不幸せな殺し屋は転生してチートな獣耳美幼女になりました

horiko-

幼神獣のひとつめのお話

第1章 幼神獣は森で目覚める

第1話 過ちの代償、そして……


 にがい排ガス混じりの雨が降っていた。

 ザァザァと降り注ぐ雨が、ひび割れだらけのアスファルトに叩きつけられ、激しい水しぶきを上げる。傘もささずに歩くオレをずぶ濡れにしていく。

 原色のネオンに彩られた街にはそこら中からパトカーのサイレンが聞こえてくる。ハチの巣をつついたような騒ぎ、というやつだろうか。オレは人目を避けるように裏路地へと足を向ける。


 オレはスラム街を転々とする若いホームレスだ。マフィアのつかいぱしりをやって、路上で暮らす孤児や行く当てのない病気の娼婦を養っている。格闘技や銃の扱いを学んでからはマフィアから人殺しを請け負って金を稼ぐようになった。要するに殺し屋だ。

 だが、臓器売買と麻薬密輸だけはやらないと決めている。何故なら子供と女を食い物にする商売だから。殺し屋だけが一番マシな商売だ。


 子供達には「オレのようになるんじゃないぞ」と言い聞かせて廃品集めをやらせている。そして、余った時間は勉強をするように言いつけてある。スラムの入口にある教会では暇を見つけては子供たちと娼婦に勉強を教えてくれる。あの教会には面倒見のいい神父がいるのだ。めんどくさい神の説法を聞かされるけどな。

 読み書きと計算ができるようになればまともな仕事にありつけるはずだ。


 街の時計塔から夕暮れ時の鐘が鳴る。

 さっさと腹をすかせた子供たちと薬を待つ女たちが住んでいる隠れ家に帰らなければいけない時間だが、……もはや無意味だ。


「がは……っ、げほっ……げほっ……っ」


 咳き込むように血を吐いた。腹を見ればドクドクと血が流れ、溢れた血はアスファルトの泥水に溶けていく。雨で冷え切った体は震え、血が流れ過ぎたのか感覚も薄れてきている。

 こんな奴が大通りを歩いていたら正義感溢れた奴なら通報するだろう。この身体で警察と追いかけっこするのは勘弁してもらいたい。誰にも見つかりたくないが血の巡りが悪い頭はロクに回らない。

 オレは脳内に埋め込まれたナビゲートAIに助けを求めた。


「人のいない道を探せ……教会までだ」


『――索敵開始……通行人索敵、……エラー。再索敵……進路予想完了。最短ルートを作成、展開』


 ナビゲートAIはネットワークを通じて周囲の情報をマッピング。通行人の所在地を割り出して地図に光点として反映して左目の網膜に映し出す。視界に重なるように人の動きが見え、オレは誰にも見られずに進むにはどの道を進めばいいかを瞬時に理解した。

 ジョークから疑似恋愛までお手の物である最新型ナビゲートAIとは雲泥の差があるポンコツの中古AIだが、こいつにはいつも助けられている。

 オレは人を避けてひたすらに歩き続けた。


 壁に肩を預けながら路地裏を抜け、廃墟同然の教会へとたどり着く。きしんだ扉を全身で押し開けて、明かりのない教会へと滑り込む。よろめくように最前列の長椅子に座り込んだ。


「AI、神父は……いるか……?」


『――索敵開始。……エラー、ネットワーク接続に失敗しました。現在地不明。再索敵を実行しますか?』


「もういい……げほっ、……黙っとけ……」


 雨の日はいつも調子が悪くなるAIに悪態を吐く。静まり返った教会で雨音を聞きながら待つ。なぜなら、もう立ち上がる気力はないから。ここが死に場所だ。


 神父、いるか。もし不在だとしたらここまで歩いてきた意味がない、頼むぜ……。


「……どなたかな」


 教会の奥から顔をのぞかせた老人、神父を見て、オレはほっと息を吐いた。


「……よぉ、邪魔してる」


「なっ、――シズマ君!?」


 神父は走り寄ってくる。そして血塗れのオレをみて息をのむ。


「なんと……ひどい怪我だ……。だから殺し屋などやめなさいとあれほど言ったではありませんか!?」


「言うな。マフィア共を殺ったせいで、ズタボロになっただけ、さ……げほっ」


「マフィアを……? まさかのこの街の騒ぎはシズマ君が」


「ああ。全員、ぶっ殺してやったよ……一人残らず、な……」


「なぜですか、シズマ君は彼らに雇われていたのでは……」


 怒りに拳を握りしめる。


「奴らは、オレを、裏切った……。……臓器売買のために、子供たちと女を殺しやがった!!! げほっ、……許せる、ものかよ……」


 オレが養っていた子供たちと娼婦たちは死んだ。オレに仕事をくれていたマフィアたちに殺されたのだ。

 マフィアたちは販売するはずの臓器の数が足りず、急ぎで健康的な肉体をもつ子供が必要になった。オレが子供たちを養っているのを知っていたマフィアたちは、オレが仕事に出ている隙をついて隠れ家を襲った。子供たちは誘拐されて臓器を奪われ殺された。子供たちを守ろうとした娼婦たちは頭と心臓を撃たれて死んでいた。

 仕事を終わらせて隠れ家に戻ってきたオレは、証拠隠滅しようしていたマフィアの下っ端と鉢合わせ、半殺しにして事情を聴きだして、あとは次から次へとマフィアの拠点に乗り込んで……、後先考えず暴れまわってもうめちゃくちゃだ。


「オレが、……マフィアの殺し屋なんか、やって、なければ……っ、オレが殺したようなもんだ……」


 オレがマフィアと関りなければ、子供たちのことなど知らなかっただろう。殺し屋の仕事は普通に働くよりも金がもらえる。金が欲しいがための決断が、子供たちに命を奪ったのだ。


「シズマ君……」


 神父は力強くオレの掌を握りしめる。

 医者を呼ぼう、とも言わなかった。腹に銃弾を六発も受けているんだ、もう、助かるはずがない。

 もはや神父の手を握り返す力もない。流れ落ちる血はゆるやかに。鼓動はゆっくりと脈打つのを止めようとしていた。


「神父……、死体を……、女たちを、埋葬……して、くれ……」


「…………わかりました。子供たちのお墓もつくりましょう」


「オレたちの、金を、……、……頼む……」


「わかっています。……孤児を助けるために使わせてもらいますよ」


「……さいごが、ここで。……よかった……」


「……っ、……憐れみ深い神は……その罪を、許してくださいます、シズマ君」


 寒さも感じなくなったいま、とてもとても眠くてしかたがない。オレは体の力を抜くと、ずるりと体が傾いて長椅子の肘掛にもたれかかった。神父がそっと身体を支えてくれるのが分かった。


「神よ、願わくば。……この善良な青年に光ある来世があらんことを――」 


 来世だって? 勘弁してくれよ、人殺しのクズの行先は地獄とやらなんだろう……。殺し屋はやめろと、地獄に落ちるぞ、とあんたの口から言っていたじゃないか。

 涙声の神父の声は遠く。オレの意識はゆっくりと闇に沈んでいった。







 ――どこか、はるかな過去とも未来とも知れぬ世界にて。







 湿った土の匂いと青臭い草木の匂いが鼻についた。聞こえてくるのは風に揺れる葉の鳴る音だけ。うっすらと目を開けると柔らかな日差しとどことも知れぬうっそうと茂る木々が見えた。

 ここは、どこだ。

 オレは死んだはずじゃなかったのか。


 仰向けに寝転んだまま掌をかざす。

 見慣れない小さな手。まるで、子供の手だ。自分の者とは思えない小さな爪とほっそりとした指先をぼんやりと眺める。

 死に際に夢でも見ているのか。

 ギクシャクする体を起き上がらせると、夢とは思えない強烈なのどの渇きを覚える。水が、とにかく水が飲みたい。


 朦朧とする意識を繋ぎ留めながら耳を澄ますと、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。オレは這うように体を動かして水を求めた。


 木漏れ日の差す森の中には透き通った小川が流れていた。

 オレはわき目も振らずに小川に手をつっこみ、水を救い上げる。ゴクリと水を飲みほす。のどの渇きはまだ癒えない。まどろっこしくなって小川に顔を突っ込んで貪るように水を飲み始めた。


「――ぷっはぁ」


 息が続かなくなったところで顔を上げる。


「あ、あー……?」


 聞きなれない可愛らしい声に首を傾げた。そして、小川に映った自分の姿に茫然と呟いた。


「………なんだこりゃ――」


 オレは子供になっていた。それに、子供だった頃はこんなかわいげのある顔じゃなかった。異変はそれだけに留まらない。

 恐る恐る、自分の頭に生えている大きな狼耳に触れる。

 くすぐったい。

 ぎゅっと引っ張ってみると痛い。ふと腰に違和感を覚えて振り返ると、太いふさふさの狼の尻尾が自己主張している。この尻尾も触れてみれば自分のものである。

 慌てて股間に触れてみるものの、そこにはあるべきはずの逸物はない。

 小川のせせらぎを泣きそうな顔で覗き込んでいるのは、将来は絶世の美女になろうかという、庇護欲をそそられる女の子だった。


「……どういうことだぁぁぁぁぁ――――!!!?」


 水面に映る獣耳の美幼女(オレ)は頭を抱えて叫んだ。


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