製造番号・02

テンガ・オカモト

ゼロ・ツー

時折考える、自分は何故ここにいるのかを。


規則正しい隊列の中、天を見上げる。

空を埋め尽くす鉄の鳥。航空部隊の凱旋が続いている。此度の戦争も我が軍の完勝、敵に付け入る隙を与えなかった。歓喜に渦巻く民衆とは裏腹に、俺の心境はどこまでも冷たいまま、何の感慨も湧くことはない。


「当然の結果だ、我が軍はいくらでも兵力を賄うことができる。強靭で、死を恐れぬ兵士達は向かうところ敵無しだ」


声高に叫ぶ声が聞こえる。恐らく将軍の内の誰かだろう、確信と自信に満ちた声。


まるで他人事だな。


喉まで出かかった言葉を飲み込む。戦地で血を流し、命を落とす者たち。それらは人間としての扱いを受けていない。なぜなら、将軍の言葉通り、いくらでも代わりが用意できる"製造品"であるからだ。


首元に押された烙印。クローン人間という、神の領域を侵す禁忌。俺は、2番目に製造された使い捨ての兵士だ。


***


号令とともに兵士が集う。見渡す限り、どいつも同じ顔、同じ背丈、同じ兵装。違いは製造された時期と番号のみ。常に鏡を見ているようでうんざりする。これが毎日、壊れて使い物にならなくなるまで続くのだ。


「おはよう、ございます」


声を掛けてきたのは、やはり同じ見た目の男。確か製造番号は32001だったか、比較的新参の部類に入る。


ハイライトのない瞳、抑揚のないトーン。

誰一人として、全く同じ外見であることを気にかける者はいない。その事実がさらに気分を重くする。


クローン兵士は文字通り、ただの道具だ。道具に余計な感情は不要。疑わず、実直に、殺戮を行いさえすればいい。そんな中、偶然か、或いは神の悪戯か。初期製造されたクローン兵士の中で、俺は唯一の生き残りだった。いや、生き残ってしまった、という方が正しいか。死ぬるべき時に死に損ない、各地の戦場を転々としていく日々。長きに渡る月日の流れは、ある程度の感情を呼び起こすには十分すぎるほどだった。


それでも、表向きは今まで通り無感情を演じなければならない。余分な思考をするようになったことが上に発覚すれば、間違いなく処分されるだろう。軍にとっては邪魔でしかないはずだ。


処分される?


なぜそのことを危惧したのだろう。死を迎えられるのなら、むしろ歓迎すべき事案ではないか。このうんざりするような争いの手駒から解放されるのだから。


命が惜しくなったのか、と自問自答する。それはない、と即座に返ってくる。何故なら、生きて成し遂げたいことなんて、1つもないのだから。


どの道、旧型である俺の先は長くない。皮肉な事に、戦争が長引けば長引くほどクローン技術も急速に進歩している。これから生産される兵士達は、得られた戦闘データを元にして、より優れた能力を持つ事になるだろう。


結局、多少の感情を得ようと、俺もその他クローン兵士と大差はない。1人でも、1機でも多くを殺める。それだけに埋没するのだ。


ただ、それだけに。


***


セレモニーが終わり、兵士の収容所へ向かう。騒がしかった民衆も、意気揚々と空を駆ける戦闘機もいなくなり、静寂だけが残る広間。称賛も、労いも、兵士達には一切送られず、意味のない時間だけが過ぎる。


心にぽっかり穴が開いたような感覚、これが空虚というやつか。


引きずるように足を動かし、立ち去ろうとした時だ。


「あの」


呼び止める声が聞こえた気がした。空耳だろうか。


「待って下さいまし」


カナリアが囀るような、美しいソプラノの声。振り返ると、まだ背丈の小さい可憐な少女がいた。俺は思わず首を傾げる。声を掛けられた意味を理解できないからだ。


「あぁ、やっぱりそうだわ。なんということでしょう、またお会いできるだなんて奇跡だわ」


少女はそう言って嬉しそうに微笑む。反面、俺の頭は疑問符だらけだ。少女はまた会えたと言った、すなわち過去に面識があるということだが、知っての通りクローン兵士の外見は皆同じである。加えて、民衆と交流するような機会は一切設けられていない。


「君は、誰だ」


無機質に問い掛ける。少女はそっと寄り添い、その小さな両手で俺の左手を包むように握った。


「貴方が覚えていらっしゃらなくても、私は1日たりとも忘れたことはありませんの。この手が震える私を抱きしめ、護ってくれたあの日を」


あの日?


護ってくれた?


あぁ、そういえば一度だけ、逃げ遅れた民衆の救出任務に就いたことがあった。クローン兵士たちは自ら盾となり、逃げ惑う者たちを凶弾から護ったのだ。使い捨ての兵士たちは、身を投げ出すことを躊躇わない。そんな状況の中、幼い少女を助けた気もする。終わった戦いのことなんて、一々覚えてもいない。

覚えていたところで、語る相手もいない。


「何故、分かる」


少女の手は柔らかく、純白であった。無骨で、真っ赤に染まった俺とはまるで正反対の手。


「お顔をもっと近くで、見せてくださいませんか」


「顔は、どいつも同じだろう」


「いいえ、違いますの」


きっぱりと言い切る理由が、少しだけ気になった。少女の背丈に合わせるように屈む。先程まで左手を包んでいた手を、今度は両頬へ。ほんのりと、温かい。


「あぁ、この傷の箇所。それに、この首の番号。間違いありませんの……」


慈しむような仕草で、額を撫でる少女。


刻まれた2本の傷跡。弾丸が掠め、痣となって残った跡。気にも留めていなかった。


「そんな、些細な違いで、俺を」


「些細な違いなんかじゃありませんわ。私にとっては、とても、とても大きな違いなのです。だって、私が今ここにいられるのは、紛れもなく、貴方のおかげなのですから」


涙ぐむ少女の瞳。今まで味わったことの無い、不思議な感覚を俺は覚えた。彼女の手の温もりが、凍て付いたこの身体を少しだけ溶かしてしまったかのような、穏やかな感覚。


「私が渡せるのは、このようなものしかありませんが、精一杯の気持ちを込めた花ですの。どうか、受け取って下さいまし」


彼女が差し出した、一輪の花。

薄紫の花弁に、黄色の筒状花。

そっと、手を差し出す。

手のひらに置かれたその花を、潰してしまわぬよう、慎重に握る。これほど何かを丁重に扱ったのは、初めての経験かもしれない。


「最後にもう一つだけ。貴方のお名前を、教えて頂けませんか」


名前。番号で識別されるクローン兵士にとって、最も不要な固有名詞。決して与えられることのない、アイデンティティの証。


「そんなものは」


ない、と言いかけて口を噤んだ。何故かは分からないが、そう伝えることで少女が悲しむのを良しとしない気持ちが芽生えていた。


クローン兵士の違いは、番号。ならば、この番号をそのまま名前にしてしまえばいい。


「ゼロ、ツー」


そう告げると、一瞬少女は不思議そうな表情を見せるも、すぐに笑顔を浮かべ


「はい、またお会いできることを祈っていますわ、ゼロツー様」


スカートを摘み、可愛いらしくお辞儀を済ませると、足早に去って行った。



ゼロツー。



思いがけない形で、名前を得た。それ自体に大きな意味は無いはずだが、少しだけ、違う何かになれたような気がした。


収容所への道へと戻る。俺は使い捨てのクローン兵士、製造番号2番。名前は、ゼロツー。


少女の笑顔を再び見る日は、恐らく来ないだろう。しかし、あの笑顔を護るための戦いだと思えば、無意味に思えた日々にも少しは価値を見出せるかもしれない。


俺は一晩中、薄紫の花を手から離すことは無かった。



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