第4話 家

 オネェが消えてから、再びノアールになって起伏に富んだ野原と森の中間みたいなところを歩いている。話からしてどこかに家があるはず……、どこだよ!


 装備は初期装備、荷物がないので当然飯もない。ノアールの見た目で腹をすかせて彷徨うってなかなかギャップが激しいんじゃなかろうか。まあ、ゲームと違って表情があるからクール系は崩れてるかな。


なんちゃらウサギやら蛇やら、いっそ食える系の敵が出てくれた方が良かったと思い始めた時、木々の間にようやく屋根らしきものが見えた。


広いよ、神域!


 近づくとオネェの言った通り家があった。石と木でできた大きな板葺いたぶき屋根の家だ。家の角には井戸が見える。


 入口を入ってすぐは黒っぽい土が固められている土間だった。隅が一部石敷きになっていて魔法陣っぽいものが描かれている、そこだけ豪華な感じがしてすごく浮いている。


 うん、その石敷きの前に無造作に金貨が山になってるんだけど。手のひらくらいデカイものから十円玉サイズまで。


 なんで土間なんかに直置きなのか、鍵もないのに。まあ俺しかいないんだけど。


 金貨銀貨銅貨みたいなイメージだったんだけど、金貨と銀貨で大きさと模様が違うのが数種類。やばい、覚えられる自信ない。


 取り敢えず一種類ずつポケットに入れとこう。わからないけど小さいやつがきっと小銭だよな? これは多めに。……財布が欲しい。やたら重いしポケットがやばい。


 石敷きの魔法陣、これはあれだ、この箱庭から出る転移的な何かの気配。いきなり転移しても困るし後に回そう。


 土間には右手に戸のついた小部屋と一部壁のない小部屋、正面には多分居間なのだろう暖炉のある板の間、左は台所。


台所にはかまどが二箇所、一箇所はでかい中華鍋っぽい感じの鉄鍋がハマっていて隣は作業台みたいになっている。もう一箇所は鍋を乗せろってことなのか、穴が三つ空いた竃。あと水はないけど流しっぽい設備。


 二箇所の竃の間に扉があり、外を覗くと一階の屋根が大きく張り出して向かいにある棚が柱の代わりにそれを支えている。たぶんこの棚、薪置けってことだな? 置いとけよ!!!! 泣くぞ!!!!


 台所には南と北に小部屋、北の小部屋は外に出られる通路を兼ねているので、裏から何か持ち込んだ時の保管場所なんだろう、多分。


 竃の前で地球のご飯を思い出してみると、意識の中に鮮明な写真がずらりと現れる。


 あ、これ俺がスマホに保存してた食い物の写真だ。けっこう膨大な数だったりするが、あまり保たないだろう。だって俺が向こうにいたのって多分十数年だし、スマホ持つ前の写真はないし、さすがにいつも撮ってる訳じゃないし。


 どちらにしても今は魔素が0なので見るだけだ。腹が減った……。仕方ないし、水を飲もう。器がないけど、中華鍋の上で出せば大丈夫だろう。本当、鍋釜くらい置いといてくれてもよくないか?


「うをっ!」

中華鍋の前で念じたら、竈の薪をくべるところから水があふれ出た。やばいやばい! 止まって、止まって!


 ノアールにくっついたスキル【水】は、俺が思っていた「コップ一杯の飲み水を出す」のではなく、地面に湧かせたり止めたりするスキルと判明。とりあえず止めることもできるのは幸いだった、オネェ……。


 家を見て回る。窓はあるがガラス窓ではない、分厚い板戸が閉まり、日中だというのに家の中が薄暗いを通り越して暗い。そしてとても嫌な予感というか、現実があるのだが家具がない。


 せめてベッドは欲しいんだが、ないだろうなこれ。鍋釜どころじゃなかったよ……。


 開けていないのは居間の東側の扉二つ。土間に近い方の部屋、寝室によさそうだけど家具なし。


 北側の小部屋、タンスが二つ。


 なんでや。ベッドくれよ! いや、その前にトイレと風呂は!? 

 この世界のトイレ事情ってまさか窓から投げ捨て方式かと戦慄する俺。やっていく自信がゆらぐんですけど。中世ヨーロッパじゃなくってせめて江戸時代にして!


 他に家具らしい家具がないのも相まって、怪しいタンスだ。この形はワードローブと言うんだっけ? 傷の類はないくせに年代を感じさせるものだ。片方は蔦の浮き彫りが施され重厚な印象、片方は精緻な花の浮き彫りが美しい華やかな印象、だが明らかに対に見える二つのタンス。


 ナルニア物語はタンスから異世界に出入りするんだよな。土間の魔法陣が本命だけど、こっちが転移だったらどうしようと思いつつも、もう見る部屋もないし扉に手を掛ける。


 途端に脳裏に武具防具が浮かぶ。食事と同じく正方形の写真アイコン風の一覧。どうやらここで装備を出せるらしい。脳裏に浮かんでいるのはノアールの装備だが、装備するにはレベルが足らないようだ……。タンスが開かねぇ!!! ここでそのゲーム設定はいらんわああああああっ!


 防具は全部外すと素っ裸ではなく初期服に変わるゲームだったので、初期服は捨てられなかった、というかゲーム中のアイテムにカウントされてなかった。セーフセーフ。

 しかし武器が短剣だけだ。この短剣もゲームでは服のデザイン的な意味で腰にくっついていたものだ。


 低レベルで装備できるものとってあったっけ? と脳裏のアイコンを見ていく。デザインが気にいって街着用にとっておいたのと、イベントアイテムが一揃いずつ――デザインを気にしなければ思ったより大丈夫そうだ。


 とりあえずノアールの服はこのままでいい、真っ赤なサンタ服とかハロウィンのヤツのほうが防御力があるが、どう考えてもダメだろうし。取り出したい武器アイコンを意識して扉を開くと、細身の刀剣が空っぽのタンスの中にゆっくり回転しながら浮かんでいた。


 おお、ファンタジーっぽい! ちょっと嬉しくなった。


 同じようにして幼女の武器も選ぶ。幼女のほうは靴も探してブーツゲット。どちらもなるべく派手でないものを選んだのだがどうだろう。


 とりあえず早いところ魔素を貯めよう。ご飯が食べたいです……。

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