少年少女の正体は

 「それで? なんでお姫様が憲兵に追われていたの?」


雲海の中を突っ切っていく竜はのびのびと楽しそうに飛んでいる。

少年は柱に寄りかかり、どっかと胡座あぐらをかいて言った。


「まず、だ」


カナルは自分の前で堂々と座り込む少年に怪訝けげんな顔を向けた。

ベル・スフィアスこの国の皇族は表に出ることがない。だからエナルとカナルを皇女だと知るものは本当に少しだ。


「どうして私らが皇女おうじょだと分かった? それにそなたの名をまだ聞いておらん、名乗れ」


エナルはカナルの口調にため息をついた。

そして、


「今は皇女カナルじゃなくて、ただのカナルなんだから。口調はくずそうよ」


と小声で告げた。

カナルはそれを聞いて、ハッとしたように目を見開いた。


「俺はイヴ。二人のことはベル・スフィアスの姫のうわさをちょっと小耳に挟んだことがあって、それで分かった。それと……」


イヴはおどけた様子でかしずいて続けた。


「敬語で話した方がよろしいでしょうか、お姫様?」


今更のように問うイヴに、エナルはクスッと笑った。


「イヴ、助けてくれてありがとう! 私たちは今はただの少女だから、気は使わないでね。それと私はエナル」


「私はカナル」


息ぴったりな二人にイヴも微笑んだ。


「分かった。それより……」


ぐうう……とイヴの腹が鳴った。


「腹、減らない?」


「減った!」


とカナル。


「少しだけ」


とエナル。


「よっしゃ、どこかでこいつ休ませて、昼飯にしよう!」


「それなら、このまま十時の方向に飛ばせて。少し先の森の中に、いい水辺があるわ」


間髪入れずに答えるエナルに、イヴは驚いた。


「この辺知ってるの?」


「いいえ。でもほら能力でちょちょいと」


「能力?」


不思議そうに首をかしげるイヴは、エナルとカナルを交互に見た。

カナルは答えた。


ベル・スフィアスこの国の皇族は能力を持ってるの」


「それ都市伝説じゃないの!?」


「本当の話だよ」


イタズラが成功した子供のようにニヤッとカナルが笑う。エナルも困ったような顔で笑った。

ぐんぐんと進んでいく竜の下に、深い緑が見え始めた。


「その辺かな」


「降りて」


竜はカナルの合図で、エナルが指差す場所に吸い込まれるように下降を始めた。


「俺の言うことなんて全然聞かないのに」


イヴが寂しそうに呟く。


「イヴの言うことを聞かないんじゃなくて、カナルの言うことだから聞くの」


カナルは特別、とエナルは言った。

竜はくるくると円を描きながら、目的の場所まで降りていく。

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