腹ごしらえと小さな常識


 「ごめん、大した食材がなかった」


ひと息つくと、イヴは食事を作ってくれた。

言う通り、随分ずいぶんと質素なものだったが、ホカホカと湯気を立てている。ぽってりとしたそのリゾットは甘辛い匂いに包まれていた。


「食べていい?」


もうすっかり空腹だったカナルは、乗り出し気味にイヴに聞いた。


「いいよ。召し上がれ」


「わーい!」


カナルは木を削って作られたであろう滑らかな椀に手をのばし、そのままかきこんだ。するとまもなく悲鳴をあげる。


「熱い!!」


それを見て、イヴは苦笑いした。

エナルは熱がるカナルをぽかんと眺めている。


「ふーってしながら食べなよ」


「ふー?」


口を尖らせて息を吹く仕草をするイヴに、カナルは首を傾げた。


「なにすっとぼけてんだよ? 息を吹きかけて冷ませって」


それからずっと黙り込んでいるエナルにも声をかけた。


「ほら、エナルもいただきますして?」


椀に向かって軽くこぶしを掲げ、敬意を示すイヴ。


「いただきますってなに?」


いい具合に冷めたリゾットを頬張りつつ、カナルが口を挟む。


「いただきますはいただきますだろ?」


「いったい誰に敬意を示してるの?」


エナルも不思議そうに聞く。

イヴは驚いて、しばらく口が聞けなかった。


「お姫様は飯を食う前、なんて言うの?」


「なにも。みやで食事するときは沈黙が大前提だもの」


エナルはあっけらかんとそう言う。

イヴは顔をしかめた。


「あのね、食べ物に感謝とか敬意を示して、食う前はこうやって……」


イヴはもう一度、拳を掲げる。


「いただきますって言うのがマナーです。分かった?」


「いただ、き、ます……?」


「いただきます!!」


エナルもカナルも拳を掲げ、イヴの真似をした。

なんだか幼い子供にマナーを教えているような、そんな気持ちにイヴは微笑んだ。

エナルがぱくんと一口、リゾットを頬張る。それから叫んだ。


「……温かい!」


「普通温かいでしょ?」


「宮の食事は冷たかったわ」


エナルは宮での食事風景を思い出していた。

長いテーブルの端にカナルと向かい合って、二人で黙々と食べる。毒味が終わって、冷めた飯は寂しかった。


「美味しくなさそう」


「美味しいわよ。国でいちばんのコックが腕をふるっているんですもの」


自分たち平民と皇族の文化の違いに、イヴはとても驚いた。同じ国で、同じ時で、身分が違うだけで、こんなに差が出るのだ。エナルとカナルが少し、可哀想になった。


「でも宮の食事より、イヴが作ってくれたこれの方が美味しい」


カナルが呟いた。


「出来たてだからね!」


事もなげにイヴは答えたが、顔はニヤケが漏れていた。

幼い子供でない限り、なかなかこう素直に褒めてくれる人はいない。何気ないような褒め言葉が嬉しかった。


「食べた! イヴ、ありがと」


「カナル、食後はごちそうさまって言うんだよ」


いただきますも知らなかった皇女が、ごちそうさまを知っているとは思えない。イヴは先回りして、そう言った。


「ごちそうさま!」


「はい、お粗末さま」


なにが楽しいのか、ニヤニヤと笑うカナルが、イヴには実際の年より幼く見えた。

エナルも恐る恐る声をあげた。


「イヴ、私もごちそうさま……?」


「ん、お粗末さまでした」


慣れない言葉に少し照れて、エナルは微笑んだ。

しかしそれもつかの間、すっと真剣な顔でこう言った。


「イヴに、私とカナルから、大事な話があります」

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