情報商売・前編
「どーも、おじさん」
「おお、イヴじゃないか。久しぶりだな」
やっと着いた商家村の隅にティフを置いて、イヴは慌てて声をかけた。
昼間から酒を呑んで、酔っ払っている顔見知りのおじさんはニコニコと手を振ってくれる。
「そんなことより、おばさんいる?」
「なんだ、偉く慌ててるじゃねぇか。いつものとこにいると思うぞ」
「ありがと」
少し物惜しそうなおじさんを置いて、イヴは駆けていった。
「あ、おばさん!」
いつものとこというのは村の正面玄関でもある売り場だった。
基本町で売り歩いているせいか、随分と質素な造りだったが、そこには溢れんばかりの品物が置いてある。
「おや、イヴじゃないか。どうした?」
「ちょっと連れの女の子が倒れちゃったんだけど、助けて」
「それは大変! このミーナおばさんに任せな」
腕まくりをして、胸を張るおばさんはとても頼もしかった。
「今俺が運んでくるから、横になれる場所と着替えとか用意してくれる? お代は後で払うから!」
「はいよ。お代は別にいらないけどね」
イヴは感謝を込めて微笑んで、それから皇女たちの元へ走った。
「ちょっと疲れただけだとは思うよ。明日になっても熱が下がらんかったら、医術師のところに行ってもいいけど」
エナルを連れて行くと、おばさんは身体を拭いて着替えさせてくれた。
さっきまでとは違い、随分と楽そうな寝顔にホッとしながらイヴは言った。
「……医術師だけは絶対に連れて行けない」
「なにか事情があるんだね? 詳しく話しなさい」
最初から話す気でいたイヴはこくんと頷いた。
エナルの方をちらっと見ると、カナルが側でウトウトしている。
「俺の方も買いたい情報があるし、隣の部屋で交渉といこうよ」
「一丁前に育ったじゃないか」
顔を見合わせてニヤッとしながら、二人は部屋を移った。
「んで、買いたい情報は?」
「それは俺の事情を話してからの方が引き出せそうだし、まず俺の方を買ってよ」
嫌な子だと笑いながらも、おばさんは楽しそうだった。ただ相手が誰であろうと仕事は仕事だと、おまけなんてしてくれないのもイヴには分かっている。
「なに関連かね」
「憲兵が買いに来るかもよ」
「銀貨七枚でどうだ?」
イヴはふるふると首を振った。
商売人だから出せる額の下を指して、儲けを狙うのは当然だと知っていたからだった。
「最低でも金貨(銀貨十枚相当)だな」
「強気だね」
「これでも安いと思うよ」
ニコっと笑って見せると、おばさんは笑い声をあげた。
「知ってるよ、お前さんはこっち側を分かってる人間だ。金貨と銀貨五枚で全部吐いてくれよ」
「ちょっとの間お世話になると思うし、それで交渉成立にするよ」
そこまで言うと、イヴは途端に声をひそめて話し出した。
「あの子たちはこの国の皇女だ。双子で、義弟が産まれたから、王が暗殺しようとしてる。途中であったから拾ってきた」
おばさんは驚いたようにイヴを見た。
「お前さん、任務の途中で厄介事拾ったのかね」
「違うよ。俺は主人と色々あって、主人の竜と逃げてきたの」
おばさんの目は驚きで見開かれていたが、今度はぽかんと口を開けた。
「あの主人から逃げてきたのかい? 皇女さん以上にヤバいじゃないか」
イヴの主人は、ベル・スフィアスだけでなくエル・グランデまでの裏を掌握する貴族だった。
だからエル・グランデの孤児だったイヴが拾われたわけだが、監視下が広いので、逃げるのは一苦労だ。
「だからここを頼ったんだよ」
「お前の主人だってここをアテに探すと思わんか」
「俺がいる二、三日だけ隠しておいてくれれば、あとは話していいから」
はあ、とこれ見よがしにおばさんはため息をついた。
それから算盤を出して、なにやら計算している。
「銀貨三枚で置いてやるよ」
「……助かります」
破格だと思った。
普通、どんなに仲が良くても情報を売るのを待ってくれることなんてない。
「その代わりこっちの情報を高く買いなよ」
「ご容赦を」
笑いながら、イヴはなにを買うかを必死に考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます