二番目に強い魔術師

藤ノ宮コウジ

第1話

 「なんだよ! テメー、その席を俺に譲らない気か?」

 突如、大型四輪馬車(10人乗り)の中に響いた怒鳴り声。

 「で、でも…」

 「あん? まさかセンパイに口答えする気か?」

 オレが座っている2列前で起こった、席の取り合い。といっても元々席に座っていたのは手を負傷しているオレと同じ1年生だ。そこにモヒカン頭の上級生が席を譲れと彼の胸倉を掴んで強要している。

 「ぼ、ぼくは今、手を骨折していて…」

 「だから何だ? 手なら立っていても問題ないだろ?」

 いや、問題だろ。この揺れる馬車で何も掴まずに立っているのは至難の業だ。

 「是が非でも退かないんだな? いいぜ、じゃあ魔術を使ってお前を退かせるからよ!」

 再び鳴り響く怒鳴り声。流石にオレもこのモヒカン野郎に苛立いらだってきた。

 「まさか、俺が魔術を使うんなら自分も魔術で対抗しようと思ってんの? ムリムリ、俺は見て分かる通りセンパイだぜ? 高等部に入ってもう2年経つ。お前みたいな新1年生には勝てない」

 上級生だから必ずしも魔術が上手いという論理は何処どこにも存在しない。

 そもそも何故なぜだれもこいつを止めない? まぁ、自分も見てみぬふりをしているから同罪なんだが。運転手も車輪の騒音がうるさくて車内の状況を確認できていない。

 「いい加減、下級生をいじめるのはやめろよ」

 救世主が現れた。眼鏡をかけたマジメ君というあだ名が相応ふさわしい高等部の生徒だ。不満と言わんばかりにモヒカン野郎はキツネ目で睨め付けた。

 しかし、マジメ君は後ずさりしなかった。

 オレが感心していると、モヒカン野郎は手を振りかざしマジメ君を殴る。

 乗客はおもわず声を上げた。

 さらにモヒカン野郎は腕付近に紫色の魔法陣を展開。どうやら奴は魔術を発動させる気らしい。

 「紫色の魔法陣ということ『力の増強』か。これはマズいな」

 なぜかオレは独り言をもらし、立ち上がろうとする。

 しかし、

 「お前ら、少し黙れよ」

 だれの声だ? 少し立ち上がったオレは辺りを見渡す。だが、さっきのマジメ君のように立っている者はいない。

 「誰だ? この俺に文句言った奴は」

 「聞こえなかったか? 黙れと、言ったんだ」

 その声の主は一番後ろの席で本を読んでいた。その悠々とした態度にいらついたのかモヒカン野郎は近づき魔術を発動させたまま再び手を振りかざし……。

 オレはとっさに目をつむる。

 恐る恐る目を開けると思わず呆気あっけにとられた。読書をしていた少年は殴られていなかったからだ。

 少年の顔の前方に白い魔法陣が展開されている。その魔法陣が奴の拳から防御したのだ。

 まさか、読書しながら!? 魔術が分かる人なら皆、そう思ったはずだ。補足だが白い魔法陣は防御に使う。即ちシールドになるのだ。

 「っ!」

 モヒカン野郎はおもわず手を引っ込める。それと同時に白い魔法陣も消滅。

 「き、貴様ーー!」

 余計に頭に血が上ったらしい。魔法陣を一気に2つ展開させ再びファイティングポーズをとる。

 「うわっ!!」

 モヒカン野郎は床に倒れ込んだ。その周りには複数の魔法陣。そこからは変形魔術によって形を変えた木手が出現した。その木手によって奴は床に押さえつけられる。

 さらに、新たな魔法陣が展開。今度は材質変化魔術。木手は石へと材質を変えた。モヒカン野郎を完全に行動不可能にしたのだ。

 皆、呆気にとられて言葉も出ない。オレも同様に言葉が出てこない。

 「まったく、君は僕に読書もさせてくれないのか?」

 と、言い残し運転手の下へ。どうやら少年が先ほどのことを伝えたらしく、運転手は一旦、馬車を止め驚いた顔で振り向く。気付くの遅すぎだろと、ツッコミたくなる。

 少年は運賃を支払い、馬車を降りた。

 

 あの後、何もトラブルは発生せずに無事に学校にたどり着く。あらかじめ早く、家を出発していたため遅刻はしなかった。


 冒頭から、トラブルの連続で自己紹介が遅れた。

 オレのは今日から目の前にそびえ立つ名門ウィザーズ魔術学校高等部に通う事になった新1年生。名前はヘルメス・アルフレッド。初等部からこの学校に在校しているため俗にいうエスカレーター式で高等部に入学した。ついでにオレの成績はA、実力試験などは常にの座に君臨している。

 魔術師の子どもは皆、基本的に魔術学校に通う事になっている。

 魔術学校の仕組みは、初等部から大学まである。魔術師の家に生まれた以上は初等部と中等部には必ず通わないと行けない。即ち義務教育だ。だが、高等部からは高等教育になり、普通の高校に通う事も出来る。もちろん就職も。

 そして今日は高等部の入学式だ。

 式は無事に終了し、あとは各自の教室に戻りホームルームで自己紹介などが待っている。

 自己紹介に失敗イコール新生活ぼっち確定。そう思うといきなり緊張してきた。まあ、中等部の時もぼっちだったからあまり関係ないけど。

 担任の先生はなかなかの美人だ。パッチリとした目に少し茶色混じりなロングヘアがよく似合っている。

 あとは、それぞれの自己紹介だ。おそらく今日一番の正念場。

 そして遂にオレの出番が来た。

 「オレの名前はヘルメス・アルフレッドです。中等部では常に学年1……、あっ、えっと」

 まずい、勝手に変な事を口走りそうになった。あぶねえー。気を取り直して、

 「と、得意な魔術は水属性の魔術です。よろしくお願いします」

 テンパって自己紹介に失敗。それにクラスメイトは完全スルー。オワッタ…。

 後ろの人の自己紹介が始まると、周囲は騒がしくなる。主に女子達だ。わずかにオレの耳に入ってくる「かっこいい」「イケメン」と言う女子たちは既に彼氏にするため狙ってるのだろうか。そんなにイケメンなのか? そう思いながらオレは後ろを振り返った。

 「こいつは……」

 あの馬車でモヒカン野郎を倒した少年だ。てか、同じ学校だったのか。魔術を操る技術に目を奪われて、制服だったことに気付かなかった。

 「僕の名前はラウ・アームストロング・アース・グランです。長いのでグランと呼んで下さい。1年間よろしくお願いします」

 一言も噛まずにグランの自己紹介が終了する。

 

 「おい、何ずっと見てんだ?」

 「うん?」

 オレは我に返った。どうやらこいつに目を奪われていたらしい。同性であるオレを釘付けにするとはなかなかやるな。たしかにイケメンだ。

 小柄だが鋭い目つきが特徴で鼻筋がはっきりとしている。

 最後の一人が自己紹介を終えた所で10分休みになる。そこでオレはすぐさま後ろの席の住人に話しかけた。

 「ねえ、グランは何処どこの学校出身?」

 「ストレッグ学校中等部だけど。今、読書しているから話しかけないでくれる?」

 「わ、悪い」

 馬車でも思ったけどこいつ口調も態度もなかなか生意気だな。それにオレはこいつに対抗心を燃やしている。

 なぜならこいつの魔術の技術は明らかに中等部で学年1だったオレよりも上回っているからだ。

 「あのさ、今日の午後空いてる? オレと勝負しない? もちろん魔術で」

 「さっきも言ったけど、話しかけないでくれる?」

 「へー、中等部の時、学年だったオレに負けるのが怖いんだ?」

 読書をしていたグランは目線を上げオレを睨んだ。こいつプライドは高いのか? ま、挑発に乗ってくれてありがとう。

 「その挑発に乗ってやろう。時間は13時40分。場所は街の外れにある教会の跡地」

 丁寧に時間も場所も決めてくれたよ。手間が省けた。

 

 オレとグランは13時40分丁度に教会跡地に到着した。

 最初に口を開いたのはグランだった。

 「早速、始めよう。僕は早く帰って読書の続きをしたんだ」

 「分かった、早く終わらせてやる」

 「ふん、僕を挑発し過ぎると痛い目に合うよ」

 そう言いながら、魔術詠唱を開始した。

 「古より伝わりし炎よ、今、この手に聖なるひかりを宿せ!」

 詠唱の内容から火属性か。この勝負いけるぞ。

  グランは赤く輝く魔方陣を展開させ、火の魔術を発動。それはまるで炎をまとった龍の如く。

 オレはとりあえずシールドを発動。

 「うっ!」

 しかし、威力は思った以上に強く、今にもシールドが破壊されそうなぐらいだ。

 さらに、オレの足下にはいつの間にか2つの魔方陣が展開されている。

 「こ、これは、複製魔術!? しかも2つだと!?」

 複製魔術は詠唱を唱えなくても、再び同じ魔術が発動出来る便利な魔術だ。だが、これは上級者にしか扱えない魔術で成功する確率が低い。

 その2つの魔方陣から放たれた炎はオレを直撃した。

 足に火傷を負ったが、

 「我に宿りし水精よ、今、天からその姿を現せ!」

 詠唱を唱え、魔術を発動。

 グランに水の妖精が一斉に水の波動を打ち込む。

 しかし、オレの水の妖精は一瞬にして蒸発。奴はオレの魔術を炎の盾で防御したのだ。

 「なに!」

 「これで終わりだ。黒き獅子、汝の鋭牙えいがは全てを砕き焼き尽くす。さあ紅蓮の炎と共に舞い踊れ!」

 やばい、殺される。

 オレはそう思ったが防御魔術をする余地もなくグランの攻撃をまともに受けてしまった。

 

 オレの目が覚めたのは約1時間後ぐらいだ。遠くで詠唱が聞こえる。

 「〜は聖なる水の加護を与えよ」

 身体は一気に癒さる。

 「誰だ? オレを癒してくれている女神は?」

 オレが目を開けた先には小柄な少年、即ちグランがいたのだ。

 「えっ!? なんでお前が此処ここにいる? オレを治療したしてくれた女神は?」

 「は? それ、僕だと思うけど」

 「ふん、それはあり得ない。お前は戦闘時に火属性魔術しか使ってなかっただろ?」

 「いや、僕は水属性も使えるけど」

 「え?」

 「ま、いいや。取りあえずこの勝負僕の勝ちだからな」

 そう言い残してグランはオレの下を離れた。

 オレは完膚かんぷなきまでに負けた。

 これが今まで1番だったオレが、になった瞬間だった。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二番目に強い魔術師 藤ノ宮コウジ @EtouTakeaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ