第3話 少女の声?
女子達の会話が止まったのは、それからすぐの事だった。女子達は「ある男子生徒の声(と言うか、注意)」を聞くと、今までの興奮を忘れて、子犬のように大人しくなった。
男子生徒は、教室の女子達(特に騒いでいた)を見渡した。
「告白って、すごく勇気の要る事だと思うんだよね? 特に『自分が不細工だ』と思っている人には。君達も、男の人に告白するんでしょう?」
「そ、それは」
「不安な気持ちは、誰だって同じ。もちろん、『俺』も。他人の告白をそんな風に笑うのは、人として『ちょっとどうか?』と思うな」
女子達の顔が赤くなった。 彼の笑顔にときめいたからではなく、女子グループのリーダー(「
「ごめんなさい」
彼は「ニコッ」と笑って、自分の席に戻った。
男子達は、彼の姿を見つめた。文字通りの「嫉妬」を抱いて。だがその大半は、「尊敬の目」で埋め尽くされていた。「自分には、絶対にできない」と言う、あの……。男子達は、互いの顔を見合った。
「
「流石は、学年一のイケメン」
「はっ! やっぱり、イケメンは違うわ。女子へのウケがまるで違う」
「だな」
「俺らじゃ、返り討ちにされちゃうからね。もっと悪けりゃ、フルボッコ?」
「あーあ。俺も、イケメンに生まれちゃ良かったな」
男子達は、自分の容姿を嘆いた。
僕は、その態度に苛立った。確かに僕も、彼らの言うように「イケメン」ではない。それどころか、「フツメン」に入るのかどうかさえ怪しかった。髪の色は、パッとしない黒。瞳の色も、普通の茶色に染まっている。身長は、平均とだいたい同じ程度。体型の方は……この前にやった身体測定では、平均よりも少し痩せていた。
服のセンスは、文字通りのゼロ。コンビニで男子高生が読んでいたファッション雑誌を読んでみても……確かに「格好いい」とは思ったが、「自分もそれを着てみたい」とは思わなかったし、また同時に「それを着たら格好良くなれる」とも思わなかった。
モテない、冴えない、目立たない、の三拍子が揃った男子中学生。
その現実こそが僕、片瀬進の初期設定だった。初期設定の低い者は、どう頑張っても「上」には上がれない。「上」に上がれるのは、最初から初期設定に恵まれた者、彼のような「美形」と呼ばれる人種だけだった。
美形の彼は、何をやっても許される。それがたとえ、どんなに悪い事であっても。周りの異性達は、「格好いい」の一言で済ませてしまうのだ。被害者側の気持ちなど知らず、知っていても「アンタは、格好良くないじゃん?」と言う風に。
僕は、その価値観が死ぬほど嫌いだった。
放課後のチャイムが鳴った。
僕は何処にも寄らず(本当は「部活」か「委員会」のいずれかに行かなければならなかったが、一年生の時に部活はおろか、部活の入部届すらも出し忘れていたので、二年生になった今でも、「帰宅部」の生活を続けていた)、自分の家に帰った。
「ただいま」
母さんは、僕の前に立った。
「お昼ご飯は、どうしたの?」
「コンビニで買ったよ? 百十ちょっとのメロンパン」
「そう……。足りたの? それで」
「うん。僕は、運動部じゃないからね。昼休みの時は、学校の図書室にいる」
「ふーん、学校の図書室に」
「そう」
「図書室では、何の本を読んでいるの?」
「うーん。基本は、ライトノベルかな? 図書室にもラノベはあるし」
「ラノベ……」
母さんの目が潤んだ。
「ラノベって、あの……女の子の絵が描いてある本よね?」
「う、うん、基本は。図書室にあるのは、真面目なヤツだけど」
「進」
母さんは、僕の手を握った。
「やっぱり、二次元の方が好きなの?」
僕は、母さんの目を見つめた。
「三次元の女は、冷たいからね。やっぱり」
「三次元の女性にも、優しい人はいるわ!」
「母さん」
僕は、母さんの手を払った。
「母さんは僕の事、ホストか何かにしたいの?」
「え?」
「周りの女子からキャーキャー言われて、くっ! 母さんの言う事は、結局そう言う事じゃないか? 少女漫画の王子様じゃあるまいし」
「進……」
「僕は、女のために生きているんじゃない」
息の乱れを整えた。
「ごめん。俺、部屋に行くよ」
「あ! ちょっと! 進」
僕は、自分の部屋に行った。母さんの声から逃げるように。僕は部屋の中に入ると、憂鬱な顔で机のパソコンを開いた。パソコンの画面には(今日も)、彼女の笑顔が映っている。僕の心を癒すように、その瞳を綺麗に光らせていた。
僕は、画面の彼女に触れた。
「理穂子さんは、僕の気持ちを分かってくれるよね?」
彼女は、僕の声に応えなかった。もう一度、「理穂子さん」と言っても。僕は、彼女の無言に俯いた。
「君はどうして」
二次元の世界に生まれたんだ? 天道寺さんも、こころちゃんも、どうして?
僕は、両目の涙を拭った。
「僕も、二次元の世界に生まれたかったな」
僕はパソコンの画面から離れて、ベッドの上に寝そべった。
それからの事は、よく覚えていない。夜の七時頃に父さんが帰ってきて。父さんは、僕の顔を見なかった。自分の服に着替えると、テーブルの椅子を引いて、今夜の夕食を食べはじめる。そして、その後は無言だ。テレビの芸人達が騒いでも、まったく喋らない。ずっと沈黙を保ちつづけている。母さんは、そんな父さんに……これもよく覚えていないな。何やら話していたけど、父さんが溜め息をついた瞬間、その声をすぐに引っ込めてしまった。母さんは、父さんの態度に俯いた。
僕は、自分の食器を片づけた。箸は所定の場所に、皿や器は食器棚の中に。僕は食器棚の戸を閉めると、何時くらいだったかな? とにかく、風呂に入った。風呂の温度が丁度良かった事は、覚えている。風呂は、僕にとって「癒やし」の時間だから。その記憶を忘れるわけがなかった。
僕は風呂から上がると、明日の準備を終わらせて、毛布の中に勢いよく潜り込んだ。毛布の中は、温かかった。風呂上がりの熱と相まって、両目の瞼が重くなる程に。僕は、その感覚にぼうっとした。
心地よい夢は、いつだって最高の瞬間に裏切られる。
僕は、その夢に追い出された。せっかく良い所まで行ったのに。僕が最高の選択肢を選んだ瞬間、その未来をすっかり失って。
僕は、ベッドの上から身体を起こした。
「くわぁあああ、うん」
朝か。窓のカーテンは、閉まっているけれど。その表面には、朝日が当たっている。僕は、学校の制服に着替えようとしたが……。
「ふぇ?」
僕は、その声に驚いた。「おはようございます」と言う声に。僕は、パソコンの画面に目をやった。パソコンの画面には……「あれ?」
僕は、画面の前に近づいた。
「おかしいな」
昨日はちゃんと、消した筈なのに。僕は、パソコンの画面に恐る恐る触れた。
と、「きゃっ」
パソコンの画面から、少女の声?
僕は、パソコンの画面をまじまじと見た。
「あ、あの」と、また少女の声。彼女の声は、パソコンのスピーカーから聞こえてきた。生音再生とか言う、最新のオーディオ機能を備えたスピーカーから。
僕は、そのサウンドに震え上がった。
「き、君は?」
「あまり見ないで下さい。その、ドキドキしちゃうから」
「ご、ごめん」
少女は、僕に微笑んだ。
「おはよう、進くん」
彼女の声に震えた。彼女が浮かべる
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