憧れの兄上

くにゆみ

第1話


「僕も大きくなったら兄上のような立派な騎士になりたいです!」



そう願っていたのは10歳の頃。

兄上のようにかっこいい騎士に、と淡い夢を抱いていたが、低身長で筋肉もない、体力も力も平均以下の僕は直ぐに現実を受け止めた。


6歳年上の兄上は、国に仕える騎士団に入団し、今までは副団長と言う立場で立派に働いているらしい。“らしい”と言うのは、兄上に会える機会が減ったからである。月に一度は家に顔を見せていた兄上だったが、頻度が徐々に減っていった。今では兄上の事を噂でちょくちょく聞く程度だ。


「兄上、もう五ヶ月も会ってない……」

「いいじゃないの、フェルは役所勤め出来るんだから。もうすぐ会えるわよ」

「はい、とても楽しみです」


母上が僕の頭を撫でながらそう言った。

18になった僕はようやく兄上の近くで働ける職を得た。16で成人と見なされるこの国で、僕は今まで飲食店で接客の仕事をしていたが、半年に1度募集される騎士団に関しての書類や受付を行う役所の役員に選ばれたのだ。募集される度にしつこく応募していたら4回目でやっと通った。


「あんたはちゃんと帰ってくるのよ?」

「もちろんです! 僕はここが大好きなので出来れば毎日帰ってきたいくらいなんですから」

「アレンと違って、フェルは本当に可愛い子だねぇ」


僕は少しムッと頬を膨らます。18の成人男子なのに可愛い、と言われるのはあまり嬉しくない。





「本日からここで働かせてもらう、フェル・ロルードです」


よろしくお願いします、と深く礼をする。4時間かけて国の中心部へ向かい、仕事場である騎士役所にたどり着いた。近くに騎士団本拠地があるせいか、もうすぐ兄上に会えると期待で胸が高鳴っている。

ある程度の仕事内容と、場所の案内をしてもらい本日の僕の初日は終了となった。役員寮の部屋に少ない荷物を置き、真隣にある騎士団寮へ足を向けた。

何点か注意事項を聞かされたが、騎士団寮へ入ってはいけない、なんて言われなかったからいいよね。


「すみません。少しお尋ねしたいことがあるのですが、今大丈夫ですか?」


寮に入ろうとしていたガタイのいい、強そうな騎士に話しかける。


「なんだ?今夜の相手でも探してんのか?……なんてな」

「アレン・ロルードに会いたいのですが……」

「アレン?あぁ……副団長なら今日はもう違う相手がいるらしいぞ」

「?……違う相手?」


意味が分からず首をかしげている僕に、騎士の人は腰に手を回し引き寄せてくる。突然の事でビックリして腕で突っ張るが力の差は凄まじく、突っ張った腕は意味をなくしていた。


「今夜の相手がいなくて寂しいなら、俺が慰めてやろうか?」

「どういう、意味ですか?」

「とぼけんなよ、副団長の所に来るのはみんなそっちが目当てなんだろ?」


訳が分からぬまま僕は寮の中へと連れられた。親切に兄上の部屋まで送ってくれる訳でもなさそうだが、この人は何がしたいんだろうか。


「おいルーカス、お前裏切りか?そんな可愛い子連れて……」

「そんなゴリラより俺にしとこーよ」


僕がここで異質だからか、寮の広くなったホール部分を通る際にいろんな人が話しかけてくる。


「あ、あの、僕やっぱり帰ります」


何となく周囲の目が怖くて、また後日に兄上を訪ねようと弱々しく声を上げた。


「おいおい、今更は困るぜ」

「ルーカスが嫌ならオレはどうだ?」

「ゴリラはやっぱり嫌だよな」


周りがざわざわとうるさくなる。

兄上に会えないなら帰りたいのに、帰れそうにない。どうしよう。


すると、ざわざわとしていた廊下がピタリと静かになった。


「騒がしいぞ、何をしているんだ」


今は少しの怒りが篭っているが、僕の大好きな声だ。ぱっと顔を上げると、そこには兄上がいた。五ヵ月ぶりの兄上、見る度にかっこよくなって言っている気がする。


「兄上っ!!」


ルーカスと言われた男は僕の言葉を聞くと素早く腰に回っていた腕を解いた。兄上に駆け寄ると、驚いた顔をした兄上が緩く微笑みいつもの様に頭を撫でてくれた。知らない場所で緊張していた心が落ち着き、次第に兄上に会えた喜びが胸を満たした。


「フェル?……どうしてここに?」

「本日より役所へ勤めることになりました。僕に騎士は向いていませんでしたが、少しでも兄上の近くに行きたかったんです」

「そうか……」


喜ばれる、そう信じ切っていたが兄上の表情は少し曇っていた。


「副団長……、全然似てないけどその子は、弟さん……なんすか?」


兄上は深い紺色の髪と瞳をしているけど、僕は金髪碧眼だ。顔つきも体つきも似ていない。


「フェル・ロルード、血の繋がりは無いものの大切な弟だ。だから、フェルには何も手出しするなよ」


そう、僕は兄上と血が繋がっていない。僕は幼い頃に両親を無くし、短い間だったけどストリートチルドレンだった。そしていつだったか浮浪者に襲われていたのを兄上に助けてもらい、家族にまで迎え入れてくれたのだ。


「何か嫌なことはされなかったか?」

「大丈夫です」

「ならいい。寮まで送っていくよ」

「もう、お別れですか……?」

「近いんだから、直ぐに会えるだろう?」


僕は渋々納得して寮まで送って貰うことにした。こんな近い所にある役所の寮まで送ってもらわなくても良かったが、兄上が役所の方に挨拶をすると言うので大人しく従った。


「仕事は出来そうか?」

「はい、必ずや役に立ってみせます」

「いい心持ちだ。何か困ったことや嫌なことがあれば直ぐに言えよ?あと、知らない人や、身体をよく触ってくる人にはついて行くなよ、絶対に」

「はい、絶対について行きません!」


もう18なのに、子ども扱いをしてくる兄上。けれどこうやって会話できるだけで嬉しいと感じる。





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