雷命の造娘
凰太郎
~序幕~
アワレナムスメ
──
ドイツ中央に位置するこの街の郊外には、蒼い霊気に祝福された
その名を〝フランケンシュタイン城〟と
名門貴族〝フォン・フランケンシュタイン〟によって築かれた名城を一転して呪われた城へと
一説では錬金術の
そして、その
いずれにしても
雷雨が激しく地表を叩きつけ、
城の窓は過剰に洗われ、
理不尽で異様な
それでも〈
飽きる事無く、ただ
外界には〝
自然が生み、
それは〝城〟の中には無いものだ。
知らず知らずの内に
その世界に受け入れられてみたいと思うようになった。
未知なる外界には〝何〟があるのか──まったく見当も付かない。
好奇心が
これは〝
自分の存在を閉鎖された城に
鳥や樹々や草花は、きっと優しく自分を迎え入れてくれるだろう──淡い期待だけが
自分を愛してくれるのならば、この容赦ない雷雨が相手でも構わない。
雷鳴が
冷酷な
手入れなく荒れた黒い長髪に、何処か
そして、顔半分を
「ヴァァァアアーーーーーーッ!」
声にならない悲鳴を
おぞましく
この顔は何だ?
この
嗚呼、この世の物とは思えぬグロテスクさ!
身の毛もよだつ奇怪な外見!
二度と見るのも御免であった!
それが
こんな
樹々のざわめきは沈黙し、草花は枯れ果て、鳥は遠く飛び去るだろう!
この
「〈
厚い樫の扉を乱暴に開け破り、城の
どうやら階下にて、獣の悲鳴を聞き付けたらしい。
三〇代前半といった男性だ。
真っ直ぐな意志力を宿したコバルトブルーの
紺色のスーツ姿は各所にきらびやかな貴金属の装飾が
彼は
「大丈夫、落ち着くんだ〈
「ぅ……ぁ……〝
残酷さの拒絶に怯えていた〈
保護者の名を呼ぶ発声は、
「そうだ、私は〝サン・ジェルマン〟だ。解るな?」
「ぁ……ぁ……」
何度も大きく
サン・ジェルマン卿は〈
(……やはりな)
窓のカーテンが開いていた。
外界を切望し、
しかし……。
(間隔が早くなっている)
二週間が十日になり、十日が一週間──そして、現在では二日間隔だ。
(それだけ外界への関心が強まっているという事か……一度、納得させた方がいいかもしれないな)
深刻な
そこには〈おぞましい
「ぁ……ぁ……」
伝えるだけの言葉は
その
さりとも、サン・ジェルマン卿は、そうは思わない。
この〈
この〈
まるで我が子を
「〈
樫席へと
「ぁ……ぅ……ぁ」
〈
「
多少、語気を強めた。
だがしかし、彼としては叱ったつもりはない。
これは
保護者の意向を感じとり、ようやく〈
サン・ジェルマン卿は〈
「いいかい〈
「ぅ……ぁ……ごば……い?」
「そうだ。とても怖く、恐ろしく、残酷で、苦しい世界なのさ」
「……ざ……ごぐ……」
言葉の意味は理解できている。
ただ、自身が
「
「ごろ……ず……?」
そして、
知っている。
いずれも本から学習した。
されども、それが
まだ実感を
奇怪な美貌が刻む沈思。
ややあって〈
「だが、この城に居れば何の心配もない。
高らかなる誇示。
「ぅ……ぁ……」
その背後にて〈
納得できない想いを訴えようとするも、それは叶わない。
サン・ジェルマン卿の言葉は理解できても、サン・ジェルマン卿に心情を伝える事はできない。
もどかしく
(
うねる石造りの階段を
(
壁掛けの
黙想に階段を抜けると、暖炉が盛る応接間へと向かう。
サン・ジェルマン卿が去ると、部屋は再び
ポツンと置かれた〈
樫製の長卓が
文字を読めるまでには学習していたが、まだ単純な文章までだ。記載されている文面は複雑過ぎる。読み解く事などできない。
だが、描かれている図が人間の部位である事は
試験管や薬瓶といった実験器具が卓上に並ぶ。それらが何なのか〈
やがて〈
壁際に据えられたくすんだ大きな木板。馬車の荷台から車輪を外したかのような粗雑な作りであった。要所には厚みある黒金具が強度の補強としてあり、見た目の
それを中核として大掛かりで怪しげな機械が壁と囲い、木板に取り付けられた機械部品類と配線で
それが〈
寝台に横になると、
数ヶ月分の
「御待たせしました、ミスター・ゲルハルト」
何事も無かったかのように抑揚を
暖炉が熱を奏でる応接間はビロードの
年齢は四〇代後半か。
薄い髪量をオールバックに流し、卵形の
カーキ色の軍服姿が物語る通り、彼はダルムシュタットを防衛する〈
名を〝ウォルフガング・ゲルハルト〟という。
彼の背後には、規律然と立つ二名の護衛兵。
全身を固める特殊装備は、
頭部には
「先程の雄叫びは?」
二人分のブランデーを用意するサン・ジェルマン卿の背中へ、暗い声音が問い掛ける。
「
「獣?」
「ええ、
「フン……
自分と客人のグラスを卓上へと置き、サン・ジェルマン卿は談義の席へと着いた。
腹を探り会う接待に平然を
「この
「
ウォルフガングは背後の
「まさか?」
「フン……
「そして、やがて〈科学〉は総てを
「そうだ」
「〝
「例え〈
ウォルフガングが自尊に息巻いた。
その
永き歳月に噛み締めてきた
悟られてはならない。
「それで?
「……何度も言わせるな。『Fの書』だ」
毎夜のようにウォルフガングが来城する理由は、他に無い。
だからこそ、サン・ジェルマン卿の返事も変わらなかった。
「以前から御話ししてますが、
「私を見くびるなよ、
呪怨を込めたかのような
ウォルフガングは知らなかった。
自身の眼前に居る相手が、史実上に暗躍した〈伝説の怪紳士〉たる〝サン・ジェルマン伯爵〟だとは……。
彼の正体を知る
仮に看破する者がいたとしたら、それは〈魔〉に属する者──〈怪物〉だ。
「
「ですから、それは俗信だと──」
「いいや、有る! 何故なら、
「──!」
動揺に息を
「だが、
(
フォン・フェルシェアは、旧暦に実在した遺伝学者である。
ベルリンに設立された〈カイザー・ウィルヘルム研究所〉の所長であり、第二次世界大戦に
フェルシェアは「ゲルマン民族以外は劣性種族であり、下等な家畜同然である」という
それは〈ナチス〉が──あの史上最悪の独裁者〝アドルフ・ヒトラー〟が──
そして、その狂気的理念は
だからこそ、サン・ジェルマンは、改めて静かなる決意を固める。
(忌まわしい……人類が繰り返してはならない汚点……いや、
それは、
「どうした? 顔色が悪いぞ?」サン・ジェルマン卿──ハリー・クラーヴァルの機微を嗅ぎ取り、ウォルフガングは
「仮に、そうだとして──仮に私が所有していたとしても、
「何?」
「何故なら、私自身が
「き……貴様?」
驚愕に席を立つウォルフガング!
悲願たる秘宝を脅迫材料と取られ、その形勢は逆転した!
が──「御安心を。私が
ハリー・クラーヴァルは形式的な礼節に準じて、ウォルフガングを玄関まで見送る。
城門前に停車してあったのは、武骨な重チタン鋼を誇る車輌であった。車高は三メートル弱といったところか。鈍く反射する鋼色が、頑強な装甲の厚さを物語る。形状的にはキャンピングカーと酷似しているものの、兵士達を収容する後部コンテナは物々しくも大きい。
「やはり雨脚が強いようですね」
クラーヴァルは
雨雲さえも押し退けて存在を誇示するのは、巨大な単眼を核とした黒き月──。
白い環光で地上を照らす黒き月──。
黄色く淀んだ単眼は、威圧感に彼を見つめ返してくる。
「ミスター・ゲルハルト、くれぐれも帰路は御気を付けて……。この雷雨では視界が悪い。加えて、
護送車に乗り込まんとトレンチコートを羽織る来客へ、一応の老婆心を添えた。
「フン……〈デッド〉の心配か」軽んじて鼻を鳴らす。「何の
攻撃的な
「失礼致しました。
「……フン」
不機嫌さを置き土産に、ウォルフガングは去って行った。
無論〈
叩きつける
それを黙想に見送ると、
地上を見据える巨大な単眼が、実際に
その視界は、
さりながら、サン・ジェルマンは
「罪……か」
吐露にも似た呟きを噛み締め、彼は
「ハリー・クラーヴァルめ……喰えぬヤツだ」荒れた路面に激しく揺らされる助手席で、ウォルフガングは
同意を期待して運転席へと視線を送るも、この兵士逹にそれだけの器量が有るはずもない。ただ黙々と指令をこなすだけの
晴れぬ不快に、雨粒が狂い殴る車窓を眺めた。
フラトレーションを解消する
(それにしても、あの若僧は何者なのだ?)
(ある日、突然に
地表には
その中を
(……いったい何者だ? 何を目的としている?)
思索に集中する
「うおっ? 何だ? 何事だ?」
コンソールへと突っ伏しそうになる体勢を
が、やはり
無表情なフルヘルメットは、機能停止でもしたかのように正面を見据えているだけだ。
左右には深緑と染まる雑木群が壁と
ヘッドライトが照らし浮かばせる範囲は
そこに、
まるで自殺志願者のように車輌の前へと立ち尽くし、その進路を妨害している。
顔は暗がりでよく確かめる事は出来なかったが、
フラフラと不安定な
この男が何者か──ウォルフガングには、迷いもせず看破できた。
「フン……デッドか」
魔界の黒霧〈ダークエーテル〉は、死体の脳へと干渉して〈
無作為無尽蔵に増産される〈デッド〉には、自我も心も欠損している。
捕食本能のみに動かされるまま人間を襲い喰らう
そして、襲われた者も〈デッド〉の仲間入りをしてしまう……。
生存者を常時
だがしかし、それは
次第に
はたしてアイドリングの音が呼び寄せたか……それともヘッドライトの明かりか……いずれにせよ
「……
コンソールのマイクを手に取ると、ウォルフガングは冷徹に命令を吐き捨てた。
それは後部コンテナで待機状態にあった〈
──ヴォン!
ゴーグルの奥で
彼等は座していたわけではない。
各固が
そして、上官命令によって
コンテナ最後尾の扉が、軋む駆動音を鳴いて左右に開く。冷却ガスが白い
降り立つ
それは、対怪物戦に特化した〈
ゴーグルの
火花と銃声と
そして、
それだけが繰り返される。
助手席で事態収束を待つウォルフガングは、やがて沈静化した環境音に
車外へと降り立つと、周囲を展望して戦況を把握する。
予想通りの戦果は、取り立てて関心を
と、不意に
低木を掻き分けて現れたのは、少年……のデッド!
「フン……大方、家族ぐるみでデッドに襲われたか」
先刻と現在の状況を統合的な判断材料として、そう結論着く。瞬間的な
「カアッ!」
しかし、ウォルフガングは平然を崩さない。
対処法は、
手近な
手首甲部の内蔵小径銃が火を吹いた!
が──「何っ?」──攻撃が
跳躍の慣性に
それはウォルフガング自身が招いた誤算!
子供
対象指定としてあったのは〝成人男性〟のみ!
完全に
「クッ?」
小さな肉食獣は、
「ガアァァッ!」
「うおおっ?」
身動きが
噛まれないように
「
棒立ちに対応を見せない兵士へと、
「カアァァァーーッ!」
「うおおぉぉぉーーーーっ?」
弾け飛ぶ
ウォルフガングの……ではない。
少年デッドの物である。
間一髪で、
組み付いた事で座標が固定されたのが項を
まさに『九死に一生』であった。
「ハァ……ハァ……ハァ…………」
さすがに生きた心地がしなかった。
こめかみを撃ち抜かれた
徐々に取り戻した
「この……死体
装填した弾丸が尽きるまで!
カチリカチリと引き金が
「……クソ
車輌へと戻る足取りの中で、彼は改めて野望を噛み締めた。
「見ていろよ〈怪物〉共! この世界を征するべきは、
応接間へと差し掛かったと同時に、サン・ジェルマンは
誰も居なくなったはずの室内からだ。
独特の
警戒心を
「ィェッヘッヘッ……よう、お久しぶりだな?
みすぼらしく
黒いジャケット姿に、黒い山高帽子。
家具の価値など
「……ゲデか」
「ワインも有るが?」
「ケッ!
高貴と
決して
「
「数時間前さな。ま、オレ様には〝時間〟も〝距離〟も関係無ぇけどよ……ィェッヘッヘッ」
独特の笑い方を
彼自身が言う通り〝時間〟と〝距離〟は無意味な制約だった。
この品性下劣な男は〝ブードゥー教〟の〈死神〉──世界中何処であろうと〈死〉の臭いを嗅ぎ付けては
「それで? わざわざ懐かしんで来たわけではないようだが?」
「まぁな」
と、
「まさか!
「ィェッヘッヘッ……そう警戒しなさんなよ? 別にドイツを
「ロンドン?」
予想外の返答に、内心ホッとした。
ゲデにしてみれば、そうした
品行方正ぶった
「どうやら吸血鬼共が新興勢力を立ち上げようって動きがあってな、その下調べってトコだ」
「そこで、また
「ィェッヘッヘッ……
皮肉な指摘に同感を噛みなからも、サン・ジェルマン卿はそれを示す事をしなかった。
この男とは距離を置きたい本音もあったが、何よりも彼自身が
落とす
「それで? 此処へ来た本題は?」
「邪険だねぇ? そんなに早く帰ってもらいてぇのかよ?」ニタリと
「……何?」
ピクリと反応した機微を嗅ぎ取り、ゲデは軽い悦を味わう。
「どうやら〈ロキ〉の野郎が、何かを
「馬鹿な!」
サン・ジェルマン卿は戦慄に立ちあがった!
「ロキは幽閉されているはずだ。やがて訪れる〈
北欧神話に名高い悪神〈ロキ〉──そもそもは北欧の神々〈アース神族〉と敵対する種族〈霜の巨人〉に属する者でありながら、
その性根は邪悪。
目の前に座る
「へっ……〈
ブードゥー教の死神が
北欧神話に
最高神〈オーディン〉が『未来予知の目』を所有するが
それが〈
北欧神話が他の神話群と一線を画する特色である。
「御存知の通り、
「しかし、オーディンの未来予知は絶対のはず……」
「
眼前へと持ち上げたウイスキー越しに、死神は
「
「……〈
先代領主〈
そして〝
「娘の
「ィェッヘッヘッ……あの
重い沈黙が刻まれる。
ややあってゲデは再び
「ま、どちらにせよ神界の奴等は現世に介入できねぇ。何せ〈
サン・ジェルマン卿はドサリと腰を下ろす。
「ロキが復活すれば、おそらく多くの犠牲が……」
「だろうな。ロキが動いて、平穏無事で終わるワケは無ぇ。何せ、あの野郎は〝
最低な下劣ぶりを
どうやら、そろそろ旅立つ気になったらしい。
山高帽子を
「それにしても意外だな」
サン・ジェルマン卿の言葉に、窓際で立ち止まった。
「あ? 何がよ?」
「何故、こうも貴重な情報を? 君は、てっきり
「冗談よせやィ? あの野郎なんざ大っ嫌いだよ!」
「ほう?」
「
サン・ジェルマン卿は乾いた苦笑を返答とする。
どこまでが本気か分からない──つくづつ
「ま、あの野郎よりもイケ好かねぇモンもあるがな」
「何だね?」
「そいつぁ〝
「ッ?」
「何をしても
「ゲデめ、
立て続いた緊迫から解放され、疲労感のままに深く
仰ぐシャンデリアに放心を乗せ、孤独な想いを無意識に吐露した。
「私は……どうしたら
込み上げる感情を
悲しみと後悔と懺悔──それを
雷雨が騒ぐ。激しく責め立てるかの如く。
静まり返った広い部屋は、それを無遠慮に響かせ続けた。
それは、彼を〈
落雷の怒号を子守唄と身を委ねて〈
──
その想いが、日々
──
その意志が、現状に焦燥を抱かせた。
──
奇妙だった。
見知らぬ相手に、強く
その不可解な感覚を〈
憐れな〈
彼女に〝名前〟など無い。
ただ〈
されど、
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