第二十五話 普通の生活
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十月、高校に入学してから半年が経った。
休み時間、頬杖をつきながら外の景色を眺めていると、窓からぶわっと心地よい風が入ってくる。ふと諏訪くんの席に目をやると、そこには誰も座っていない。授業中も何度か彼の席を見たが、誰も座っていない。
当たり前だ。諏訪くんは学校を休んでいるのだから、教室にいるはずがない。いたら驚く。
「わっ!」
とか思っていたら、後ろから抱きつかれて驚いた。
「今日は元気なさそうだねぇ」
そう言って、橋本さんは私の胸を触ろうとしてくる。
「ちょっと! くすぐったい!」
彼女の手から逃れようと体をくねらせて抵抗する。
橋本さんは同じクラスの女子で、高校に入って一番最初にできた友達だ。席が近かったこともあり、彼女の方から話しかけてきたのがきっかけで友達になった。
今ではこんな感じに物理的に絡んでくる。これを仲が良いと呼ぶのかは知らないけど、こういう友達ができるとは高校に入るまで想像もしてなかったから少し不思議である。
「彼氏が休みだから、元気ないんでしょ?」
私の頬をツンツンと突きながら、橋本さんが揶揄うように笑う。というか確実に揶揄っている。
「彼氏!? な、なんのこと?」
突いてくる指を手でどけながら、誤魔化すように訊き返す。
「諏訪くんと付き合っているんでしょ?」
「だから、恋人じゃないって!」
私は否定する。本当は否定したくないけど、否定する。
どうやら彼女は私と諏訪くんが内緒で付き合っていると勘違いしているらしい。
「いやいや、それは無理があるって~」
「本当に付き合っていないよ!」
「付き合ってないのが本当だとしても、彼のこと好きなんでしょ?」
「…………」
言い返せなくて黙り込むと、橋本さんは「図星だ~」と言って私の脇腹を突く。変な声が出て恥ずかしかった。
「異性としてじゃなくて、友達として好きなの!」
「またまた、そんな子供みたいなこと言って~」
「……どういう意味?」
「私達、高校生なんだよ? 仲の良い男女の『私達、友達です』なんて言葉を信じられるわけないじゃん」
そうかな、と私は彼女から向けられる視線と対峙することなく返す。
「普通に友達として仲の良い男女もいると思うけど……」
「例えば?」
「え……」
教室を見渡して、仲が良い男女を探す。
「あ、あの二人とか」
私が指さしたのは、よく一緒に下校しているところを見る二人。
「いや、あの二人付き合っているし」
「え? そうなの?」
知らなかった。でも、付き合っている方がしっくりくる二人で驚きはしなかった。
他の男女を探す。あの人とあの人も付き合っているみたいだし、あの人とあの人は付き合っていないだけで両想いって噂だし……。
「ほら、いないでしょ。少なくても教室の皆はアンタ達の事をカップルだと思っているよ」
違うのに、と小さな声で否定するもチャイムの音でかき消されてしまった。
「ま、疑われたくなかったら、彼の席を何度もじろじろと見ないことだね」
笑いながら橋本さんは自分の席へ戻っていった。
あとで、なんて言い返すか考えているうちに授業は終わり、何も思いつかないまま帰宅する。誤解は解けそうにないけど、解けないままでいいとも思った。
橋本さん以外にも何人か友達ができた。
同じクラスの岩瀬くんはよく声をかけてくれて、先生の頼み事で職員室に物を運ぶ時など私が困っている時に手伝ってくれる。
「全部持つよ」と岩瀬くんは言ってくれるけど、それは流石に悪いので半分ずつ職員室へ運ぶ。
「岩瀬くん、いつもありがとうね。手伝ってくれて」
「暇なだけだから気にしないで」
爽やかに笑う彼はどこか嬉しそうに見えた。
そういえばさ、と岩瀬くんが言う。
「前から気になっていたんだけど、幸野さんと諏訪くんって付き合っているの?」
「え……?」
「へ、変な意味じゃなくて、二人とも仲良さそうに見えて」
岩瀬くんは両手に持った荷物を見ながら答えた。
「岩瀬くんもそういう風に見えるの?」
「えっ?」
「橋本さんにも言われているんだよ。私と諏訪くんが付き合っているって」
「へぇ……付き合ってないの?」
見れば分かるでしょ、と答えると、岩瀬くんは「そうなんだ」と笑った。
私が普通の学校生活を送る一方で、諏訪くんはよく欠席するようになっていた。
夏休み前はいつも一緒に登校していたのに、今はほとんど一人で登校している。土日も会えない日が増えて、橋本さん達と遊ぶ事の方が多くなっていた。
休みの日、私は橋本さんと一緒に電車で、とある場所に向かっていた。
「彼氏にお守りをプレゼントしたいなんて、健気な彼女だねぇ」
電車の中で橋本さんがハンカチを目元に当てて言う。涙は出ていない。
「だ、か、ら! 付き合っていないって!」
学校を休みがちな諏訪くんの為にお守りを買いに行きたいと、つい口を滑らせてしまい、何故か橋本さんまでついてくることになった。
私達が向かった神社は、身代わりお守りと呼ばれるお守りが売られているところで、そこそこ有名な神社のようだ。橋本さんが調べてくれた中で、一番効果がありそうなお守りだったから、ここに決めた。そのせいで橋本さんもついてくる事になったんだけども。
電車を降りて、橋本さんの携帯で場所を確認しながら住宅街を歩く。神社の入口にはネットで見たものよりも傾斜がきつそうな階段が立ちふさがり、授与所に辿り着いた時には私と橋本さんは息を切らしていた。
授与所にいた気怠そうな巫女さんにお金を渡して、お守りを受け取ると、橋本さんが「あれ、やろうよ」と言って私の服を引っ張る。
橋本さんが指さした先には、身代わり石と呼ばれる大きな石があった。
巫女さんの話では、あの石に体の悪いところを書いた玉を投げて割ると、身代わりになってくれるらしい。
「せっかく来たんだし、やろうよ」と投げる気満々の橋本さんと一緒に私も投げる事になった。
中学校では皆勤賞だったと豪語する彼女は「頭」と書いて成績を上げようとしていた。悪いところを治してくれる石であって、そういう願いを叶えてくれるものではないと思ったが、巫女さんは「いいんじゃない?」と微笑んでいた。本当にいいのだろうか。
彼女が玉を投げているうちに私も願い事を書き終えて、すぐに投げた。
綺麗に割れた玉を見て、橋本さんは「なんて書いたの?」と訊いてきたが、私は「秘密」と答えた。諏訪くんの名前を書いたなんて知られたら、また揶揄われてしまう。けれど、彼女に見られる前に急いで書いたから、名前だけしか書けなかった。あれで大丈夫なのだろうか、と割れた玉を見ながら不安に思った。
巫女さんに投げ終わった事を伝えると、「君はなんて書いたの?」と訊かれてしまい、橋本さんが「この子、彼氏の病気を書いたんですよ~」と答える。普通にバレていて、私は頬を膨らませる。
それを聞いた巫女さんは「ふ~ん……」と考え込んだ後、私にこう言った。
――もし夢の中で身代わり石が出てきたら、玉を投げないようにね。
私と橋本さんは顔を見合ってから、首を傾げた。
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