305 時の旅人

 俺は……。


 目が覚める。


 ここは俺の部屋か?


 今では当たり前になってしまった硬いベッドの上で俺は眠っていたようだ。眠っていた?


 って、気絶か!? どれくらいの間気絶していた? 大丈夫か? 戻った時間が無駄になってしまうほど眠っていたワケじゃあないよな?


 俺は霞む目で周囲を見回す。


 誰かいる?

「帝よ、目覚めたようですね。心配しましたよ」

 声のした方を見ると、そこにはちーっとも心配していない顔でこちらを見ている魔人族のプロキオンが立っていた。

「良かった……」

 思わず声が出る。


 過去に戻ってきた。


 プロキオンが生きている時間に戻ってきた……んだよな?


 俺はタブレットを取り出す。


 レベルが5まで下がっている……。いや、今、それは重要じゃあないな。レベルが下がるのは分かっていたことだ。


――[タイム]――


 タイムの魔法を唱え、時間を表示させる。


 時間の上にある表記は、と。


 1000Y0M9Dになっている。


 どういうことだ? 9日以上戻っているはずなのに表記は9になっている? てっきり今の日付を表示しているのかと思っていたけど違うのか? これは何を表示しているんだ?


 うーん。


「帝よ、どうされたのです?」

 プロキオンが今度は少し心配そうな顔で俺を見ている。


 おっとっと、少しぼーっと考え事をしてしまっていたか。

「いや、えーっと……」

「今日こそは弓の鍛錬を行って貰います。あの赤髪にばかりやらせる訳にはいきませんよ」

 赤髪……。


 アダーラも無事か。いや、過去に戻ったのだから無事で当たり前なんだけどさ。分かってホッとしたよ。


 んで、弓の鍛錬か。そこまで時が戻ったのか。


 ……。


 そこから後の出来事。起こったこと。何があったかな。


 えーっと、確か……。


 槍と弓の鍛錬。ゴーレムの起動。機人の女王がゴーレムの魔石の充電を出来るようになったこと。ゴーレムの破損。ゴーレムに身につけさせたマント。ゴーレムに生えた猫耳や尻尾。機人の女王が俺を母様と呼ぶようになったこと。アダーラ、天人族さんと一緒に狩りに行ったこと。蛸を退治したこと。蛸の魔石を喰らったこと。たこ焼きを食べたこと。プロキオンが魔石の探索に向かって戻ってこなかったこと。それをアダーラが追いかけて戻ってこなかったこと。二人が大陸で死んだという情報がもたらされたこと。


 色々あったな。


 全てが無かったことになった。


 良いことも悪いことも全てが無かったことになった。


 そりゃあ、機人の女王に母様とか呼ばれて、その呼び方は止めて欲しいと思ったけどさ、無かったことになってしまうと、それはそれで寂しいな。


 みんなと仲良くなったと思ったのにな。


 色々なことが消えた。


 これが過去に戻った代償か。レベルが減ったことよりも大きな代償だ。


 そうだよな。全てが無かったことになった。


 でも、それを選択したのは俺だ。消えたのは仕方ない。


 ……。


 いや、違う、情報は持ち帰れている。


 それに蛸の魔石から吸収した力は残っている。


 何もかにも無くなったワケじゃあない。


 だから、大丈夫だ。


「プロキオン、皆を集めてください。話があります」

「帝よ、分かりました」

 プロキオンに頼み、皆を集める。


 話すことがある。皆に相談することがある。


 未来から持ち帰った情報。そのために俺は過去へと戻ってきた。


 俺はベッドで眠っている場合じゃあない。


 立ち上がり、皆の元へと向かう。


 俺が部屋に入ると、プロキオンが呼んでくれていた皆が集まっていた。


 魔人族のプロキオン、蟲人のウェイ、天人族のアヴィオール、獣人族のアダーラ、鍛冶士のミルファク、機人の女王……皆が集まっている。

「まーう」

 ああ、そうだな、羽猫も居るな。


 猫人の料理人さんは……多分、料理中だろう。


「ひひひ、話があると伺ったよ」

「ああ、何の話だ?」

「姉さま、何のお話でしょう」

「何が始まるのじゃ?」

「何の話さね」

「まーう」


 皆の顔を見る。皆、生きている。ここに集まってくれている。


「自分はこれから大陸にある都市に向かいます」

 俺は皆に告げる。


「帝よ、それは危険です、よ」

 一番最初に反応したのはプロキオンだった。


 そうだな。危険だ。危険だよな。

「分かっています。ですが、そこに行く必要があります」

 ゴーレム用の魔石があるというのも都市に向かう理由だけど、一番の理由は……プロキオン、アダーラを殺したヤツに思い知らせることだ。この戻った世界では無かったことになっているけど、俺の中では無かったことになっていないからな。


「帝よ、それでは私も向かいます、ね」

「ひひひ、我も動こうかね」

 俺は手で二人の言葉を止める。


「駄目です。一人で向かいます。この自分の姿なら大陸で疑われることはありません。自分一人なら問題ありません」

「しかし、姉さま……」

 アダーラも何か言いたそうだ。俺は首を横に振る。


「ミルファクさん、ゴーレムを召喚するので、それ用のマントを作成してもらえますか? 機能的には衝撃を防ぐような形です。機人の女王も協力して貰えるかな?」

「それは面白そうさね」

「任せるのじゃ」

 俺は頷く。


 時を旅して、戻ってきた。


 ここから反撃開始だ!

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