ユメノキュウサク Story About Dreams

太湖仙貝

プロローグ

「夢とは、目覚めるまでわからないものである」

 

     ※

1 

 友人の平和さんは亡くなった。

 あまりにも突然のことだが、よく考えてみればそうでもないーー人間は生き物だから。生き物である以上、死亡と無縁になるなんてことは最早為す術のないことでしかあるまい。僕だっていつ草葉の陰に入るかはわからない。そのいつかは明日かもしれないし、今日かもしれない。家に帰る途中で飛び出した誰かに刺されない保証ができなければ、眠る間戦争がはじめミサイルの破片と共に灰にならない保証もできないのである。極論、生きることとは、殺されていないだけのことである。あくまでも極論だが。

 友人が世に辞したのに、こういう態度を取るなんてあまりにも冷血すぎじゃないかーーと言いたい人がいるかもしれない。どうだろう、別に僕の冷血が彼の命を奪ったわけでもないし、僕の泣き喚き声で彼が蘇生するわけでもあるまい、なんなら友人の写真を家に飾り、毎日お香を焚きながら彼への思いを唸り、彼の姿を彫刻にし、彼の言行を本にして世界中に広げても良いだが、残念ながら僕はあくまでも彼の友人であり、信者というわけではない。僕には宗教家になる才能がないから、仮にそこまでする行動力と精神力があったとしても、最後多分は邪教として処分されるに違いない。

 友人の気持ちを考えろ、そういう話を聞くと淋しいだろうーーと僕を非難したい人もいるだろうが、それこそが余計なお世話である。野暮たる物言いになるだが、百歩譲って死人に気持ちがあるという前提が成立としても、友人たる僕がそれなりの心遣いがかどうかはともかく、彼の気持ちは彼自身しかわからないものだし、勝手に見知らぬ者の気持ちを淋しいと決めつけるのもやはりどうかしていると思う。身知らぬ者と言わざるを得ない。

 これはあくまでも僕の想像、もとい経験による推測だが、もし彼ーー平和学が僕の感想が聞いたら、多分高笑いしながらこう言うだろうーー「はっはー、まったく君らしく夢のない話だね。まあ夢のある話よりはマシだが」

 そして僕はきっとこう返事するーー

 「ああ。だから夢が見える君を羨ましがるんだ」

 と。

 

 平和学という人間について、特に話せるようなことはない。

 彼は小説家である。世間から見れば多分それは夢のある職業、あるいは、夢を創る職業であろう。

 どのみち、僕のようなひねくれ者には到底できないことである。

 小説というのは、俗に言うなら作り話である。自分の経験を土台にして創作しても、多少の加工は避けられない。いくら客観的に仕上げようとしても、自分の中からアウトプットされたものなので(インプットした時点で既に齟齬が生じるわけ)、真実をそのまま表現するのはもはや不可能に等しい。たとえできたとしても、それは単なる記録でしかない。この点について新聞記事も同じだろう。その上、読み手の解読の違いによって、小説の内容をすべて真に受ける者がいれば、新聞記事をまるで信じない者もいる、両者の境は一体全体どこにあるのかは知らない。ゆえに僕にとってむしろ書く方ではなく、それらを読んでいられる方は不思議に思える。

 とはいえ、僕はただ理解できないことを言っただけで、小説や新聞記事の存在を否定するつもりなんか毛頭ない。新聞記事はほとんど読まないが、小説はしばしば読むのである。

 平和学の作品についてだが、僕は普段作品名も作者名も基本的に目を向かないので、読んだことがあるかどうかさえわからないのである。二人でいる時仕事の話はほとんどしないから、ペンネームだけでも聞いてみればすぐわかるはずのことだが、残念ながら今になってもう確認できない。作品の雰囲気、もとい作風から作者を当てはまる発想はないわけでもないが、どうだろう、前述の通り、日記(ブログで書かれたような人にめせるものは論外)ではない限り、幼少時代から国語が嫌いの僕にとって、無理難題と言っても過言ではない。

 一度だけ試みたことがあるが、調べた結果、作者は夢野久作だった。

 お蔭で以前読んだ数冊の小説は同じ人が書いたものであることが初めて解明した。

 ファンでもないのに。

 やはり人間、無意識に同じようなものを選ぶ傾向があるわけだ。

 そもそも安定感と刺激感、どっちの方が魅力があるのだろう。

 「感覚のことだから、やっぱ魅力的な方が魅力があるじゃない?」

 「そうね。また意味のない設問を出してしまったわけか」

 「意味のない状態こそ正常だと思いますが。何もかも意味をつけるのは、人間の悪い癖」

 「意味をつける行為も安定感を求める表現の一つだからね」

 相槌をしながら、僕は周りを観察する。

 一言で言えば、白だ。真っ白。

 空も白けば、地面も白い。白い山に白い川。白い木に白い鳥。白い花に白い虫。折り紙には見えるし、古代ギリシャの彫刻にも見える。何もかも白くて、白白たる純白。

 これほどの光が瞳孔に反射されたら、どう考えても目眩する程度では済まなさそうだが、不思議なことで、ものをピンク色に見える症状など、まるで出ない。

 「それは貴方は自分の目でこれらを観ているからです」と、さっきと同じ声が聞こえる。「使うたびに消耗するものは、自分のものとは言えません」

 僕は声の主を探す。声の形が見えなくとも、女の子が発したことだけがわかる。

 わかるけれども。

 「自分の目で観ている、とは?」質問する。

 「自分の心で考えること」向こうが答える。

 「ここは、どこなんでしょうか」再び質問。

 「どこだと思います?」質問で回答された。

 「少なくとも、地球上とは思えない」素直に感想を述べる。

 「その答えを出す時点で、貴方が得たのは、安定感ですか、それとも、刺激感ですか」

 「さあ。半々くらいなところかな」白い石の上で座ってから返事をする。「僕がどんな感覚が得たとしても、結局、ここが何処なのかわからないことだけは変わらないと思うが」

 「それで君は誰だという質問をしなかったわけですね。本当に理解の早い方です」

 「質問しなかったとしても、やはり心には疑問が残るわけだが」

 「難問ではないから、貴方ならいつかは解けると思います」

 はて、そのいつかは、一体いつなんでしょうか。これこそ愚問になるかもしれないが。

 「問題には賢愚の区別はありません」声が再びする。「その問題を解決できるかどうかは、賢愚を判明する一つの基準になりますが」

 

 白々しき物言いになるかもしれないが、それは知っていた。

 今のところ、その解決すべき問題さえ見つからない僕は、多分愚かの塊なんだろう。

 

 「そんなことないさ」

 目前に立っているのは、赤の他人ならぬ、銀色の人間だった。

 その正体についても、やはり赤の他人ではなかった。

 「平和」僕は白い石に座ったまま、「君を見えるのは、夢ではない限り、やはり僕もついに死んだというわけか」

 「はっはー。相変わらず夢のない話をするね、君は。小説家でもないから、夢オチに少しでも親近感を抱えたら?」

 「小説家ではないから、夢オチに親近感なんか抱えなくて良い」僕は胡座を組んでから、「夢オチを拒否するのは、大体のところ、現実の見えない人間なんだ」と言った。

 「君ほど現実をはっきり見えるなら、夢を見ても明晰夢になるね」

 「さあ。今まで夢を見たこと一度もないからね。物心がついた頃から、寝た覚えさえなかったし。ショットスリーパーならぬ、ノンスリーパーとでも言うべきかな。日が沈むから再び上るまでの時間、僕にとって所詮照明が必要ぐらいの意味しかない。もし親がいるなら、僕はきっとなんとか処分されるだろう。あまりにも不気味だから。化け物みたいに」

 「それなら俺の方、ほら」銀色人間は一歩を踏み出す。正確に言うなら、一本の足が一旦砂のように崩して、それから前のところ再び形を築き上げる。「これぞ化け物の有様だ」

 「どうだろう。僕は今の自分の姿を確認できないから。それに、僕と君を対照的に観る観察者さえいない」

 「はっはー。わかったわかった、もう君を煽らない。まったく、本当君は合理的な話しか言わないね。よくもそれで恋人ができたんだね、君は」平和は悪戯っぽく微笑む、「観察者なら、ちゃんといるぞ。いつでもどこでも」

 「さっきの女の子のことかい?」あくびしながら聞き返す。

 「女の子?」一瞬怪訝そうな顔をする平和、それからすぐ納得したようで表情が緩む。「君に何か見えたそうだね」

 「まあな、視力が正常だからね」その視力の正常たる両目にラジオ体操をしている平和の姿が映っていた。動きはやはりさっきと同じく、体の形を崩しながら次の動作へ変換するような不思議な絵面だ。「女の子は見えなかったが、声が聞こえた」

 「へえ」体をねじる運動だ。「聞き覚えのある声かい?」

 「さあ。眠らないとは言え、別に僕は物覚えの良い方ではないから」

 「それはわかる」両足で跳びながら言い出す平和。跳ぶと言うより、上空から崩し落ちるのを繰り返すような光景である。「君は電話するとき相手が布施明と名乗っても信じちゃうタイプだ」

 「僕と電話するような人、そうそういないよ。薔薇より刺々しいから」

 「はっはー。そんな風に、感じてたのかい?」平和がへらへらする。

 「ああ。それが僕の響きだ」微笑しながら答える。「旅立つなんてことは、少年だけに任せば良い。平和を守ることは仮面ライダーに任せると同じ」

 「はっはー」今回はヨーガの動作に変えた。「たまに夢のある話でも言えるんじゃないか」

 「寝言のつもりで言いたかったけれど、そう聞こえない?」

 「寝たことのない君にしては、なかなか上出来だね」

 「いつかは必ず寝ることになるね。目覚めないけど」

 「四十九院」平和の動きが止める。「寝ぼけって、一度体験してみたいなような気持ち、ある?」

 銀色の人間は、一瞬で真っ赤になった。

 

 暑い。蒸し暑い。

 それでも夏を嫌いになれない。外に出なくでも良いから。

 痒い。むず痒い。

 それで夏を嫌いになった。蚊帳の中にいなくちゃいけないから。

 蚊帳は夏の夜に心地良く寝るために用意する寝具であるから、僕には必要ないはずなのに。

 蚊帳の外が常に一番と思ってたのに。

 汗が多い。

 体が重い。

 水が欲しい。

 氷水を。

 その前、冷房のリモコンはどこ?

 あっ、足元か。踏んでる。アクセルペダルでもないのに。

 拾おうとするところ、顔がまず机と接触し、ドカンっと着地した。

 正直に言って、硬い。机も。地面も。

 そして痛い。安全運転の大事さを痛感させる。

 冷房をつけた。それから隣にある冷蔵庫の中からコーラを持ち出し。

 冷たい。凍ったコーラの喉越しは、凍ったクワスの次に好き。気持ち良いものだ。

 ああ。生きるは良いことと思ったことは一度もないが、この時代に生きて良かったと思える。

 パソコンをスリープモードから喚起する。

 機械にスリープ機能をつける発想というのは、人間らしいといえば人間らしいが、それなりの理由がある。再起動するたび消費するエネルギーを節約するのも当然のことだが、使う人間の都合により、つまるところ待つ時間を減らして効率を上げることはその機能をつける一番直接的たる理由だろう。

 お蔭で近頃の機械皆人間っぽくなった。あるいは、スマートに見えるようになった。しかも数多い場合その使い主よりもスマートである。 

 もし、人工知能がスリープできるなら、夢を見えるだろうか。端末、もとい体が機械である場合、電源をつけていない状態は動物の冬眠に近いと言いたいところだが、どうだろう、バックグラウンドでの活動はできない限り、死亡の方がよほど近いと思う。

 死亡は、未知である所以、身が馴染んでいる生よりずっと儚い。

 ふむ。やはり禅問答はほどほどするにことしよう。それより新着したメールがあるらしい。

 差出人は、HIRAWA Manabuというローマ字の表示である。

 タイトルは「無題」である。

 今のところの四つの可能性が想定できる。

 1、本人からのメールではない。すなわち誰かの悪戯である。メールアドレスは本人のとは一致しているから、偽造したのか、あるいは他人に盗用されたというわけである。かなり可能性が高い。

 2、本人からのメールである。その本人は既に不在であるから、事前にメールを送信する時間を指定したわけである。これが今のところ最も可能性の高い推測である。

 3、本人からのメールで、その本人は実に生きているである。つまるところ僕が知っている情報は事実とは全く別物でしかないこと。この可能性について、皆無とは断言できないが、それに近いほど低い。

 4、このサイト自体が偽造したもので、逆にいえば僕が使用していたメールの運営サイトか僕のパソコンかどっちかがハッキングされたということである。どうだろう、今時の若者が使ってる言葉で言うと、微妙だ。今時の若者たちが既に他の言い回しに換えたかもしれないが。

 四つの推測すべて、今ここは現実であるると言う大いなる前提が成立してからの話だが。

 メール正文は一行だけ。

 

 「不条理たる現実と辻褄の合う夢こそが人を生かせるもの」

  

 おかしくない夢はすなわち現実である、と似たような物言いかな。

 ファイルも添付されてる。無題ではなく、カタカナのファイル名がちゃんと付いてる。ユメノキュウサク、と。

 夢野久作?小説家が小説家の伝記を書くなんて一体全体有り得るだろうか。否、小説家なら小説を書くのは当たり前のことだ。

 だとしたら、夢の……9作?それとも旧作?

 

 小説をあとがきや解説から読む習慣はない僕にとって、それはきっと、

 読み終えるまでわからないことだろう。

  

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