第二十六話 すれ違い
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誰かの為に投げると夢を見る、と巫女さんは言った。
夢の中で身代わり石に玉を投げると、その人の身代わりになれるらしい。信じてはいないけど、もし本当だったら。もしも本当に諏訪くんの身代わりになれるのなら、私は――。
なんて真剣に悩みはしたものの、神社に行ってから二日経っても夢を見る事はなかった。
休み明けの学校には諏訪くんが姿があり、彼の顔を見た瞬間、悩みはどこかへ吹き飛んだ。
「おはよう。もう学校に来て大丈夫なの?」
「なんとかな」
素っ気ない返事をする諏訪くんはやはり距離を置きたがっているように見える。小学生の頃と比べると別人のようだ。
「そうだ、これ」
神社で買ったお守りを渡すと、彼は「お守り?」と不思議そうに訊いた。
「うん。最近、休みがちだったから健康祈願に。ほら、私も」
鞄にぶら下がっているお守りを見せると、「ありがとう」とちょっぴり笑みを浮かべた。彼の明るい表情には昔の面影が残っていて、なんだか嬉しくなってくる。それにお揃いのお守りはなんだか……、
「お揃いのお守りなんてラブラブだねぇ~」
後ろを振り返ると、橋本さんが口に手を当ててニヤニヤ笑っていた。
「だから、ラブラブじゃないって! あと同じのしか売っていなかったでしょ!」
両手を上下に振りながら抗議してみるが、あっさりスルーされた。
「彼女さんはこう言っているけど……。諏訪くん、本当なの?」
「なっ!?」
橋本さんの肩を掴むも、声に出した後では遅い。
「何が?」
「だからさ、二人は付き合っていないの?」
あたふたする私、それを見て楽しんでいる橋本さん、よく分からないといった表情をしている諏訪くん。
「僕と幸野が? なんで?」
「なんで? っていつも一緒にいるじゃない」
「はぁ……どう見たって付き合っているようには見えないだろ」
諏訪くんは橋本さんを一蹴するように否定する。
「そう?」
「大体、なんで僕達が付き合うんだよ」
確かに私と諏訪くんは付き合っていないし、私も否定している。付き合えるとも思っていない。
けど、実際に諏訪くんの口から聞いてしまうと、泣きたくなるほどショックだ。二人のやり取りを聞いている間、何度も体に突き刺さるような痛みを感じた。
その日の休み時間、机の上に突っ伏して寝たフリをしていた。いつもなら諏訪くんの席に向かうのに行けなかった。予想を遥かに超える致命傷を負ってしまったようだ。
「幸野さん、大丈夫?」
寝たフリをしていた私に声をかけてきたのは、岩瀬くんだった。
「うん、大丈夫。具合が悪いわけじゃないから」
あはは、とあからさまに分かる作り笑いをして、なんでもないように装う。
けど、岩瀬くんは心配そうに私のことを見る。
「悩み事でもあるの?」
「う~ん……悩み事と言えば悩み事かも……」
あやふやな言い方になってしまったのは、誰にも知られたくなかったから。一方的に諏訪くんのことを好きになって、一人で勝手にショックを受けているなんて言えるはずがない。墓場まで持っていくべきだ。
「僕でよければ相談に乗るよ」
笑顔の岩瀬くんに「ううん、大丈夫! 本当に大丈夫だから! 大丈夫すぎて困るぐらいだから!」とあたふたしながら断る。
「そ、そうなんだ……」と苦笑いする岩瀬くんに「本当に本当だからね」と念入りに返す私。
帰り道、土日を挟んでいたこともあって、久しぶりに諏訪くんと一緒に帰る。だけど、今朝のことはまだ引きずったままだし、一生引きずりながら生きていくとしてもおかしくないと思えた。
あれだけ付き合っている事を否定されたんだ。もしかしたら嫌われているのかも、と不安になってくる。橋本さん達と友達になれた時は「新しい自分に変われたのかな」と思ったけど、本質は何も変わっていないようだ。
「そういえば、休み時間に岩瀬と何話していたんだ。楽しそうだったけど」
「え?」
楽しそうに話していた記憶はないけど、必死に否定していたから傍から見たら盛り上がっているように見えたのかもしれない。
「べ、別に大したことじゃないよ……?」
髪の毛をいじりながら横目で彼の反応を窺っていると、「そ」と短い返事が返ってくる。
それから会話がないまま私達は別れて、それぞれの家に帰った。今日だけじゃない。高校に上がってからは会話が激減している。距離を置かれている気もするし、やはり嫌われているのだろうか。高校に上がってから諏訪くんに嫌われているようなことをやらかした記憶はないけど、何かやらかしていて……いや、諏訪くんに好きな人がいて、邪魔者になっているのかも……というか既に付き合っている恋人がいて……。
布団の上から天井を見上げる。目を瞑っても眠れない。時計の針の音が無駄に大きく聞こえて、眠れない。心細くて、眠れない。
――大体、なんで僕達が付き合うんだよ。
諏訪くんは私のことを好きではない。それは確かだ。なら、考えるだけ無駄じゃないか。諦めるしかないじゃないか。
「はぁ…………」
天井に向かって、ため息をついたところで諦められるわけがない。
「幸野さん、ちょっといい?」
翌日の放課後、寝不足な私に岩瀬くんが声をかけてきた。
「あのさ、もしよかったら今度の土日、映画でも見に行かない?」
「映画?」
「まだ見たい映画を決めてないんだけど、久しぶりに映画を見たい気分でさ。……あと暇だし、幸野さんが空いていたら……どうかなって」
見たい映画もないのに? と疑問に思いながらも考える。
次の土日は諏訪くんを誘ってどこか行けたらいいな、ぐらいにしか考えていなかった。だから空いていると言えば、空いている。
でも……。
チラッと諏訪くんの席を見ると、彼と目が合って、すぐに逸らされてしまった。
「なにか見たい映画があれば、幸野さんに合わせられるし、奢るからさ」
「え? 奢ってもらうなんて、そんな悪いよ」
「気にしなくていいから」
笑顔で話す岩瀬くん。なんだか断りづらくなってしまった。岩瀬くんには荷物を運んでもらったり、手伝ってもらっていたから、そういう面から考えても断りづらい。
「土曜で良ければ行けるけど……お金は自分で払うよ」
私がそう答えると、岩瀬くんは「本当に?」と喜んだ。私を誘うなんて……他に誘う人はいなかったのだろうか、と私は首を傾げた。
「あ、部活があるから行くね。待ち合わせ場所とかはまた明日話すね」
「うん、また明日」
岩瀬くんが教室を出ていき、私も帰ろうと諏訪くんの席へ振り向く。
しかし、いつもなら待っていてくれる彼の姿は、なかった。
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