第16話
遠足が終わり一週間が経たないうちに、習い事が始まった。
習い事はピアノ、水泳、生け花と三種あるが、どれも自宅で行うことになった。
講師達を招く形である。
習い事と言えば自分達で赴く、と言う認識しかなかったので少しビックリしたが、お金持ちの間ではこれは常識らしい。
ここ本当に日本だよな?海外じゃないよな?
あまりに庶民な前世で経験してきた常識とはかけ離れすぎていたものだから、思わずそう思ってしまった。
いやマジで。……お金持ちスゲーな。
習い事の内容はこんな感じで。
ピアノは正しい座り方と手の置き方練習。
水泳は水の中で目を開く練習。
生け花は正座の練習。
などなど、本当に基礎中の基礎を教わっている。
中には思わず「こんなことも教えるんですか?」と言ってしまいそうな些細なことまで、様々なことを教えられた。
だが、教え方はとても細かく丁寧で、講師の目は真剣そのものだった。
本気で俺達に自分の全てを教えようとしているのだろう。
指導と共にそんな思いがビシビシと伝わってきた。
先生が真摯に向き合ってくれたからか。
習い事は週に六日で大変だったが、辞めたいとは一度も思わなかった。
又、姉妹達もそんな不満を言い出さなかった。
それから三ヶ月が経ち、ようやくそれらしい練習が始まった頃。
一学期が終わり、夏休みを迎えた。
小学生の夏休みと言えば宿題が多く、中でも自由研究が特に大変だった覚えしかないのだが、白雪学院には自由研究どころか、そもそも夏休みの宿題と言うものがなかった。
理由は簡明で、無駄だから、とのこと。
習い事を優先して宿題は業者に任せる人が続出&苦情も何件も入っていたため、数年前からそういう仕様になったとか。
これは嬉しい。ゴロゴロする時間が増える!
と、夏休み始まる前は考えていたのだが……実際は違った。
ダンダンダン!
自室の扉が激しくノックされ、元気な声が聞こえてくる。
「夕ちゃん、あそぼ~!」
結論から先に言うと、ゴロゴロする時間は増えなかった。むしろ減った。
俺は、宿題と言う障害物が消えた小学生の遊びたい欲を侮っていた……。
毎日のように繰り返される遊びの誘い。
断っても、彼女らは諦めると言う文字を知らないのか、何度も呪詛のように口説いてくる。
しかも、いつまで経っても部屋の前から移動しないので、結局、俺から折れてしまう。
「もう、毎日のように俺の部屋に来るのはやめろ―――よな…………」
今日も説得負けして、はぁ、と深くため息。
やれやれと扉を開けると、見慣れた三人の顔だけでなく、母の顔があった。
……聞かれた?
俺は普段、両親と話すときは一人称を「私」にして話している。「俺」と称したら怒られることが目に見えているからだ。
しかし、それが今。
「夕立?その素敵な一人称は何なのかしら?」
バレてしまった。
母がにっこりと笑う。
……。
何て言い訳したらいいのだろう。
何のことでしょうか?と誤魔化すべきか。それとも冗談で使ってみたのです、みたいに言うか。
「あれ? お母様聞いたことなかったの? 大体夕ちゃん、いつも俺って言ってるよ。ねー、皆?」
「うん言ってるわね」
「言ってるね」
思わぬところに伏兵がいた。
「あのお母さん……これは……」
「夏休みの間にその一人称を直しましょうね?ね、夕立?」
「あのえっと……」
「ね?」
「あ、はい…………」
有無を言わせぬその眼力に負けて頷いてしまった。
ゴロゴロする時間が完全に消え失せた瞬間だった。
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