商家の暖かさ
ミーナおばさまとカナルが呼んだ女性は、ふっくりとした貫禄のある人だった。
「もう歩いても平気かしら?」
「ええ、大丈夫です」
これまで接してきた大人の、どの人にも似つかないおばさまにエナルは少し緊張していた。
幼い頃から知っているわけでもなく、かといって圧をかけるようでも、へり下るわけでもない。
「おや、気を悪くしないでね、皇女様。イヴにも同じようなことを言われたかもしれないけれど、ここの人たちはあなたを皇女としては接しないわよ」
緊張で固くなったエナルは、気分を害したように見られたらしい。エナルは慌てて否定した。
「気を悪くしたわけではないです。ちょっと、緊張してしまって……」
おばさまはふふっと笑った。
「やっぱり女の子は可愛いわねぇ。ウチにはバカ息子しかいないし、たまに物を買いに来るのもイヴみたいな無愛想のばっかだからね」
「イヴは無愛想でしょうか?」
おばさまは顔をしかめて言ったけれど、エナルにはどうしてもイヴが無愛想だとは思えなかった。
カナルも首を傾げる。
「むしろイヴは表情がころころ変わるタイプだと思うんだけどなぁ」
おばさまは驚いたように笑った。
「あの子もお年頃かしらねぇ」
そう言いつつ通された部屋は、とにかく暖かかった。
「お前さんが皇女様かね」
「可愛らしい顔してるんじゃないか」
「綺麗な色の髪してる」
「双子なんて珍しいの」
エナルとカナルに対する声が、ぱっと一気に飛び交った。それでも聞こえる限り、いい感想しかなくて、二人は口を開けたままだった。
「……皇女が双子のことに対して、なにも言わないんですか?」
ようやく利けるようになった口を開いたのはエナルだった。双子なことに、呪いの子なことにもっと言われると思っていた。
「なんね、魂を割いたことを気にしてるんか。そんなんなぁ、迷信だわ。双子が生まれるとおっかさんが大変だっけさ、片方を堕とす口実に言われてるだけだわね」
あんまりスッパリそう言うおじいさんに賛同する野次が飛ぶ。
「なのにちゃんと両方を皇女として育て上げた、おめぇらのおっかさんは立派だわ。お妃さんだっけ、助けは多かったかもしんねぇけど、それでもすげぇわ」
「……母様が褒められるのを聞いたのは、初めてです。なんだか嬉しいです」
宮の中で、母が褒められているのを双子は聞いたことがなかった。
いつも耳にする母の噂は、呪いの子を産んだ悪魔だの、王を呪い殺すだの、根も葉もない怖いものだった。
「そーかい。立派なもんだと思うがな」
「そんな説教よりも、ご飯よ! 冷めちゃうから早く食べちゃいましょう!」
ミーナおばさまがパンっと手を叩く。
それと同時に、みんな拳を掲げた。
「ほら、二人もそんなところ突っ立ってないで、座って。こっちへおいで」
エナルが恐る恐る歩いて行くと、カナルもエナルには続いた。おばさまが指す場所にすとんと座ると、拳を掲げる。
「いただきます!」
驚くほどに揃う声にぞわっとしながら、エナルも声を揃えた。
「ミーナおばさま、イヴはどこに行ったの?」
みんながご飯を食べ始める中、カナルはきょろきょろと問う。
確かにイヴの姿だけが見えなかった。
「ああ、あの子なら竜の面倒を見たりなんなりしてるよ。そのうち帰ってるよ、そういう子だ」
にっこりとおばさまは答える。
「なんだ、イヴが連れてきた割にはイヴを見ねぇじゃねぇか」
「あの子も年頃さ、小っ恥ずかしいんだろ」
「こんな可愛い子ふたり連れてきて、隅におけねぇな」
ゲタゲタ下品に笑うおじさん達も、悪い感じはしなかった。優しいからかい方で、妙に安心する。
「あとでお二人さんに声かけるように言っておくよ。あんな子の心配より先に飯食いな!」
「いただきます」
本当にお腹がペコペコだった。
ひと口じゃ入りきらないような豪快な野菜炒めも、衣の浮いた揚げ物も、宮では到底出てこないものだった。でもどこかほっこりして、エナルたちは夢中で食べた。
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