第12話 僕も、それと見合った人にならないと

「よし! なら、最初は服屋だね。ここの位置から考えても、あまり移動しなくて済むし」


「う、うん。了解」


 僕達は、彼が勧める服屋に向かった。


「緊張している?」


「かなり」が、本音だった。「こう言うのは、その」


「そうか。でも、すぐに慣れるよ。『自分もこう言う事をして良いんだ』と思えば」


「僕にそんな事、思えるかな?」


「片瀬は、今の自分を変えたいんでしょう?」


「うん」


「なら、大丈夫だよ。片瀬は」


「……うん」


「片瀬」


「なに?」


「本当に素敵な異性は、どんな異性ひとだと思う?」

 

 僕は、その質問に眉をひそめた。


「ごめん、分からない。それは、どう言う人?」


 彼は横目で、僕の反応を見た。


「見栄えの事なんか、すっかり忘れられる人さ。片瀬の彼女もきっと、そう言う女性ひとなんでしょう?」

 

 顔が熱くなった。彼女の事を言い当てられたようで。彼女は、(僕の容姿など気にせず)僕の事を「好きだ」と言ってくれた。こんなにも至らない僕の事を。そして、僕自身が嫌う僕の事を。彼女は裏表無く、愛してくれたのだ。僕に満面の笑みを見せてくれる程に。

 

 僕は、その笑みに応えようと……。


「片瀬?」の声が響く。


 僕は真面目な顔で、自分の正面に向き直った。


「相手の子だけ可愛いなんて不公平だ。僕も、それと見合った人にならないと」


「片瀬」


 彼の笑顔が光った、気がした。


「彼女が君を好きになった理由が、何となく分かった気がするよ」


 僕達は並んで、服屋の中に入った。

 

 それからの時間は、あっと言う間だった。彼のオススメする福屋で色んな服(本当にセンスの良い服)を買い終えると、次は行きつけの美容院(同級生の男子がまさか、こんなオシャレな所に?)に行き、そこのご主人から素晴らしいアドバイスを貰った。


「しょっちゅう気にしているのもアレだが、少しは自分の髪に気を配った方が良い。髪型は、自分の印象を決める大事な要素だ。長髪の子と短髪の子では、印象がぜんぜん違うだろう?」


「は、はい。確かに」


「だから」


 主人は、男性雑誌の頁を見せた。


「『これを真似しろ』とは、言わない。だが今よりはずっと、マシになる筈だ、君くらい年頃は……特に女子は、異性の容姿に厳しい。男子は相手の女子を選ぶ立場だが、女子はそれを選べる立場だ。自然界のそれを見ても分かるだろう?」


「は、はい」


「明日の放課後に来なさい」


「え?」


「本当は休みだが、特別に店を開けてやろう。お代は、通常料金の半額で良い」


 六道君は(嬉しそうに)、僕の横腹を突いた。


「やったな、片瀬」


「う、うん。ありがとうございます」

 

 僕達は主人に頭を下げて、店の中から出て行った。

 

 六道君もとへ……今日の恩人は、僕の事を笑った。


「良かったね、片瀬。あの人に気に入られてさ」


「う、え、そうなの? あの人に? 僕が?」


「そう。ちょっと分かりづらいけどね。でもこれは、相当に期待できるよ。あの人の腕は」


 超一流だし、と、彼は笑った。


「君の彼女も多分」


 の言葉は、最後まで聞かなかった。彼の浮かべた表情、それから「彼女」の部分がどうしても気になって。

 

 僕は両手の袋を握ると、真面目な顔で彼の方に向き直った。


「ねぇ?」


「ん?」


「六道君の彼女って、どんな人?」


 彼の表情が消えた。


「知りたい?」


 の言葉に生唾を呑む。


「い、いや、無理なら別に」


「無理じゃないよ」


「え?」


 彼は、僕の前で立ち止まった。


「無理じゃない。俺も、『話したい』と思っていたから。友達の君に」


「りく」


「片瀬」


 彼はまた、歩き出した。


「これから君の家に行っても良いかな?」


 僕は、その答えに戸惑った。自分の家に「彼」を連れて行けば、彼にあの事を間違いなく知られてしまう。液晶の画面に映る彼女を、そして、「今日の日に僕がスマホを持っていなかった理由わけ」を。それらがすべて、文字通りに知られてしまうのだ。

 

 僕は、彼の目を見つめた。彼の目は、本気だ。本気で、自分の彼女を打ち明けようとしている。僕の信頼を信じるように、その目には確かな信念が宿っていた。


「うん」と、その信念に覚悟を決める。「家の人には、連絡しなくても良いの?」


「……うん。僕の家は、共働きだから。今日も帰りが遅くなる」


「分かった。それじゃ、今夜のご飯も食べて行きなよ。今日の相談に乗ってくれたお礼に」


「片瀬……」


 彼の目が潤んだ。「ありがとう」


 僕達は、僕の家に向かった。

 

 僕は、家の玄関を開けた。「ただいま」と。そして……。母さんが玄関に来たのは、それからすぐの事だった。

 

 母さんは僕の説明を聞くと、嬉しそうな顔で六道君の顔を眺めた。


「そ、そう。進のお友達なのね?」


「はい」と、彼は即答した。「片瀬君にはいつも、お世話になっています」


「え? あ、いや。こちらこそ、お世話になっています」


 母さんは、嬉しそうに笑った。


「晩ご飯、食べて行くんでしょう?」


「え? 良いんですか?(名演技)」


「も、もちろんよ。ダメなわけがないじゃない」


 母さんは「ニコッ」と笑って、家のキッチンに戻った。

 

 六道君は、その背中に苦笑いした。


「君の言った通りだね」


「ごめん……」


 と謝ってから、家の中に彼を導いた。


「さあ、上がって」


「うん、お邪魔します」


 僕は、両手の袋を上げた。


「部屋に荷物を置いてくるから、君は家のダイニングに行って。ダイニングは、廊下を真っ直ぐ言った所にあるから」


「うん」


「彼女の話は、晩ご飯を食べ終わった後に」


「分かった」


 僕は彼女の姿を見送ると、自分の部屋に荷物を持って行き、それから家のダイニングに行って、六道君と今日の夕食を食べ始めた。


 それを食べ終えたのは、夜の七時頃だった。

 

 僕は、自分の部屋に彼を案内した。


「ここが僕の部屋だよ」


「ふーん」


 彼は、部屋の中を見渡した。


「良い部屋だね。机のパソコンも」


 彼の声が止まった。


 彼はパソコンの画面に驚くと、真面目な顔で僕の視線を戻した。


「片瀬は、こう言うのが好きなのかい?」


「うん」と、即答する僕。「好きだよ。と言うか」


 僕は、画面の彼女を撫でた。


「この子がその、『彼女』なんだけど」


「え?」からの絶句。


 彼は、画面の彼女をまじまじと見た。


「まさか! 二次元の絵が、片瀬の」


「『彼女なんて』と思ったでしょう? だけど」


 画面の彼女に視線を戻す。


「ありがとう、理穂子さん。もう良いよ」


「はい」と、彼女は答えた。「分かりました」


 彼は、その声に驚いた。


「画面の少女が喋った。って、片瀬」


「うん?」


「彼女は……その、何かのゲームなの? プレイヤーの声に応える。彼女は」


「理穂子さんは、ゲームのキャラクターじゃない」


「なら? 人間の声に応えるなんて。ゲームのプログラムしかあり得ないよ!」


 彼は、画面の彼女を指差そうとした。だが、「現実的な思考ね。でも、分からなくはないわ。最初の片瀬君も、君と同じような感じだったし」


 天道寺の声が、それを許さなかった。


 彼女は彼の同様に微笑むと、楽しげな顔で外の彼に手を振った。「今晩は」


 こころちゃんも、外の彼に手を振った。「こんばんは!」


 六道君は、二人の挨拶に固まった。


「か、片瀬、君は」


 僕の顔を恐る恐る見る。


「一体、何者なの?」


 僕は、彼の反応に微笑んだ。


「僕は、片瀬進だよ。六道君と同じ学校に通っている」


 僕は、ベッドの上に彼を座らせた。


「何から聞きたい?」


「『何から』って? それは……。片瀬」


「ん?」


「これは……その、現実なのか? 二次元のキャラが、人の声に応えるなんて」


 僕は、彼の隣に座った。


「最初は、僕も信じられなかったよ。二次元のキャラにまさか、『自我』が宿るなんて。自分の頭がどうなかったのかと思った。でも」


「でも?」


「騙される事にしたんだよ。この現象に、僕は。彼女達は、『現実の中に存在している』と。そして」


「今の瞬間も、『紛れもない現実である』と?」


「うん」


 彼は、部屋の床に目を落とした。


「う、ううう」


「大丈夫?」


「うん」の声は、無かった。その代わり「ごめん」と言って、僕の目から視線を逸らした。


 僕は、彼の言葉を待った。一分、二分、三分と。彼が僕に視線を向けたのは、理穂子さんがその反応に眉を上げた時だった。


 彼は僕の目を見つめると、穏やかな顔でパソコンの画面に視線を移した。


「君が僕に相談した理由は……つまり、こう言う事だったんだね? 彼女のために自分が変わろうと」


「うん、そうだよ。君の言う通り」


 僕は、画面の彼女に視線を移した。


「変かな?」


 彼は、僕の質問に答えなかった。


「変わってどうするつもりだったの?」


「え?」


「彼女は、二次元のキャラじゃないか? たとえ……その、仮に自我があったとしても。二次元のキャラは、現実の君とは付き合えない。ましやて」


「六道君の言いたい事は分かる。けど!」


 僕は、パソコンの画面に触れた。


「彼女は、とても大切な人だ。僕にとって、だから」


 自分の事を変えようと思った。


「彼女に見合った自分になるために」


「進くん」


 彼女は、僕に頬笑んだ。


「あなたは十分、今のままでも素敵ですよ? わたしからすれば」


「理穂子さん」


 天道寺は(何故か)、悪戯っぽく笑った。


「ふーん、なるほど。だから、今日は」


「すごく元気だったんだね? あんたに早くからお出かけするくらい」


 こころちゃんは、残念そうに唸った。


「ワタシも、スーちゃんと一緒にお出かけしたかったなぁ!」

 

 僕は、彼女の不満に苦笑した。


「ごめんね、こころちゃん。また、今度」


「え? 一緒にお出かけしてくれるの?」


「う、うん。でも、その前に」


「え?」と、理穂子さんは驚いた。「進くん?」


「理穂子さん」


「は、はい!」


「来週の日曜日で良いんです。僕と」


 僕は、胸の緊張を何とか抑えた。


「デートして下さい」


 部屋の中が静かになった。画面の彼女はもちろん、他の人達もまったく話そうとしない。すべてが、沈黙に包まれている。まるで僕の胸を締め付けるように、その呼吸さえも鮮明に聞えてきた。


 僕は不安な顔で、画面の彼女を見つめた。


「理穂子、さん?」


 彼女は、僕の声に応えなかった。


「デート、デート、進くんとデート、来週の日曜日に二人きりで……」


「理穂子さん?」


「進くん!」


 彼女の目が(若干、泣いている?)光った。


「喜んでお受け致します!」


「ホント!」


 僕は、その返事に思わず立ち上がった。それに合わせて、こころちゃんの声。


 こころちゃんは、外の僕に叫んだ。


「えぇえええ、理穂子さんばっかりずるい! ワタシも行くぅ!」


 彼女は画面の中でしばらく暴れたが(と言っても、軽い感じに)、天道寺から「こころちゃん」と呼ばれると、不服そうな顔で「それ」を引っ込めた。


 天道寺さんは、彼女の気持ちをなだめた。


「こころちゃんの気持ちも分かるわ。あたしだって、彼と一緒に……ゴホン。ここは『大人の余裕』と言う事で、彼女に今回のデートを譲りましょう」


「う、ううう、でも! うっ、ワタシはまだ、『子ども』なのにぃ」


 僕は、二人に謝った。


「ごめん、二人とも」


 六道君は、僕の肩に手を乗せた。


「凄いね」


「え? あ、うん、本当に。彼女達は」


「凄いのは、片瀬の方だよ」


「え?」


 彼は、僕の肩から手を退けた。


「こんなに素敵な女性ひと達に囲まれたんじゃ、現実の女性に興味を持たないのも『無理はないな』て。しかも堂々と、俺の前で告白しているし。普通の俺には、とてもできないよ。こんな公開告白みたいな事は、『彼女』に」


 彼の顔が暗くなった。


 天道寺さんは、その顔に眉を寄せた。


「君も誰かに告白した事があるの?」


 彼は、その質問に驚いた。


「ええ、まあ、その……貴女は?」


「あたし? あたしは、天道寺秋音」


「ワタシは、富田こころだよ!」


 理穂子さんは、彼に微笑んだ。


「わたしは、幕内理穂子です」


「天道寺秋音、富田こころ、幕内理穂子」


 彼は、何やら考えた。


「ごめんなさい。俺、二次元にはあまり詳しくなくて。貴女達の事は」


「気にしなくていいわ。世間の人が全員、あたし達の事を知っているわけじゃないし。知らない人には、当然知られていない。君はただ、『そっち側の人だった』と言うだけよ」


「天道寺さん」


 彼は、スマホの彼女に頭を下げた。「すみません」


 こころちゃんは(嬉しそうな顔で)、彼に話しかけた。


「ねぇねぇ! あなたには、『彼女』がいるの?」


「え?」


 理穂子さんは、彼の反応に微笑んだ。


「さっきの言葉を聞く限り、『告白はした事がある』と。その相手は」


「現実の女の子なんでしょう?」


 六道君は、天道寺の質問に眉を寄せた。


「それはもちろん、現実の女の子です。生身の体を持った、生命いのちのある女の子。彼女は……。片瀬」


「なに?」


「あの事は当然、覚えているよね?」


「う、うん。それは、もちろん」


「なら、今から『それ』を話す。彼女は」


 彼は、僕達の顔を見渡した。


「彼女は僕の、初恋の女子ひとだった」


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