第14話 ボディー・ビル
『ボ デ ィ ― ・ ビ ル』 (没14)
高校生までの私は自分の顔も性格も肉体も何一つ、好きなところはなかった。大学生になって漸く自由な時間を持てた私は「自己改造」に乗り出した。顔を変えるには整形しかないが顔にメスを入れるのは怖くて嫌だし、性格も容易に変わるものではない。で結局、私は痩せすぎの体を(M氏も憧れた)強靭な肉体に変えようと決心した。つまり、ボディー・ビルディング。一旦凝りだすと止まらない性分の私は、通学途中に見つけたジムを訪ねる前に本で調べて、外国人(特に黒人)ビルダーの肉体に愕然とした。
恐らくボディー・ビルほど好き嫌いの差が激しいスポーツはないだろう。例えば世界大会で下位から上位に行けばいくほど私は溜め息が長く且つただ目を見張るばかりなのに、嫌いな人には益々嫌悪感を募らせてチャンピオンが最も強烈な誹謗と冷笑を受けるという不条理が起こる。(腹筋と腕立て伏せを連続十回ずつやっただけで精一杯の軟弱男に挑戦できる代物ではない・・と早々にギブアップして、以降の私は外国雑誌で楽しむだけになったけど、私の大好きなシュワちゃんですら歴代チャンピオンの中から選ばれた「最強王者」に比べれば、可愛いものだ・・)
では一体、ボディー・ビルをして何になるのか? 恐らく、何にもならない。言わば、『究極の自己満足!』
三六五日、ウェイト・トレーニングと食事に細心の注意を払って、見栄えのする体を作り上げるのに十年。しかも一度作り上げた肉体を維持するだけでも難しいのに、ビルダーは年齢と共に確実に衰えていく人間の宿命に反抗し続けて、更に自己の肉体を極限にまで鍛え上げる。実は強靭な肉体はそれ以上に強靭な精神の賜物であり、これほど克己を露にするストイックな競技は他になく、彼らが得意のポーズを取りつつ『ニヤリ』とする心情こそ、己を越えた己に惚れるナルシシズムの極みに違いない。そして『ボデビ』は唯一女性に不向きな、男の美学が支配するスポーツで、胸囲が腹囲の二倍もあり、体中の脂肪を取り去って筋肉のすじから血管までもが浮き出た、およそ人間離れした肉体が美しいかどうかは、まさに猥褻の判断に似ている。
飽食と栄養過多の上に文明の利器を使うばかりで殆ど体を動かさない現代人は、肥満が深刻な病の入り口となった。先日受けた検診で私も太り過ぎと言われて少食少飲と運動を勧められたけど、確かに腹の出具合は自分でも不格好と認めざるを得ない。熟慮の末、少食と運動に取り組む事にしたものの今からゲートボールでは寂しいし、ゴルフやウォーキングは性に合わない・・と悩んでいると、子供が置いていったダンベルを見つけた。三十数年前の夢に再挑戦する事で布袋腹が凹み更にオッサンの願望も叶う?となれば、早速明日から、ダンベル総量十キロのセコい『ボディー・ビル』に励むとしよう!
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