二番目の仕事

夏木

第1話


 私はトップではない。

 国の二番目の権力者の国王補佐官といえば聞こえはいいが、実際は国王の世話係だ。


 嘆いていても仕方ない。今日も仕事を始めよう。


*


「ウィルー? ウィルー! ご飯!」


 スプーンとフォークを手に持って急かす子供。彼こそが国王のウォーレンである。

 先代の王は若くして亡くなってしまい、息子であるウォーレンが国王の座についた。

 まだ十にもなっていないウォーレンに国の全てを任せることはできない。それ故、先代の補佐官をしていたウィリアムが今も補佐官として働いている。


「ウィル! おーい、ウィリアム! まだー? ごーはーんー!」


「はい……ただ今お持ちします」


 エプロンをつけてウィリアムは厨房で朝食の準備をする。元々小さく貧乏な国だ。使用人を雇うお金すらない。今この城にいるのはウィリアムと王だけである。

 王といっても会談や行事への出席ぐらいの仕事だけだ。政治は政治家がやる。しかし基本的な知識やマナーは身につけておく必要がある。それを教えるのも補佐官の仕事だ。



「おまちどおさま」


 王の前にトースターとサラダを並べる。すぐにそれを食べようと手を伸ばすが、その手をウィリアムが止めた。


「食べる前に言うことは? やることは?」


 眼鏡の奥から鋭い眼で王を見る。王は諦めたようで、スプーンとフォークを一端置いて、両手を合わせた。


「いただきます」


「どうぞ、召し上がれ」


 毎朝同じことを言っている気がする。なぜ言われる前にできないのだ。




 食事を終えたら勉強の時間。これも毎日のことだ。

 朝食の片付けをし、昼食の下準備をしてからウォーレン王の部屋に向かった。


「なっ……あんのくそガキッ……」


 扉を開けて部屋に入ると王の姿はなかった。窓が大きく開いていて、風がカーテンをたなびかせている。部屋は二階だが、どうやらベッドシーツを使って窓から脱走したようだ。

 窓から外を見るが、姿は確認できない。


 慌てて外へ探しに行く。

 子供でも王である。誘拐でもされたら一大事だ。過去に何度誘拐されかけたか。無断外出は誘拐されるか、イタズラしてるかの二択だ。後者であることを願うばかりだ。




「んんっ! んー!」


 城から少し離れた人気の無い川。そこで口を塞がれ今にも連れ去られそうなウォーレン王の姿を橋から確認できた。



「ウォーレン!」


 ウィリアムの声に気づいた誘拐犯はもがくウォーレンの腹部を殴り、動きを止めて連れ去ろうとする。


「ちっ……仕方ないか」


 靴を脱いだウィリアム。その背中からは鳥の翼が生える。そして足は鋭い爪のある鳥の足へと変貌する。形が合わなくなった服はビリビリと破れた。


「ほんと、人は学習しない」


 橋の上から飛び立ち、ウォーレンを足で掴んで上空へ上がる。誘拐犯からウォーレンを奪い返した。



「犯罪者には死を」


 ウィリアムは装備していた剣を構え、誘拐犯に向けて猛スピードで近寄る。



「ウィル! ストーップ!」


 捕まれていたウォーレン王の声で、ウィリアムの剣先が誘拐犯の目の前で止まった。誘拐犯はへなへなと地面に座り込んだ。



「はい、これ王様命令! ウィル、殺しちゃダメ! わかった?」


「……はい」


 剣を腰に戻し、ゆっくりと地面にウォーレン王を下ろす。


「お前、誘拐なんかする理由はなんだ?」


「金が……金がねえんだよ! 金が無ければ生きていけねえ! 飯だって……」


「金ねえ……決めた! ウィル、こいつ使用人にする」


「は? 誘拐犯を使用人にするなどあってはなりません!」


「民の問題は王の責任だ。そして王はこの僕だ。王の命令に逆らうのか? その姿をバラされるぞ。知られたら研究対象だなぁ?」


「こんのくそガキ……」


 鳥の翼と足を持つ姿は一種の呪いだ。そのせいで虐げられ続けてきた。しかし、先代の王がそれを救ってくれて、仕事を与えてくれた。だから補佐官という仕事で恩を返している。あくまでも先代の王に感謝している。今の王には何も恩義はない。先代に頼まれたから今働いているだけだ。



「もろもろ手続きとか、よろしくな。ナンバーツー」


 ニヤニヤしたウォーレン王は城の方へと歩き始める。ウィリアムも元の姿に戻り、誘拐犯を立たせて後を追った。



 *


 誘拐犯に部屋と着替えを与え、ウィリアムも自室へ向かう。力を使ったせいで体がだるく、視界がかすんでいる。そのためベッドに倒れこんだ。



 目を開けると毛布を掛けられ、ベッドに寝かされていた。窓から見える空は赤く染まっている。

 昼食も夕食も準備していない。ウォーレン王にどやされる。焦って起き上がろうとしたとき、ベッドの横で眠るウォーレン王に気づいた。

 ベッドのサイドテーブルには、少し覚めたホットミルクと、不格好なクッキーが置かれていた。


 ウォーレン王を起こさないように起き上がり、クッキーを口にする。



「味がない……」


 不格好なクッキーは甘くなく、口の中の水分を持っていく。ホットミルクで水分を補った。


「んん……うぃる……」


 ウォーレン王は寝言のようにウィリアムを呼ぶ。ウィリアムはその頭を優しく撫でた。


「うぃる、ありがと……」


 普段お礼など言われないし、ワガママな王だと思っていた。その王が寝言ではあるが、お礼を言っていることにとても嬉しくなった。


 ウォーレン王を起こさないようにベッドから出て、ウィリアムのベッドに寝かせて部屋を出た。

 


 厨房では着替えた誘拐犯が料理していた。


「あっ……すみません、勝手に使って」


「別に構わない。味見していい?」


「どうぞ」


 誘拐犯が作ったスープを味見する。それは温かく体に染み渡り、とても美味しい。


「料理人とかしてた?」


「いえ。ずっと一人で過ごしてたので、自分の分しか料理してこなくて……」


「ふーん。んじゃ料理人として採用で」


「ありがとうございます!」


 厨房で話していると、ウォーレン王が目をこすりながらやってきた。


「ウォーレン王、先ほどはクッキーとホットミルクをありがとうございました」


 ウィリアムがお礼を言うと、ウォーレンは顔を真っ赤にする。


「ち、ちがっ! あれはそいつが作ったやつだ!」


 ウィリアムが夕食を作っている誘拐犯を指さして言うが、クッキーを食べたウィリアムには丸わかりだ。いびつな形、味、それだけで普段料理しない人が作ったことがわかる。


「そうですか」


 ウィリアムはニコニコしてウォーレン王を見る。ウォーレン王は目を合わせることはしなかった。



「彼を料理人として採用します。異論はありますか?」


「ない」


 国のトップの了承も得た。これで城には三人が住むことになる。食事の準備の仕事がなくなる分、ウィリアムの仕事が減る。


「ところでウォーレン王、今日の勉学については明日みっちりやりますから」


「は? 嘘だろ?」


「料理人ができたので私がしっかり教えて差し上げます」


「うわあああ」



 国の二番目の権力者の仕事は終わることがない。

 辞めようと思えば辞めることができるが、案外楽しいので辞められない。

 国のトップを支える、それが二番目の者の仕事だ。これからも命ある限り、支えていくだろう。

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