにかしら勝っているのはエナルだと知っていたからだ。


「カリナ様、そろそろ旦那様が……」


カリナの侍女が湯殿の扉越しに声をかけた。

どこかユスノアに遠慮しているようで、ユスノアは少し腹を立てた。


「今行く」


キリッとした外用の声を侍女に向けると、今度は私に気の抜けた声をかけた。


「ウチの侍女がごめんね。また今度、会ったら」


カリナはユスノアが腹を立てているのは、自分の侍女が遠慮したからだと分かっていた。可哀想だと思われることを、ユスノアのプライドが許さない。

子供のような無邪気な笑顔のカリナは、すでに瞳に憂いを映している。

こんな時、大人とは嫌なものだと、ユスノアは大人ながらに思うのだった。


「あ。ウチの弟に捕まらないといいね」


申し訳なさそうにカリナは言ったが、ユスノアは微笑んだままだった。

カリナが言う弟とは、旧姓カリナ・リオネスの実の弟、イリナ・リオネスのことだった。


「サリヤ・リオネスが暗殺されたのはいつだった?」


少し声を大きく言うと、扉越しに「五、六年間でございます」と冷たい声が返ってくる。こういう時だけは侍女がいると便利だと、他に大した利点も考えつかない自分にユスノアは薄く笑った。


(イリナが当主になって五年なのか……)


昔から裏でコソコソやっているようだったが、姉が嫁に行って、父が暗殺されて、咎めるものもいないので、最近は目に見えて色々やっている。

第一妃の弟じゃ、王も口は出せなかった。


「サリヤのおじ様は誰に暗殺されたのかしら」


ボソッと呟いてみる。一部ではエル・グランデの盗賊だなんて話も浮いたけれど、結局犯人は分かっていない。

侍女にも届かない呟きは、空の闇に吸い込まれて消えた。

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