こい

木下瞳子

1 ひだまり


 人生のいちばん最初の記憶から、私は春之が好きだった。

 あれは夜宮の帰り道。暗い道のところどころに赤い提灯の灯りが浮かんでいて、まるで自分もふわふわと漂っている気分だったから、多分そうだと思う。

 中年太りでふかふかの父のものとは違う、固い筋肉質の背中の上に私はいた。身じろぎすると、青いシャツの襟とやわらかい髪の毛が頬を撫でる。

 夢と幻のあわいでまどろみながら、私は「この人がとても好きだな」と思っていた。いや、あの時はまだ「好き」なんて言葉も知らなくて、ただそういう特別な気持ちを夜宮の非日常感と一緒に感じていただけ。

 起きていることがバレたら背中から降ろされてしまう気がして、話しかけたい気持ちを必死で抑えながら、じっと目を閉じて揺られていた。春之の歩調と同じ速さで、提灯の光が眼裏まなうらを通り過ぎていく。

 あれは一体何歳の記憶だろう。四歳か三歳か、もっと下だろうか。とにかくそれ以前の記憶はないほど小さなときの話。

 あの気持ちを“恋”なんて言ったら、きっとみんな笑う。三歳の子が同じことを言ったら、私だって笑うだろう。だけどその“芽”は確かに存在していた。

 そのことを私はその後何年もかけて自覚していくことになる。


 ◇


 春之は私の父のいとこの子だったか、いとこの奥さんの弟の子だったか、とにかく“遠縁”としか言い様のない家の一人息子だ。それでも春之のお父さんが本家の伯父さんと仲が良く、血縁以上に親しい付き合いをしていた関係で、盆正月を始めとする親戚の集まりには必ず参加していた。

 私より十八歳も年上の春之。だから私の記憶にある春之は、あの夜宮のときでもすでに大学生で、一人暮らしをしながら隣県の国立大学に通っていた。

 今になって考えると、大学生にもなって、親戚の集まりにマメに参加しているなんて珍しいことだと思う。実際に他の家の子どもたちは、葬儀や結婚式など大きな冠婚葬祭行事以外、あまり本家に来ていなかった。

 中学生や高校生はそれなりに忙しい。十歳離れた私の兄も、部活だなんだと理由をつけて参加しないことが多く、私は両親に連れられて、いつもひとりで本家の大人に混じっていた。

 そんな中だから、春之は大学生ながら“子ども”というポジションに置かれていたようだ。みんなから「春之」と呼ばれてかわいがられていた。だから自然と私も「はるゆき」と悪気なく呼び捨てするようになったのだ。


 ◇


 本家以外で春之と顔を合わせることは稀だったけれど、一度だけ一緒に近くの公園に行ったことがある。狭いし雑草がボウボウに育っているようなところで、遊具と呼べるのは錆びた滑り台のみ。だけど珍しく砂場があった。

 今だったら問題になるだろうけど、管理の悪いその砂場の中には、たくさんのガラス片が落ちていた。砂に削られて角が取れ、りガラスのように曇った欠片は、水で濡れたときだけ透明に輝いた。

 幼い私にとって、それはもう魔法でしかない。ほとんどは白でたまに薄い青や緑。元々が割れたビンか何かだなんて考えもつかず、私は大喜びでその宝石を集めた。


「はい。あったよ」


 キャアキャア騒ぐ私の声を黙って聞きながら、春之も一緒に探してくれた。春之の大きくて太い指で摘ままれた欠片は、一層特別なものに思えた。

 あらかたガラス片を集め終えると、今度は砂を全部使って大きな滑り台を作りたいと言った。春之はやっぱり黙々と砂を集め、借りてきたバケツに水を汲んで、ペタペタと固めながら滑り台を作ってくれた。おかげで高く積み上げた山の頂点から、ぐるりとカーブを描きながら下へ続く、とても立派な滑り台ができた。


「ねえねえ春之、水を流してみて! いっぱいいっぱい流してね!」


 このカーブを水が流れるところを見てみたいと思った。川のように流れる様を想像して、私はすでに嬉しくなっていた。

 きっと春之はその結果がどうなるのかわかっていたと思う。それでも何も言わず、水を汲んできて流してくれた。

 水は、カーブを描くことなく頂点から一気に滑り台を崩した。あんなに何度も手でたたいて丈夫に作ったのに、あまりにあっけない姿だった。

 私は大きな声をあげて泣いた。とてもショックだったせいで、その後のことはあまり覚えていない。大事に大事に集めたガラス片も、多分置いてきてしまったのだろう。困った顔の春之だけ、はっきりと覚えている。

 春之と出かけたのは、背負われた夜宮のときと、あの公園。それから、あと一度だけだ。


 ◇


 春之は口数が少なく、穏やかに笑っていることが多かった。親戚の宴会でもお酒は形ばかり口をつける程度で、酔っぱらう姿は見たことがない。真っ赤な顔をして怒鳴るように話す男たちの中にあって、私から見ると十分に大人である春之の存在は、とても浮いて見えた。

 大人の会話について行けず相手もしてもらえないので、私は宴会場となっているリビングから襖ひとつ隔てた隣室で、ぽつんと遊んでいることが多かった。そこは客間として使われている八畳間で、庭につづく大きな窓と布団がしまわれている押入以外は何もない。

 私はいつも窓辺に小さく座って、差し込む光の中でぼんやり外を眺めていた。そうしていれば、いつの間にか宴会を抜け出した春之が隣に座ってくれることを知っていたからだ。私はそうして、いつも春之を待っていた。


「今日はあったかいね」


 小学校一年生か二年生の頃。やっぱり私は春之と並んで客間の陽だまりの中にいた。隣に座っていながら決して自分から口を開かない春之に、私はいつも同じようなことを言った。


「そうだね」


 春之の言葉もいつも同じ。会話を広げていこうという意志の感じられない、至極簡素なものだった。

 春之からは少しだけアルコールの匂いがした。あれはビールだったのか、日本酒だったのか。今ならわかると思うけれど、幼い私にはすべて同じ「おさけのにおい」。父からするその匂いはとても嫌いなのに、春之だったら平気だった。お花の匂いがするわけでも、甘いお菓子の匂いがするわけでもないのに、春之の匂いは無条件で大好きだったから。それをひっそりと確認しながら、私は話題を探した。


「昨日学校で習字をやったんだけどね、ひらがなが一番難しいって先生が言ったの。私の名前『あい』だからひらがなばっかりで損した気分」

「そうかな? かわいい名前だと思うよ」


 春之は特別感情が込められた風でもなくそう言った。「かわいい名前だ」と。自分の名前は好きでも嫌いでもないけれど、「損した気分」だと言えば春之はきっと褒めてくれると思った。それが聞きたくてわざと言ったのだ。


「『春之』って右払いが多くて嫌だね。私、右払いがうまく書けないんだ。もっと違う名前ならよかったのにね」


 本当は春之は「春之」以外であっては嫌だ。右払いなんてどうでもいい。だけど、子どもだった私はあえてマイナスの言葉をぶつける以外にコミュニケーションの取り方が思いつかなかった。


「そうだね」


 春之は色味のない声でそう答えた。自分で言っておいて、私は春之を怒らせてしまったのではないかと急に不安になってきた。


「でも『水沢』って名字はすごく好きだよ! 『藤嶋』なんて書けないし、私も『水沢』がよかった」


 何かフォローしなければいけないと思って、必死に考えてそう言った。


「右払い多いけどいいの?」


 言葉の矛盾を容赦なく指摘されて、私は「あ」と恥ずかしくなってしまった。


「……これからいっぱい練習して書けるようになるからいい」

「そっか。頑張ってね」


 やっぱり口調は無機質だったけれど、春之は少し口角を上げて、ポンッと私の頭を撫でた。

 たったそれだけで、私は有頂天になってしまった。だから私は思いつく限り自分が楽しかった話を春之にし続けた。学校で起こったささいな笑い話、先生の失敗、男子がどれほどバカなのかということ。お母さんの手抜き料理の話とアニメの話で私自身の話題はすっかり尽きてしまって、友達から聞いた話にも手を出した。それでも口達者ではない私では長く続かず、話題をもたせるためにどんどん創作していく。学校行事はやたらと増え、ハワイに一度だけ行ったミカちゃんは、フランスとインドと中国にも行ったことになっていた。

 春之にとっては何一つ楽しい話題ではなかっただろう。「へえ」「そっか」「すごいね」春之の発した単語は、きっと片手で足りるほど少なかったと思う。それでも私は満足だった。少ない言葉の中に、他の大人から向けられるような見下ろした感じがしなかったから。

 話題に困ってただの妄想になってしまっても、春之は同じように話を聞いてくれた。「へえ」「そっか」の中に「子どもだな」「無知だな」「飽きたな」という負の感情は少しも入っていなかった。だから私はひたすら話し続けた。友達といれば聞いている方が多いくらいの私なのに。

 話してさえいれば、春之はずっと隣にいてくれる。ずっと隣にいてほしい。

 ただそれだけだった。

 窓の外には柿の木が一本と伯母さんがやっている家庭菜園、ガーデニングと呼ぶには雑然とした花々が賑やかに広がっている。

 春之とあんな風に一緒にいるのはよくあったことで、その季節は様々だったはずだ。それなのにあの時間を思い出すとき、私の中にはいつも秋のおだやかな日が広がる。日差しはあたたかいけれど強くなく、外を吹く冷たい風は室内にいる私たちには届かない。一年に数日あるかないかという、短く貴重な小春日和。

 それは事実ではなく、春之に対する私の印象なのかもしれない。

 太陽の光が窓で区切られて、フローリングの上に平行四辺形の陽だまりを作る。その中には私と春之のふたりだけ。春之のやわらかい髪の毛は日の光を受けて、雪を待つ原っぱのような、ミルクを多めに溶かしたコーヒーのようなふんわりとした色をしている。猫背のシルエットも、少し目を伏せた横顔も、どこか輪郭がぼんやりとまるく見える。

 現実感の薄いその光景を見て自分の手に視線を落とすと、春之を包むものと同じ光の中に私もいた。

 ━━━━━まるで、世界にふたりだけみたい。

 世界がこのまま本当に切り取られたらいいのに、と私は思っていた。実際はキッチンから母やおばさんたちの話し声と食器のぶつかる音が聞こえるし、リビングの方からは酔っぱらった男たちの遠慮のない笑い声がする。切り取られた世界など私の妄想で錯覚。だけどそのささいな錯覚ひとつで、私はバカみたいに幸せになれた。

 私は「ずっとこうして生きていきたい」と思っていた。当時はそんな明確な感情は自覚していなかったけれど、今振り返るとそう思う。

 私の必死の創作話は、部屋が暗くなり少し気温が下がって、


「あんたたち! もうー、こんな寒いところにいて。風邪ひくからこっちに来なさい!」


 とおばさんに邪魔されるまで、ずっと続いた。


 『水沢』になるのは私ではない、と突き付けられる、ずっと前のことだ。








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