293 取り込む

 とと、たこ焼きも魅力的だけど、それよりも先にやることがあるな。


 俺は改めて湖の方を見る。その中心部ではぐにゃぐにゃになって湖に沈もうとしている蛸の本体が見えている。


 俺はよく目を凝らし蛸の死骸を見る。


 その蛸の死骸からは、ため込められていた魔素がにじみ出るようにあふれ出していた。蛸が死んだことで体の中につなぎ止めていた魔素が流れ出しているのだろう。


 俺は魔力を手のように伸ばしその流れ出した魔素を掴む。うーん、ちょっと距離があるからか、難しいな。湖に棲息している蛸とかじゃあなくて、手が届くような距離で戦える魔獣で試した方が良かったか? いや、それでも何とかなるはずだ。


 何とかする!


 気合いを入れ、頑張って魔力を伸ばし、広がり、霧散しようとしている魔素を集め、俺の方へと引っ張る。


 取り込む。


 俺の体に魔素が取り込まれていく。


 俺の力となっていく。


 取り込んだッ!


 俺はタブレットを取りだし、確認する。


 表示されているレベルは……43か。2つも上がっているな。これ、多分、霧散して大地に還元される魔素も取り込んだから大きくレベルが上がったんだろうな。これなら、あっという間にレベルが上がりそうだ。


 あー、でもレベルが上がれば上がるだけ必要になる魔素が増えるのか? このレベルっていうのも俺が分かり易いように目安として表示されているだけだろうし、俺がそういう認識なんだから、多分、そうなんだろうなぁ。


 にしても、だ。


 ここは酷い世界だよな。生き物を殺して、その魔素を取り込んだら強くなれる。強い者は、そうやってどんどん強くなれる。まぁ、そうやって飛び抜けて力を付ければ、今度は集団に狩られるのだろうけど……問題はそこじゃあないよな。


 問題は生き物を殺せば殺すだけ力になるってとこだ。俺の元いた世界だって生きるために生き物を殺していた。栄養のため、食べて血肉とするために生き物を殺していた。でもさ、ここのそれは、それとは違うだろう。

 強くなるために殺す。それは生きるためとは、違う理由だ。


 いや、だってさ、それは仕方ないことじゃあないだろう。


 生きるためだから仕方ないと割り切れないだろう。


 食べ物を食べないと死ぬから生き物を殺す。それはこの世界でも同じだ。だけどさ、生き物を殺せば、強くなれると気付いてしまったら、それを知って行動している奴が居たら……大変なことにならないか?


 殺戮の嵐が生まれる。


 これ、気付かれていないよな?


 普通の人は知らないよな?


 魔獣を倒していけば強くなれる程度にしか考えていないよな?


 うーむ。


 今の俺が元の俺の体のままだったら、他人事だと思っていたかもしれないな。だけどさ、今は、獣耳にふさふさ尻尾が付いた、この世界の住人になってしまっている。他人事じゃあすまされないよなぁ。


 俺は仲間を、知っている人だけでも守れるように強くなるべきだろう。命を脅かされないようにするために強くなるべきだろう。そのために、魔獣を殺しまくる、か。矛盾しているよな。


 まぁ、でもさ、大事なのは身内だ。


 そこは割り切ろう。


 んで、だ。


 次に俺がやるべきことは……。


 俺は手に持っている大きな青い魔石を見る。先ほどの蛸から捻り取った魔石だ。


 取り込まれた魔素が体内で結晶化したものが魔石だ。まぁ、分かり易く考えると生き物を動かす動力――乾電池のようなものに消化しきれなかった部分が付着したものって考えると良いかもしれない。


 つまり、だ。


 生き物が死んだ時にこぼれ出す魔素よりも、多くの魔素を蓄えた代物だ。


 だが、同時に危険な代物でもある。そこらの弱い魔獣程度の小さな魔石なら問題無いだろう。だが、この蛸は湖を支配していたからか、結構な大きさになっている。手のひらサイズもある。


 結構、怖い大きさだな。


 だが、今の俺なら出来るはずだ。


 出来る出来る。きっと出来る。大丈夫だ。


 よしッ!


 俺は手のひらサイズの魔石を一気に飲み込む。


 おげぇ。


 大きくて飲み込むのがキツい。


 しかも蛸の体内にあったからぬめぬめぐちょぐちょしているし、キツい。


 せめて湖で洗ってからにすれば良かった。いや、まぁ、魔石を洗うと、ちょっと魔素が流れ落ちそうで勿体ないかもとか思っただけなんだけどさ、でも、この気持ち悪さを我慢するくらいなら、少しくらい魔素が減っても……。


 ぐっ。


 飲み込んだ魔石が暴れる。


 今なら分かる。魔石が体内で溶け出し、俺の体を浸食している。俺の体を作り替えようとしている。多分、蛸の魔石だから、俺の体と蛸の体の差異を埋めようと、俺の体を蛸のように作り替えようとしているのだろう。


 火燐の魔石を飲み込んだ時、激痛が走ったのも当然だ。こんなことが体の中で起こっていたら、体が浸食されていたら、痛いどころの話じゃあない。


「姉さま!」

 赤髪のアダーラが俺の変化を見て、慌てて駆け寄ってくる。俺はそれを手で制し、座る。座禅を組むように座り、気持ちを落ち着けるように呼吸を繰り返す。


 集中しろ。


 俺の体を侵食しようとしている魔石を抑えこみ、そうしながら吸収して己の力としろ。


 体内の魔力を操り、魔素を溶かし、体へと取り込む。自身の力へと変えていく。


 ねじ伏せる。


 俺なら出来るはずだ。


 どれくらいそうしていただろうか。


 陽が落ち、新しく陽が昇り始めた頃、俺は魔石の取り込みを完了していた。


 げっそりするほどの疲労感。だが、以前の火燐の魔石、ティアの魔石を取り込んだ時とは違う完全な取り込みに成功していた。


 全てが俺の力になっている。混ざったのではない、俺の力として吸収した感覚がある。


 俺はタブレットを見る。


 レベルが59まで上がっていた。魔石だとここまで違うのか。


 そして、スキルと魔法に追加があった。

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