嫉妬カップル
怠惰なアゲハ蝶
すれ違う二人
どうしてだろうな。俺にできることはしたはずだ。でもな、現実は変わらなかった。俺ごときでは変えることなどできやしなかった。俺は……、あいつに勝てなかった。
あいつの憎たらしい笑みが俺を苦しめる。あの勝ち誇った、あの顔が。
きっと俺は2番目なんだ。
俺には彼女がいる。彼女の名前は梨花。中学一年の時から付き合い始めて、もう四年になるか。もちろん今も仲は良好だ。毎日一緒に登下校をしているし、家族ぐるみの付き合いもある。お互いの両親公認の仲だ。母同士が俺たちの結婚の話をしているのをみたことがあり、父二人にいつ子供ができるのかと迫られたこともある。気が早えぇよ。まだ俺は16歳だ。せめてあと二年は待ってくれ。
と、まぁ両親が行きすぎたことも多々あるが、これほどまでに恵まれた環境はないだろう。学校では友人からよく睨みつけられるが不可抗力だ。だって仕方ないだろう? 梨花の方から抱きついてくるんだから。まんざらでもないがな。
そんな充実した日々を送っている俺に、一つ大きな不満があった。あれを知ったときには絶望したよ。丸一日中部屋に篭って泣き続けた。梨花が心配して様子を見に来なければもう一日泣いていたかもしれない。それほどまでに衝撃だった。
梨花には俺よりも好きな奴がいたんだ。
俺は自分の目を疑ったよ。心から温かくなるようなあの笑顔を、俺以外の男に向けていたんだからな。クラスの誰かに笑いかける笑顔ではない、心から好いている相手にしか向けないようなあの笑顔をだ。
しかもだ、奴は梨花の……、梨花の清純な唇をうばいやがったんだ! 俺でさえまだ梨花とキスをしたことがないというのに……。
それからというもの、俺はそいつを張り込んだ。授業はもちろんサボった。そんなことをしている場合じゃなかったからな。あいつがどんな奴か、まずは見極めなくてはいけなかった。
監視一日目。
奴は眠っていた。こんな昼間から寝るなんてなんて怠惰な奴だ。仕事の一つでもしやがれ。どうしてこんな奴のことを梨花が好いているのか理解できない。俺は双眼鏡を片手に、近場のコンビニで買ってきた肉まんを一口齧った。流石に外は冷えるな。雪も降ってきたし、次からは傘の一本でも用意するとしよう。
数時間後、奴に動きがあった。ようやくか。と思っていたら、なんと奴は飯を食い始めたのだ。
働いてもないのに飯を食うだと!? ふざけるな! 怠け者にもほどがあるだろう! 俺はおやつに買ったシュークリームを口にしながら怒りを露わにする。外が冷えすぎたせいか、若干シュークリームが凍っていた。意外と凍らせてみるとうまいのか? 今度試してみよう。
おっと、そろそろ梨花が帰ってくる頃か。家に帰ろう。おそらくどうして学校を休んだのか梨花が聞きにくるだろうからな。梨花にこのことがバレるわけにはいかない。
監視二日目。
奴は相変わらず眠っていた。あいつ、働く気は無いのか? 飯を食えば寝て、起きたらまた飯を食う。そんな奴のどこを好きになる要素があるのか。しかも、今日はボールで遊んでいるようだ。なんて幼稚なんだ。口でボールを持つなど野蛮すぎる。
俺はその様子を傘をさしなが見ていた。今日のおやつは凍らしたシュークリームだ。こんな寒い時にと思うかもしれないが、俺は寒さは強い方だから平気だ。凍らしたシュークリームはシャリシャリとしていて、意外と好みだった。
この日も梨花に見つかる前に家へと帰った。どういうわけか、昨日は梨花に何も問い詰められなかった。俺が学校を休んだことに気がついていないのか?
監視三日目。
やはり奴の生活サイクルに変わりはない。先日は傘をさしながら見張っていたが、片手が制限されるのは面倒だった。というわけで今日は帽子をかぶってきた。これなら両手が使える。
今日はここまでだな。俺は帰宅の準備をしていると、梨花の母親が帰ってきた。どうやら今日は早く仕事が終わったらしい。梨花の母は家の中に入ると奴を撫で回していた。それに対して、奴はなんとも苛立つ顔をしながら梨花の母に飛びつく。そして舌をだらりと出し、外まで聞こえるほど大きな声で吠えるのだ。
「犬なんて……嫌いだ」
どうしてなのかな。私にはもうどうしていいかわからないよ。何度もアプローチしてきたんだよ? でもね、私はあの女に勝てなかったの。
あのあざとい笑みが私を苦しめる。あの勝ち誇った、あの顔が。
きっと私は2番目なんだね。
私には彼氏がいるの。彼の名前は蓮。私はいつもレンくんって呼んでる。中学一年の冬から付き合い始めて、もう四年になるかな。もちろん昔からレンくんのことは大好き。毎日一緒に登下校するし、授業の休み時間には必ず会いに行くの。私が行けない時にはレンくんから会いに来てくれるんだけど、その時にはそっと抱きしめてくれるんだ。そのせいで友達からはよく睨みつけられるけど、止めるつもりはないよ。だって嬉しいもん。
お父さんやお母さんがいつ結婚するのかよく聞いてくるけど、私は今すぐにでも結婚したいくらいなの。でも法律でレンくんが結婚できない年齢だから、もう少し待たないといけないんだ。何でだろうね。レンくんのお父さんとお母さんも認めてくれてるのに……。でも、私はレンくんと一緒に入られて幸せだよ。
そんな幸せがずっと続くと思っていたんだけど、それは間違いだった。
レンくんが私以外の女と仲良くしていたんだ。
思わず私は自分の目を疑っちゃったよ。ただ仲良くしているだけならまだしも、レンくんが私にしか見せないあのカッコいい笑顔をあんな女に見せてたんだから。しかも、それだけじゃないの。レンくんはあの女にキ、キ、……キスまでしちゃってたんだ。私だってまだしたことないのに。信じられないよ。
だから私はあの女を見極めるために観察することにしたの。あの女の欠点を見つけ出して、二度とレンくんに近づかせないようにしてやろうと考えたんだ。学校は休むしかない。今まで一度も休んだことなんてなかったんだけど、それよりも私はレンくんの将来の方が大切だから。
絶対に目を覚まさせてあげるんだから。
監視一日目。
あの女は部屋の中で丸くなって眠っているみたい。ありえない。丸くなるなんてあざとすぎるよ。なに? 狙ってやってるの? 丸くなれば可愛いとでも思ってるんでしょ。甘すぎるよ。そんなことで人の心を掴もうなんて、同じ女として情けない。
そんな様子を私はコートを大量に着込んで、身体中に懐炉を貼り付け、おでんを食べながら見ていた。やっぱり冬に外で居るのは辛いな。私寒がりだから。しかも雪まで降ってきちゃった。そういえばこれからだんだん雪が強くなってくるんだったっけ。……寒いなぁ。
ううん、ダメ。こんなことで諦めてはいられない。私がレンくんを守るんだから。
……そろそろレンくんが学校から帰ってくる時間かな。このことがレンくんにバレるわけにはいかない。きっとレンくんは私が学校を休んだことを知っているはずだから、何か言い訳を考えておかなくちゃ。
監視二日目。
三時のおやつに近くの自販機で買ったコーンポタージュを飲んでいると、ようやくあの女に動きがあった。さっきまで寝ていたけど、どうやら外に出かけるみたい。
こっそりと後をついて行くと、そこにはあの女の仲間がたくさん集まっていた。もしかしてレンくん以外の男を漁っているの!? 信じられない! レンくんの純情を弄んで!
このことはきっちりと写真に収めておこう。きっと切り札になるはずだから。
そういえば、昨日はレンくんから学校を休んだことについて何も聞かれなかったなぁ。どうしてかな?
監視三日目。
あの女、寝ては食べて、男を漁りに行く生活をしているみたい。こんな女に引っかかって、レンくん可愛そう。
私はあの女が家に帰るのを追いながら、近くの自販機で買った味噌汁を口にした。最近の自販機は味噌汁まで置いてるんだよね。お陰で寒い日にはよくお世話になっているよ。
ようやく家に着くと、それと同時にレンくんのお父さんが帰ってきた。今日は休みで、趣味のボーリングから帰ってきたところかな。
レンくんのお父さんはあの女を抱き上げると、空いた手で優しく撫でていた。それに対して、あの女は猫なで声のあざとい声をあげた。
「猫なんて……、嫌いだよ」
嫉妬カップル 怠惰なアゲハ蝶 @yukiageha
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