河童童子

@togasijun

第1話

 初めまして、あるいはこんにちは。

 これは、末っ子で、育ちが悪く、いつも置いてきぼりをくう、河童の子の話しです。

 よろしければ、お付き合い下さい。

 兄弟の人数が多いと、良くある話しですが、いつも、兄弟たちの一番後ろを、必死になって、追いかけて行くのでした……。

 まあ、そういうのを、見ていられない人も、どこにでもいるもので、ここにも、また、そういう姿を見ていられずに、ついつい、世話をやいてしまう人が降りました。

 江戸時代。

 穏やかな暮らしを送っていた上野の小間物屋のおじいさんでした。

 もちろん、河童は、上野と言えば、言わずと知れた不忍池の河童です。

 すっかり仲良くなった、1人と1匹。いったいどうなりますやら……。

 なぜなら、おじいさんが、引っ越す事になったのです。

 では、2人の様子を、追ってみましょう。




 「お父様!

 また、お菓子を持ち出して、どうしようっていうんです?」

 小間物屋の若女将です。整った顔立ちで、キリッと、お爺さんを言いとがめるあたり、威勢がいいですね。それぞ、江戸っ子と、言ったところでしょうか?

 「お菓子の1つや2つ、いいじゃないか」

 こちらは、おじいさんの実の子の若旦那です。

 「悪い遊びを覚えた訳じゃなし、放っておきなさい。

 聞けば、やせっぽちの子どもに、あげているという話しだし、良いじゃあないか」

 「高価な砂糖を、沢山使うんですよ。安い物じゃないんです!

 ちょいと、あなた、聞いているんですか!

 足を踏み鳴らして、若旦那の後を、若女将が追って、屋敷の奥へ消えて行きました。

 「おい。出ておいで。

 来ているんだろう、坊や」

 庭の椿の木の下に、小さなやせっぽちの子どもが、更に小さくかがんで、隠れていました。

 「あい。旦那様」

 「こっちへおいで。

 腹が減ったろう?」

 「あい」

 子どもが、勢いよく立ち上がったので、椿の花が、ポトリ、ポトリと、落ちてしまいました。

 「ごめんのさい」

 「良いんだよ。気にしなさんな。

 それからねえ、”ごめんのさい” ではなく、”ごめんなさい” だよ。

 お前さんは、本当に、面白いねえ。

 それからねえ、わたしは、旦那様から、ご隠居になったんだよ。

 わかるかい?」

 子どもは、不思議なものでも見るように、ご隠居を見上げました。

 明るい縁側で、いじいさんと小さな子どもは、いつものように、ゆっくりと過ごしていました。

 「兄さんたちは、かけっこも、泳ぎも、とっても早くて上手なんだ。おいらは、いつも、ついて行けない……。

 だから、いつも、いつも、美味しい物を食べはぐってしまうんだ」

 「でも、この前、元気に泳いで、魚を捕っていたじゃないか」

 「そうなんだ。

 このところ、魚が捕れるようになって、ずっと、腹ペコって訳じゃなくなったんだ」

 「偉いねえ、頑張ったなあ。

 これで、安心だよ」

 子どもは、お菓子をほおばりながら、おじいさんを見上げて言いました。

 「どうして?」

 おじいさんは、立ち上がり、子どもを見下ろして言いました。

 「わたしは、遠くへ引っ越す事になったんだよ。だから、ここへ残してゆくお前さんの事が、気がかりでね。

 これで、安心して荷造りができるってもんだ」

 「旦那様、いなくなっちゃうの?」

 「そうだよ。

 魚を捕る事もできるようになったし、人間に化けるのも、なかなか上手になった。

 これで、心配いらないねえ」

 「旦那様は、おいらが人の子じゃないって、知っていたの?」

 「ははは……。

 人間の子どもの手に、水かきは、ないよ。

 ここは、不忍池まで、歩いてすぐそこだ。お前さんは、河童の子じゃろう?」

 「あ。

 こりゃあ、失敗だ。

 あははは……」

 「人間の子じゃなくたって、お前さんの事が、気にかかるのさ」

 「でも、遠くへ行っちまうんだろう?

 おいらを置いて行くのかい?

 ずっと、一緒にいてくれるって、約束したじゃないか!」

 「残念だけどねえ、とても遠いところだから、一緒には行けないんだよ。

 すまないねえ」

 ご隠居は、本当に申し訳なさそうに、微笑んで、屋敷の奥へ、入って行きました。

 河童の子も、家の人に見つかる前に、素早く生垣から、裏通りへ出て行きました。


 そのうち、屋敷中が、大騒ぎになり、ご隠居の引っ越しの荷造りが、始まりました。

 行き先は、江戸よりずっと寒い、十和田という所にある、先代のご隠居が作った、隠居生活用の小さな家でした。

 丁稚奉公の子どもから、その事を聞き出した河童の子どもは、”十和田” についても、聞いてまわりました。

 そこには、池が、ド~ンと大きくなった水たまりがある事が、わかったのです。それを、湖と言うという事でした。

 河童の子は、湖があれば、自分も住めると、思いました。


 大きな荷車が3台連なって、長い旅路を行きます。一番前の荷車にご隠居が乗っていました。

 河童の子は、3台目の大きなかごのような箱の中に、紛れ込んでいました。

 旅は、何日もかかる、長い道のりでした。

 進めば、進む程に、どんどん寒くなっていきます。荷物の中から、布を見つけて、くるまって見ても、寒さを知らない河童の子には、気休めにもなりませんでした。

 その上、大粒の雪が降り始めてしまったのです。

 「頭のお皿が、凍っちまうよう」

 とうとう、泣き出してしまったカッパの子。

 「旦那様……、助けて……。

 一緒にいておくれよう……」

 それでも、荷台の揺れる音がうるさくて、河童の子の凍えたか細い声は、誰にも聞こえませんでした。

 「ご隠居、もうすぐ、目的地に着きますんで、ご安心下せえ」

 「そうかい。ありがとう。

 この寒さは、年寄りには、こたえるねえ」

 「へえ、まったくでさあ。

 着いたら、すぐに温かくしますんで、もう少しの辛抱です……」


 思ったより早く、ご隠居の新しい住まいに着いたので、荷解きが、始まりました。

 次々に荷がほどかれ、3台目の荷物も、最後の箱になりました。

 「きゃー!」

 箱を開けた若い衆が、悲鳴を上げました。

 荷解きを手伝いに来ていたみんなが、箱を覗き込みました。

 布にくるまった河童の子が、凍えて、冷たく硬くなっていたのです。

 「何ということだ!

 大急ぎで、部屋を温めなさい!

 それから、お湯を沸かすんだ!

 いつも穏やかなご隠居が、大声を出したので、みんな、大慌てで、動き回りました。

 「痛い……、痛いよう」

 「どこが痛いんだい?」

 ご隠居が、優しく声をかけました。

 「急に熱くしたから、お皿が痛いんだ……」

 ご隠居は、布団と自分をたっぷりと温めてから、河童の子を、優しく頭から足の先まで、包んだのでした。

 「おいらのお皿は……、割れていないかい?」

 「ああ。

 大丈夫だよ……。

 わたしはここにいるから、ゆっくりとお休み」

 旦那様……、一緒に……いて……いてくれるんだね……?」

 「ああ。

 ここにいるよ」

 「約……束だもの……」

 そう、何かを言いかけたきり、目を閉じて、眠ってしまったようでした。

 しかしながら、それは違っていたのです。

 箱の中から、助け出した時には、寒さで、凍ってしまった河童の子のお皿は、ヒビが入って、割れてしまっていたのです。

 「わたしが、約束をやぶってしまったばっかりに、こんな事になってしまった……」

 ご隠居は、布団にくるまって、河童の子を抱きしめたまま、泣き続けました。

 すると、驚いた事に、河童がモソモソと、動いたのです。

 河童の子のお皿いっぱいに、ご隠居の涙がたまったからでしょう。お皿のヒビは、なくなっていました。




 こんな奇跡が、あるのですねえ……。

 子の河童の子は、十和田湖の河童とも、仲良くなって、ご隠居と一緒に、仲良く暮らしていったのでした。

 この幸せが、長く続きますように……。


 では、また、どこかで、お会いしましょう。

                             終

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